最低のピカレスク-死刑囚は神を殺す

ねこねこ大好き

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サテラの説得

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「サテラさん? いい加減食べないと体が持ちませんよ?」
 ハーレムのまとめ役であるロゼが地下牢でサテラに話しかける。
「あ、ああ」
 サテラはうつろな目で食事を見る。サテラは二週間、何も口にしていない。ガリガリであばら骨は浮き出ていて、肌もカサカサだ。
「す、すうぷ?」
「ええ! 胃に優しく作りました。これなら今のサテラさんでも無理せず食べられます」
 サテラは這いつくばってスープにたどり着く。そしてスプーンを持つが、そこで止まる。
「スプーンすら持てなくなったのですか……食べさせてあげないと、ダメなようですね」
 ロゼが憐みに満ちた表情で地下牢のカギを開ける。
 サテラの目が光る。
 サテラは立ち上がると牢の扉へ駆ける。
「おいたは止めてください」
 ロゼはサテラを蹴り飛ばす。サテラのあばら骨が嫌な音を立てる。
「サテラさん? いい加減、その反抗的な態度を改めませんか? そうすれば私たちもあなたを受け入れます」
 ロゼは心底呆れた表情で言う。
「ふ、ふざけるな……きょうを……おまえたちの……おもいどお……りには……させない!」
 サテラはロゼを睨む。ロゼはため息を吐く。
「私たちは、幸せです」
 ロゼは地下牢の窓に目を向ける。
「暴力にさらされることも無く、毎日美味しい食事ができています。だから邪魔をしないでください」
「だ、だったら! きょうに! あわせろ! まえも! それが! できた!」
 サテラは必死に口を動かす。カサカサの唇がひび割れて血が出る。ロゼは鼻で笑う。
「あれじゃ生ぬるいです。そもそも論ですが、世界は恐怖で成り立っています。だからあの人は恐怖の存在でなければならない」
「ば、かな!」
「怖い相手には従う。女のあなたにはよく理解できることだと思います」
 ロゼは神を見たかのように恍惚の表情を浮かべる。
「誰だってそう。食事をするために、子供を守るために、社会に服従する。なぜなら、社会が服従を求めるから。従わねば恐怖をもたらすから。これは男のほうが分かっているのかもしれませんね。ええ、お前たちを食わせるために働いているんだ! そう言って暴力を振るうような男ならば特に! ええ! あの人が会社の上司にペコペコ頭を下げていることなど分かり切っていましたから!」
「ふ、ふくしゅうか」
「復讐? 確かにそうですね。私たちはあの人を頼りに復讐している。だから私たちは心と体を差し出す」
「きょうをふくしゅうのどうぐにするな!」
「サテラさん? 私たちはあの人と利害が一致したに過ぎません。あの人は好きなだけ殺し、好きなだけ犯す。だから私たちは体を差し出す。その代わり、好きなだけ殺してもらう。その過程で私たちが殺してほしい人を殺してくれたら嬉しい。子供だって産む。それだけです」
「やめろ……あいつは……やさしい……おとこだ」
「サテラさん? 勘違いしてもらっては困りますが、私たちはあの人を心の底から愛しています。だって、殺してほしい人は、初めて会ったとき、殺してくれたのですから。あとは、そうですね、ムカつく相手を殺してくれたらいいなってくらいです。たとえ殺してくれなくても、ちっとも恨みません。愛も変わりません。だって、復讐する相手はすでに殺されているのですから」
「おまえたちは……くるっている……めをさませ……きょうなら……かならず……わたしたち、をしあわせにして、くれる!」
「サテラさん。間違っては困ります。あの人はすでに幸せです。何せ今日も、笑って女を犯し、笑って男を殺しているのですから」
 ロゼは踵を返す。
「きょうは! きょうはしあわせじゃない! もうおまえたちののぞむとおりにころしてくれたはずだ! だからあいつをかいほうしろ! ほんとうにあいしているなら!」
 ロゼは何も言わずに地下牢を出た。
「くそ……だがようやく……このからだがてつごうしを!」
 サテラは窓の鉄格子の隙間に体を押し込む。頭が抜けた。
「まさか……ふろうふしののうりょくに……こんなかたちで! かんしゃするとは」
 メキメキと体を押し込み脱出する。余分な脂肪と筋肉が削げ落ちた。あとは引っかかる骨を無理やり折ってしまえば抜けられる。
 サテラは不老不死である。そのため、どんなに痛めつけられても死なない。だが痩せるし、病気にもなる。不老不死は万能ではない。そしてそれがサテラを救う。
 メキメキと全身の骨が折れた時、ようやくサテラは牢を脱出し、空の下へ出た。
「こ、こんなからだじゃ……またつかまる……」
 サテラは虫のように地を這う。
「きょう! めをさまさせてやる!」
 サテラはどこからともなく聞こえる狂気的な狂太郎の笑い声に、涙を流した。

「サテラが消えた!」
 次の日の朝、その日の食事係を担当するマリヤからの報告に、静流は表情を硬くする。
「ロゼさん! 昨日の様子はどうだった!」
 ハーレムたちが大騒ぎする。
「昨日は居たわ! とても脱出できる様子じゃなかったわ!」
「だけど私が行った時には姿が無かった!」
「となると、二十四時間の猶予があるわね……くそ! 罰として一日一食にしたのが悪かった! それとも見張りをつけなかったことが? そもそもどうやって逃げたの?」
「お姉ちゃん! 反省は後にしよう!」
 舞が静流の手を握る。
「サテラの狙いは狂兄だよ! だから狂兄を守らないと!」
「そ、そうね! まずはきょうちゃんを守らないと! 皆! きょうちゃんの今日の予定は!」
「そ、それが、今日は一人で散歩すると言って、先ほど出ていきました」
 アンジェリカが頭を下げる。静流は舌打ちする。
「サテラ! あんたにきょうちゃんは渡さない! 絶対に!」

 ハーレムたちが騒ぐ中、狂太郎は城壁の屋上で退屈そうに酒を飲んでいた。
「何で俺は酒を飲んでいるんだ? 酒は毒だ。そんなこと分かっているのに」
 そう言いながら狂太郎はぼんやりと地平線の彼方を見つめる。
「暇だ……」
 何かが足りない。何かが満ちない。それが狂太郎の心境であった。
「何を忘れているんだ?」
 くいっと一口酒を飲み込む。
「犯すのも飽きた……」
 物足りない。
「なんだこりゃ? 死んだほうがマシじゃねえか?」
 狂太郎は自虐的に笑う。
「寝るか」
 静流も舞もルーシャもロゼもマリヤも薫もハーレムすべていい女ばかりだ。
 なのに足りない。一人、かけている。
「しばらくセックスしなくていいか」
 どうにも面白くない。苛立たしさだけが積もる。
「退屈だ」
 青空の下で狂太郎は目をつぶった。

「ん? 血の臭い?」
 夕焼けのころ、狂太郎は空気に混じる血の臭いに気づく。狂太郎の鼻は犬よりも鋭い。
「ふーん! 誰か余興で殺しでもしたか! 俺に断らずに! さては静流か! 全く! 殺す相手がいるなら教えろ!」
 狂太郎は歓喜して臭いをたどる。
「ん? 城の中庭?」
 狂太郎は首をひねる。ハーレムたちのいさかいは禁止しているので、喧嘩はあり得ない。そして城の中庭に居る人物などハーレムの一員以外あり得ない。
「まあ、いい」
 狂太郎は舌打ちする。一人は重傷で、死にかけていた。耳をこらせばそれを取り囲む十数人の息遣い。
「勝手なことしてくれたな!」
 狂太郎は城壁から飛び降りると、屋根を走り飛んで城の中庭へ降りる。
「きょう!」
 サテラはしずるたち、ハーレムに取り押さえられながらも、狂太郎に叫んだ。

「きょうちゃん!」
 静流が声を上げると、全員固まる。
 狂太郎は頭を押さえる。
「……お前は誰だ?」
 狂太郎は歯ぎしりする。
「きょう……わたしが、わからないのか?」
「俺はお前なんぞ知らん……」
 狂太郎は静流たちを睨む。
「何の騒ぎだ? 何でお前らはそいつを取り押さえている?」
 狂太郎の声は怒りがこもっていた。
「こ、これは……」
「狂兄のためだよ!」
 静流が口ごもると、舞が前に出て弁明する。
「俺のため? そいつが俺に何をする? 何ができる?」
「そ、それは……」
 舞は口ごもる。
「まあ、いい。全員そいつを離せ」
 狂太郎が命じると、サテラは解放される。
「お前は一体誰だ?」
 狂太郎は全身傷だらけのサテラを冷たく見下ろす。
「わたしは、おまえの、こいびとだ!」
 サテラは強い瞳で狂太郎を見つめる。
「恋人? 俺にそんな奴いねえ」
「おもいだせ!」
 狂太郎がサテラの首に手をかける。
「俺は好きなだけ殺し、好きなだけ犯す。恋人なんぞ居るはずねえ!」
「なら! わたしをころせ!」
「なに?」
「おまえのこいびとになれないならしんだほうがましだ!」
「馬鹿かお前は? 俺が怖くないのか?」
「おまえはやさしいおとこだ! こわいはずない!」
 狂太郎はサテラの目を見たまま固まる。
「ちっ!」
 しばらくすると舌打ちして、サテラを突き飛ばし、つかつかと城壁の前に立つ。
「こん畜生が!」
 そして思いっきり頭突きをかました。城壁にヒビが入り、窓ガラスが割れる。
「サテラ! お前今までどこに居た?」
「おもい、だしたのか!」
 サテラがうれし涙を流し、倒れる。
「お前ら! 手術の準備を始めろ!」
 全員狂太郎の命令に従う。
「全く、情けねえ。犯した女は絶対に忘れない。そう心に決めていたのに」
 狂太郎は地面に唾を吐いて、サテラを抱きかかえる。サテラの体は整形手術をしないといけないほどボロボロであった。
「すぐに治してやる」
「ああ……きょう……しずるたちを……ゆるしてやれ」
 サテラは安心して眠りについた。
「ちっ! 言われなくても分かってる! 今回は俺の監督不行き届きだ!」
 狂太郎はサテラを抱えて、急いで治療室へ向かった。
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