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管理者たちの動向

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「ヘクタール、傷の具合はどう?」
 ヴィーナスシティの一室で、ヴィーナスシティの管理者サニーがベッドで休むヘクタールに話しかける。
「だいぶ、良くなった」
 ヘクタールは包帯越しに腹の傷をさする。
「全く、凄まじい男だ。手負いでなければ即死だった」
 ヘクタールはベッドから起き上がると笑みを浮かべて、酒瓶を持つ。
「こら! まだけが人なんだからお酒なんてダメよ!」
「飲んだほうが傷の治りが早くなる。知らなかったのか?」
「嘘つくんじゃないの!」
「ごちゃごちゃうるさい奴だ」
 ごくごくと酒瓶を飲み干す。
「ラーグの容体はどうだ」
「手紙で順調に回復してるって連絡あったわよ!」
 ヘクタールが次の酒瓶に手を回そうとすると、サニーはその前に没収する。
「そいつはいいことだ。あいつは戦力として重要だからな」
 ヘクタールは葉巻に火をつける。
「またあいつと戦うつもり?」
 サニーは心底嫌という思いを込めて聞く。
「あいつの狙いは代行者を殺すこと。必然、俺たちとぶつかる」
 ヘクタールはカーテンを開ける。地平線から日差しが差す。
「しかし、この街は少女趣味全開だな」
 窓の外は、城の花壇、干された真っ白なシーツにタオル、小奇麗で中世的な街並みが見える。
「どこが少女趣味なのよ!」
「工場が無ければ街も清潔すぎる。綺麗好きにも限度がある。それにいくら金を使っている?」
「清潔なのはいいことでしょ!」
「兵士たちの服装や装備はなんだ? まるでおとぎ話の騎士じゃないか。あんな派手な物、パレードでしか見ない」
「戦争する必要ないからあれでいいんです!」
「だいたい何で女ばかりなんだ? 男も居ないと不便だろ」
「別に選んでるわけじゃありません! 粗野で不潔な男が嫌いなだけです!」
「国を運営するなら鼻をつまむことも必要だぞ」
「私の国なんだから放っておいて!」
「はいはい。悪かったな」
 ヘクタールはため息を吐いてベッドに座る。
「ところで、メリーからの連絡は?」
 サニーは顔を曇らせる。
「なるほど。代行者は相当怯えているようだな」
「ヘクタール負けた。仕方ない」
 ヘクタールたちは部屋の隅に顔を向ける。少女メリーが立っていた。
「ヘクタール、一番強い。でも負けた。あの人驚いた。だからわたし離さない。わたし捕まったら殺されると思ってる」
「俺に匹敵する奴は管理者でも数えるくらいしかいないからな」
 ヘクタールはお菓子を持つとメリーの前で屈む。
「よく来てくれた」
 ヘクタールはメリーにお菓子を渡すと頭を撫でる。メリーの頬が緩む。
「それで、何かあったのか?」
「あの人の伝言。狂太郎殺せ。早く」
「それができたら苦労しないわ!」
 サニーはベッドの足を蹴っ飛ばす。
「あいつは何か私たちに魔法でもプレゼントしないの!」
「しない」
「調子いいわね!」
「あと、報告会中止。狂太郎死ぬまで」
「徹底的に引きこもるつもりか。臆病な奴だが、変に口を出されても困るから丁度いい」
「あと、狂太郎、今アルカトラズ居ない。プリズム行った」
「何だと! どうやってそれを知った!」
 ヘクタールは目の色を変える。メリーは目をパチパチさせる。
「ワープした。アルカトラズ行ったら、狂太郎車乗ってた。女がプリズム行くって言ってた」
「無茶をするな! 狂太郎に見つかったら殺されるぞ!」
「大丈夫。すぐ逃げた」
「あいつはラーグの力を得て、体を電気に変えられる! だから電気と同じ速さで動ける! 逃げる暇はない!」
「でも、逃げれた」
「そうじゃない! もうそんなことはするな! 絶対に!」
 ヘクタールに怒鳴られると、メリーが大粒の涙を流す。
「わたし、悪い子?」
「違うわ。ただあなたが心配なだけ」
 サニーは優しくメリーを抱きしめる。
「私たちのためにアルカトラズへ行ってくれてありがとう。凄く嬉しいわ。でも、もう行かなくていいわ」
 サニーは泣きじゃくるメリーの背中を摩る。
「メリー、すまない。怒鳴って悪かった」
 ヘクタールは笑顔を作り、メリーの頭を撫でる。
「怒ってない?」
「怒ってない」
 メリーは涙を袖でグチグチと拭うと花のような笑顔を見せる。
「それはそれとして、狂太郎がアルカトラズに居ないなら、アルカトラズを取り戻すチャンスじゃないの?」
「今更アルカトラズを取り戻しても意味がない。拠点としているようだから、破壊する意味はあるだろうが」
 ヘクタールは深いため息を吐く。
「あいつは電気と同じ速度で動ける。つまり瞬間移動ができる。アルカトラズが騒げば、すぐに駆けつけてくるだろう」
「でも、私たちが確認したのは体を電気にするまで。電気と同じ速さで動けるかは分からないわ」
「命を懸けて試す価値はない」
「そう……ね……でも、あいつの仲間を殺すチャンスじゃない? そうすれば少しは被害を減らせる」
 サニーの瞳が殺意を秘める。
「私の能力ならできるわ!」
「ダメだ」
 ヘクタールはスッパリと計画を否定する。
「狂太郎は単独で国を亡ぼせる力を持っている。仲間を殺したところで焼け石に水だ」
「じゃあ、どうしたら?」
 サニーが不安げに体を震わせる。メリーは幼い瞳で二人を見つめる。
「手が無い訳ではない。危険な賭けになるが」
 ヘクタールは力強く笑い、二人の頭をぐしぐし撫でる。
「まずは、俺の傷が癒えてから。その後、管理者たちに協力を求めよう。三本の矢ならぬ百本の矢だ! 必ず倒せる! だから安心しろ」
「でも、狂太郎、不老不死」
「だから何だって話だ。体を電気に変えようが、時を止められようが、不死身だろうが、弱点はある。必ずな。ただ、まだ気づけていないだけだ。俺たちも、狂太郎も。だから安心しろ。俺が必ず、お前たちを守る」
 メリーは満面の笑みでヘクタールを抱きしめる。
「何だか、楽しそうね」
 サニーは朗らかに笑う。
「少しだけね。何せ、前世で殺された借りを返すチャンスだからな」
 サニーがハッとする。
「あなた、記憶が戻ったの!」
「ああ」
 ヘクタールは二人を抱きしめる。
「俺の本当の名前はトール・エール。エールファミリーのボスで、あいつにファミリー全員を皆殺しにされた!」
 ヘクタール改め、トール・エールは歯を食いしばる。
「次は必ず殺す! 絶対に!」
「……トール」
 サニーはトールの体を抱きしめ返す。
「私も一緒よ」
「メリーも、一緒」
 メリーもサニーと同じように抱きしめ返す。
「ありがとう」
 トールは二人を離すと窓から太陽を見上げる。
「次はこっちの番だ!」
 トールは殺意と決意を拳に握りしめた。
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