異世界に転移したからモンスターと気ままに暮らします

ねこねこ大好き

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皇都へ

出張家族亭

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「カッコいい!」
 ダイ君はゼラから黒いネックレスを受け取ると目を輝かせる。

「力強い! 持ってるだけで強くなったみたいだ!」
 エメ君など穴が空きそうなほど真っ黒なネックレスを見つめている。

 二人とも騎士団の団長と副団長なのに子供の様に喜んでいた。

「ありがとうございます。ゼラ様」
 生真面目なキイちゃんはゼラに恭しく頭を下げる。
 本当にいい子だ。

「はっはっはっはっは! 気にするな気にするな! でも感謝はしろ」
 ネックレスを作ったゼラはご機嫌だ。優雅に椅子に腰かけているつもりなのだろうけど、組んだ足をパタパタさせているから子供っぽいことに変わりはない。

「はっはっはっはっは!」
 なぜかハクちゃんもゼラの膝の上で腕組みして威張っている。仲良いね。

「綺麗ですわ」
 対して召使のアンリはピンク色のネックレスにうっとりしている。
 それは他の召使も同じ。

 強さに憧れる者は黒、争いを好まぬ者はピンク。ハッキリと好みが分かれている。



 カーミラが皆を呼び戻してすぐに、ゼラは宿屋の一番大きな部屋でネックレスを配った。
 評判は上々、嬉しい限りだ。

「何だか俺よりも人気者だな」
 俺は喜ぶ皆を見ながら、少しだけ複雑な気分だった。

 本当に素敵なネックレスだ。とても人気が出て当然だ。ゼラが好かれるのも当然だ。
 だがそれ故に寂しさも感じる。

 ゼラが手の届かない場所へ行く。
 何となく嫌だ。

 でも、それはダメだ。
 ゼラが楽しそうなら見守るのが俺の役目だ。口を出してはいけない。

 何よりゼラがあんなに嬉しそうなんだ。だったら拍手で称えるのが礼儀だ。

「うにゅ~~~」
 さてさて、俺の隣で、もう一人、寂しそうにゼラを見るティアが居る。

「ティアよりもゼラの方が人気者……」
 ティアはゼラと自分が対等だと思っている。それなのにゼラは一歩先を行く。
 それが悔しい。

 友人に置いて行かれる。それはやはり寂しいのだろうな。

「ま、しょうがねえしょうがねえ」
 ティアの頭を撫でて笑う。

「しょうがない?」
 ティアは首をかしげる。

「ゼラは歴史上最強の魔王だ。だったら俺たちより凄くて当然だ」
「……複雑」
 慰めの言葉は失敗だったか?
 ティアは口を尖らせるだけだった。

 時間が解決すると思うしかないかな。

「まあ、これで一安心だ」
 俺は胸をなで下ろす。
 兎にも角にも、これで皆が霧島に洗脳されることは無くなった。

 まずはこれを喜ぶのが先だ。

「皆、喜びに水を差して悪いが、こっちに来てくれ」
 俺は手を叩いて皆を呼ぶ。

「皆は今日、皇都を見て回ったと思うけど、印象はどうだった?」
 俺は皆が集まると、テーブルにノートと筆記用具を出して聞いて見る。
「印象ですか」
 キイちゃんが目を瞑る。

「元気がありませんでした」
 キイちゃんの印象は元気がない。俺も同じだと感じる。
「なんか死にそうでした」
 ダイ君は難しい顔で言う。
 死にそうとはおっかない印象だ。
「見てるとこっちまで死にそうでした」
 エメ君は深くため息を吐く。
 ダイ君と同じ感想か。

 いつも張り合う二人の意見が一致するとは。
 死にそう。それしか言えないくらい、皇都は衰退しているのだろう。

「人間の死体がいくつも転がっていました。とても怖いところです」
 アンリが暗い顔で言った。

「死体? どこにあった?」
「路地裏など、日の射さない場所です」
「いくつもってのはどれくらい?」
「数多の路地裏にいくつも。百か二百、もしかすると千に上るかも」
 アンリの言葉から分かることは一つ。
 皇都はのあちこちがスラム化している。

 スラム。もはや政治の手が届かない場所の通称。死体を片付ける人も居なければそれを咎める人も居ない。
 それがいくつもあるということは、皇都の政治が破たんしていることを意味する。

「ギンちゃんはどんな印象だった?」
 俺は次にギンちゃんの話を聞いて見る。
「喧嘩が多く、殺気立っておる者ばっかりじゃ。鼻を澄ますと血や死臭がして堪らん」
 ギンちゃんは苦々しく言った。

「それって皇都全体で殺人が横行しているってことかな?」
「じゃろうな。今もすぐ近くの路地で血が流れたぞ」
 ギンちゃんはすぐにでも出て行きたいといった感じだった。

「ハクちゃんは何か分かった?」
 次にハクちゃんの話を聞く。
 ハクちゃんは子供だが、だからこそ違った視線で物事を見ることができるはず。

「皆可哀そう」
 ハクちゃんの真っ白でピンとした可愛らしい耳がだらりと垂れる。

「何が可哀そうなの?」
「皆お腹空いてる」
 ハクちゃんの言葉で気づく。

 皇都は飢えた人で溢れかえっている。だから殺人が起きたり、元気がなかったり、死にそうなのだ。

 そして霧島はそんな奴らを放っておいている。
 あいつの事だから、気づくことすらできないのかもしれない。

「お腹が空くのは辛い……」
 ティアは同情するように呟いた。

「確かに辛いな」
 俺は足を組んで考える。

 皇都の事情は分かった。
 ならばこれからどうするか。

 俺の目的は皇都を救って皇帝に恩を売り、仲良くなって害悪な霧島を追いだすこと。

 しかし今の情報だけでは、何をすればいいのか分からない。

「これだけ皇都が弱ってるとなると……」
 ガリガリと頭を掻く。

 洗脳された人々の洗脳を解く。当初はそれだけで良いと思っていた。

 洗脳を解いてしまえば、あとは霧島が悪党という証拠を添えて皇帝に提出すれば済むと思っていた。
 多少の回り道はあっても、大した時間もかけずに済むと思っていた。

 だが今はそんな場合ではない。

「洗脳を解いている場合じゃないな」
 貧乏ゆすりが出てしまう。
 カタカタと椅子とテーブルが震えてしまう。

 このままでは死者が増えるばかりだ。
 洗脳はいつでも解ける。ならばその前に死者を抑えるのが先だ。

「飯を配ろう!」
 やっぱりこれしかない!

「ご飯を配るの?」
 ティアが不思議そうな顔をする。

「お腹が空いてる人は可哀そうだろ」
「うむ。可哀そう」
「だったらご飯を配ろう」
「おお! 麗夜優しい! でもお金は?」
「俺とティアは何を持ってる?」
「おお! チート持ってる!」
「家族亭と同じ事をすればいい」
「おお! 家族亭! 懐かしい」
「出張家族亭だ!」
 ティアが興奮気味にきゃぴきゃぴと甲高い声を出す。すると俺も興奮して高い声が出る。

「飯を配るのはええな。私は賛成じゃ」
 ギンちゃんは声を掛ける前に、嬉しそうに返事をした。
 ギンちゃんは優しいから、気の毒に思うところもあったのだろう。

「わーい! 家族亭だ家族亭!」
 ハクちゃんは家族亭という単語だけで喜んでいる。

「家族亭?」
 一方、話に入っていけないゼラは腕組みして唸るばかりだ。

 ゼラにはこれから存分に手伝ってもらう。
 だから次に家族亭という単語を聞いた時は、俺たちと同じように喜ぶようになるだろう。

「というわけでオーリさん、よろしくお願いね」
 部屋の隅で、自分は関係ないというような顔をして呑気に紅茶とケーキを食べているオーリさんに笑いかける。
「私! 何しろって言うの!」
 案の定オーリさんはビックリした。

「オーリさんは家族亭の経営者ですよ。だったら経営してくれないと」
「ちょっと待って! 私は確かに協力するつもりだったわ。でもあなたがやることはボランティア、慈善活動でしょ」
「そうですね」
「それって家族亭と関係ある?」
「家族亭って店を出します。そこで飯を配る」
「なるほどね。でも私はボランティアなんてやったこと無いわ。何をすればいいのかも分からない」
「家族亭と基本は同じですよ。金は受け取らないだけで」
「お金が無いのにどうやって経営すればいいの!」
「だからオーリさんが何とかしてお金を引っ張ってきてください」
「は?」
「とりあえず調理器具とか食料はこっちで用意します。だから当面はお金の心配は要りません」
「なら私は必要無いでしょ」
「規模が大きくなったら必然的に人手が要る。だったらお手伝いしてくれる人に給料を渡さないと」
「慈善活動でしょ。それなのに給料を渡すの?」
「慈善活動でも手伝ってくれる人にはお金を渡さないと。それに調理する場所とかも必要だし」
 そこまで言って力強く笑うと、オーリさんは頭を抱えた。

「……お金が必要な理由は分かったわ。でも慈善活動なのにどうやってお金を用意すればいいの?」
「それを考えるのがオーリさんです」
「それって鶏に口から卵を産めって言うくらい無茶な話よ!」
「頑張ってください。信じてます!」
 グッと親指を立てて、話は終わり!

「さあ皆! さっそく準備に取り掛かろう。用意する食事はドロドロに煮込んだお粥だ」
 言いながらチートで五十個の鍋を用意する。

「お粥だけ? ちょっと味気ない」
 ティアは献立を聞くと不満げに眉をひそめる。
「ハンバーグとかも用意した方が良いんじゃないか」
 優しいギンちゃんも不服そうだ。

「慈善活動にハンバーグを出す余裕なし! とりあえずお腹いっぱいになれば十分!」
 お粥は煮込むだけで出来るがハンバーグになると手間暇がかかる。そうなると十分な数が作れない。

 まあ俺とティアの手にかかれば数は何とかなるだろう。でも疲れるし、さすがに一文無しにハンバーグなどという高級品を無償で配るつもりはない。

 飢え死にを無くす。まずはそれだけを目標に行動する。

「ふむ……麗夜が言うなら仕方ない」
「私らは考えるのが苦手じゃからな」
 ティアとギンちゃんは渋々といった感じに頷いた。

「家族亭のお粥はそれだけで美味しい。そんなお粥を作ろう」
「おお! やる気出た!」
 ティアは腕まくりして笑った。



■■■■



 皇都は今日の食事にもありつけない極貧層で溢れている。
 だからこそ人々は苛立ち、だからこそ食べ物を求めて争う。

 ライダーと呼ばれる男はそんな極貧層の一人だった。

「腹減ったな……」
 ライダーはガリガリにやつれた顔で今日も町をうろつく。
 目当ては食いもの。もう三日も食べていない。

「もう拳も握れねえ……」
 ライダーはふら付く足でさ迷う。

 元気がある時は、喧嘩してでも食べ物を奪うことができた。
 殺しこそやっていないが、それ以外の悪いことは何でもやって来た。

 それができないほど腹が減っていた。

「ん?」
 そんな彼は城門近くのスラム街で足を止めた。
 ここは数多のスラム街の中でも比較的治安が良い所で、けが人は多くても死体は少ない場所だ。

「屋台?」
 彼は目を疑った。

 貧乏人しか居ない場所に屋台が十個もあった!

「家族亭?」
 ライダーは自然と屋台に近づき、屋根の上ではためく旗の文字を呼んだ。

 店の名前は家族亭。麗夜の店である。

「こんなところにどうして?」
 金も何もないところに店を構える。奇妙な物だ。
 何より奇妙なのは、店に人だかりができていたところだ。

 金も無い奴らがどうして屋台に並ぶ? 不思議で堪らなかった。

「はいどうぞ」
 試しに並んでみると、綺麗な服を着た女の子から突然何かを渡された。

 スラム街に相応しくない身なりであった。

「飯だ!」
 しかしライダーにとってそんなことはどうでも良かった。
 手渡されたのは待ち望んでいた食事だ! 我を忘れてお粥を飲み込む。

「食べ終わったら食器をこっちに戻してね」
 ライダーは満腹になった腹を摩って、声がする方向へ言われるままに行く。

「ここで良いのか」
 そう言った直後、ライダーは心臓が止まりそうだった。

 とても可憐な、スラム街で不釣り合いなほど可愛い子が居たから!

「うん! 頂戴」
 可愛い女の子は笑顔で食器を受け取ると、それを脇に居る女性に手渡す。

「他の人の邪魔になるから退いてね」
 ニコッと笑われてハッとする。
 ライダーと同じように、食べ終わった人が食器を戻すために行列を作っていた。

「あんたの名前は?」
 ライダーは立ち去る前に聞く。
「ティアはティアだよ」
 にぱっと花が咲いたような笑顔だった。

「また来て良いか?」
「良いよ」
 ティアは笑いながら食器を受け取る作業に戻った。

「何なんだここは?」
 ライダーは店の周りをうろつく。

「こんなところに店を出したらチンピラに目を付けられるぞ」
 ライダーはふと、思い出したように視線を動かす。

 予想した通り、ガラの悪い男たちが十人、拳を鳴らして近づいていた。

「お前ら! 誰に断ってここで商売してんだ!」
 予想通り難癖をつけて来た。
 これでこの屋台は無くなった。金を毟られ、飯も奪われ、女は乱暴される。

 ライダーはそう思った。

「誰に断って? お前らこそ誰に断って話しかけてきたんだ?」
 しかしライダーの予想は大きく外れた。

 どこに潜んでいたのか、騎士風の男女が百人ほど、一斉にチンピラたちを取り囲んだのだ!

「……え?」
 チンピラたちは表情を変える。

 騎士風の男女は全員剣を抜いていた。しかも鍛えこまれているようだった。おまけに目が殺気立っていた。

 このままだと殺される。誰でも分かる状況だった。

「もう一度聞く。お前たちは誰に断って話しかけて来た?」
 リーダーだろうか? ライダーでも見惚れるほどの青年がチンピラに顔を近づける。

「待った! 俺たちの勘違いだった! 許してくれ!」
 チンピラたちは一目散に逃げだした。

「凄いな……」
 ライダーは見とれたまま屋台の近くに腰を下ろす。

「何なんだろうな……」
 ライダーはその日一日、家族亭の屋台から離れなかった。

 そしてそれは他の人も同じだった。

 家族亭の屋台の周りは、一日中人だかりが出来ていた。
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