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皇都へ

皇都を支配する宿敵

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 人間領を支配する国、ゴールド帝国。
 大陸の四分の三を支配する超巨大国家である。
 人口は全領土で一億人以上である。
 亜人の国の人口は百万未満と考えるとかなりの大きさであると分かる。
 軍事力は大陸随一で、勇者の助けがあったとはいえ、一度は魔軍に勝利している。

 ゴールド帝国は皇帝であるゴールド家を頂点とし、その下に三十の王を配下としている。
 その中の一つに、俺を召喚したマルス32世が居る。

 皇都は皇帝であるゴールド15世とその一族が住み、配下である三十の王が頻繁に出入りするような重要都市である。
 経済はもちろん大陸の軍隊を統べる中心地である。

 だからこそ皇都は本来は大きく賑わっている必要がある。

 ところが俺が足を踏み入れた皇都は、驚くほど元気が無かった。



 大通りに並ぶ店は立派だ。洋服屋だけでも十店舗はあった。
 どの店も清掃が行き届いていて、窓ガラスは曇り一つなかった。
 しかし問題が一つあった。

 客が一人も居なかった。
 洋服屋だけでなく食事処など、どの店も閑古鳥が鳴いていた。

 また、一番の問題点なのだが、浮浪者が多かった。
 大通りから路地裏に目を移すと、汚れた服を着た男たちが項垂れていた。

「なんか元気ないね」
 大通りを歩いているとティアが不安げに耳打ちしてきた。

「元気が無さすぎる。明らかに変だ」
 俺はティアに耳打ちで返事した。

 歩いているだけで気持ちが沈むような感覚。
 それが今の皇都だった。

「あっちこっちで喧嘩しておるの」
 ギンちゃんがしかめっ面で耳をピクピク動かす。
「喧嘩?」
 気になったので聞いて見た。
「路地裏とか建物の中で争うような声が聞こえる」
 ギンちゃんは警戒するようにブワッと尻尾の毛を膨らませた。

「皇都なのに治安が最悪なのか」
 俺は嫌な予感がして、背中がぞくりとした。

「怖い」
 幼いハクちゃんは怯えるようにゼラにしがみ付く。
「安心しろ。何かあったら私が殺してやるから」
 ゼラは物騒な慰めをしながら、ハクちゃんを抱っこした。

 頼もしいけど暴れないでね。

「麗夜。どうする? 帰る?」
 ティアは皇都の雰囲気にうんざりしたようだった。
 気持ちは分かる。俺も帰りたい。それくらい雰囲気が悪い。

「一応仕事だから」
 済まないと思いつつも頭を撫でて説得する。

 なぜここまで元気が無いか、確かめないといけない。

「それで、これからどうするんじゃ」
 ギンちゃんは目をぎらつかせながら聞いてきた。
 明らかに警戒態勢だ。不審者が傍に来たら即座に噛みつくつもりだ。

「冒険者ギルドへ行ってみよう。そこなら何か分かるかもしれない」
 冒険者ギルドは誰でもウエルカムで色々な人が来るから情報も集まりやすい。

 あそこなら何か分かるだろう。

「冒険者ギルドってあれかな」
 ティアが大通りに並ぶ一際大きな建物を指さした。

 ティアが指さした建物は五階建てで高層ビルのように大きかった。そして壁面には冒険者ギルドの印がでかでかと飾られている。

「さすが大陸に散らばる全ての冒険者ギルドを統括する本部だ。スケールが違うぜ」
 俺は苦笑いしながら四人と一緒に冒険者ギルドへ入った。

「麗夜!」
 するとすぐに玄関先で見知った顔と出会った。

「オーリさん!」
 亜人の国に居る筈のオーリさんがそこに居た。

「どうしてここに?」
「それはこっちのセリフよ」
 固い握手を結ぶとそれだけで笑顔がこぼれる。

「俺は皇都の偵察ですよ」
「さすが恐怖の魔王様。敵情視察は怠らないわね」
 小声で笑い合う。

「オーリさんはどうしてここに?」
「私は亜人の国の冒険者ギルドの使いとして来たわ」
 オーリさんは亜人の国の冒険者ギルドのギルド長だ。だからここに来ても不思議ではない。

「まだ止めてなかったの? 家族亭に永久就職したと思ってたのに」
 ただオーリさんには家族亭の経営を任せている。出来ればそっちの方に専念して欲しい。

 というかまだギルドに所属していたんだ。

「私が優秀過ぎるから、やめるにやめられないの」
 大きなため息と苦笑。どうやら無理やり来させられたらしい。

「どんな用事でここに?」
「ゴールド帝国の冒険者ギルドと提携するための交渉よ」
「提携?」
「ラルク王子の命令よ。これからは人間とも仲良くする必要がある。でもいきなりは難しいから、まずは冒険者ギルドを通して国交を活性化したいとか何とか」
 何だか回りくどい気がする。仲良くしたいなら直接交渉すれば良いのに。

「冒険者ギルドを通して国交を活性化できるんですか?」
「建前よ建前。あの腹黒王子は絶対に別のことを企んでるわ」
 オーリさんは肩をすくめた。

 ラルク王子ならあり得ることだ。そう思うと苦笑が漏れた。

「オーリさんだ!」
 そんな風に笑っていると、ハクちゃんがゼラの腕から飛び降りて、久々に出会ったオーリさんに抱き付いた。

「久しぶりね、ハクちゃん。元気してた?」
「私はいつも元気だよ!」
 ハクちゃんはオーリさんに頭を撫でられるとにへっと頬を緩ませた。

「む~」
 ゼラはハクちゃんに好かれるオーリさんを嫉妬するような目で見ていた。
 まるで恋人を盗られたみたいだ。
 いつもティアに独占するのは良くないと言っている癖に、自分のことになると手のひらを反す。
 全く、困った奴だ。

「私には麗夜が居る!」
 そしてどういう理由か俺の腕に抱き付いてきた。
「ティアにも麗夜が居る!」
 ティアも対抗するように抱き付いてきた。

「二人とも。落ち着いて」
 いつもなら嬉しいが、こんな状況ではいちゃつく気分になれない。

「皇都に活気が無いんですけど、オーリさんはなぜか知りませんか? 治安も悪いみたいだし」
 俺はとにかく皇都の現状が知りたかったので聞いて見る。

「そうね……」
 オーリさんは顔を険しくすると、キョロキョロと辺りを見渡す。

「ここじゃ変なこと言えないから、場所を移しましょう」
 何かを警戒しているような声だ。怯えていると言っていい。

 尋常じゃないことが起こっている。そう感じる。

「分かりました。どこに行きます」
「屋上へ行きましょう。そこなら説明しやすいわ」
 俺は頷くとティアたちを見る。

「俺はオーリさんと話してくる。皆はどこか泊まれるところを探してきてくれない?」
「お昼食べるところも探して良い?」
 お腹を摩るティア。それがあまりにも可愛らしくて心が和む。

「もちろん」
「分かった」
 ティアはチュッと頬っぺたにキスすると、外へ出た。
「ティアだけズルいぞ」
 ゼラもチュッと頬っぺたにキスするとティアに続いた。
「私も私も!」
 ハクちゃんもキスしてくれた。

「ギンちゃんはしてくれないの?」
 三人の後に続こうとしたギンちゃんに意地悪してしまう。

「全く」
 ギンちゃんはため息を吐きながらもキスしてくれた。

「モテモテね」
 四人が外へ出るとオーリさんが茶化して来た。
「オーリさんもして良いですよ」
 冗談交じりに笑いかける。

「なら遠慮なく」
 すると頬っぺたにキスされた! 冗談だったのに!

「私をからかうなんて十年早いわよ」
 オーリさんは微笑しながら、俺の頭をコツンと叩いた。

「敵わないな」
 俺は苦笑しながらオーリさんと一緒に屋上へ行った。



「ここなら良いわね」
 屋上に着くとオーリさんは周囲を見渡し、誰も居ないことが分かると安堵した様に深呼吸した。

「何をそんなに警戒してるんです?」
 俺はオーリさんの態度に戸惑うしか無かった。

「皇都は勇者に支配されてるわ」
 予期せぬ言葉に言葉を失う。

「支配しているのは霧島という女。マルス32世が呼び出した勇者よ」
 霧島……。

「まさかそいつの名前をここで聞くなんて」
 頭が痛くなるぜ。

「まさかと思うけど……」
 オーリさんは心配するように眉をひそめる。

「俺の復讐の相手だ」
 あの女が皇都に居るなんて。

 何の因果なんだか。

「霧島は何をしたんだ」
 深呼吸した後に声を出す。必死に平静を保つ。
 だが口調は荒々しくなる。

「あいつは何もしてないわ……」
 オーリさんは首を振る。

「何もしていない?」
「霧島の周りに居る奴らが何かしていると言った方が良いかしら」
「どういうことだ?」
「皆あいつの言いなりなのよ」
 オーリさんは屋上の塀に手をかける。

 目線の先には、大きな大きな城が、遠くにそびえていた。

「あいつは皆に好かれている。異常なほど」
「好かれてる?」
「お城に居る人たちは誰も彼も霧島のご機嫌取りに大忙し。宝石が欲しかったら百の宝石を用意し、舞踏会を望めば毎日行う」
「居たせりつくせりだな」
「それだけならまだいいのよ」
「ならもっとヤバいと」
「現在、霧島の悪口を言うことは禁止されているわ。破ったら死刑。人々は常に霧島をたたえないといけない」

 さてさて。吐き気がしてきたぞ。

「まるで女神様みたいな待遇だな」

 どちらかというとヒットラーに近いか。
 ここはナチスか? 俺は何時の間に第二次世界大戦にタイムスリップした?

「もはやあいつらは操り人形よ。何があったのか分からないけど、とにかく皆、霧島のいうことを聞く。霧島を優先する。福祉も何もかも放り出して。おかげで大火災の復興も完了していないし、失業者が増えてるのに何もしない。病人だって無視する。大火災で親を亡くした子供が倒れていても気にも留めない」
 オーリさんは堰を切ったように文句を言った。

「どうしてそこまで霧島を大事にするのかしら? 勇者とはいえタダの女なのに」
 オーリさんはそこまで言うと、沈痛な面持ちでため息を吐いた。



「洗脳か」
 独り言のように声が出る。

「洗脳?」
「勇者の力であいつは皇帝たちを操り人形にしてるってこと」
 深いため息が出る。

 何の後ろ盾も無いタダの高校生が皆に好かれるなんてあり得ない。
 ましてやあの女が好かれるなど考えられない。

 洗脳系のチートを使っているとしか考えられない。

「さてさて。俺はどうするべきか」
 洗脳。考えられるチートの中でも特大級に厄介な代物だ。成長チートとか生産チートとか魔力チートとかとレベルが違う。

 すべての人間が操り人形、それはつまり、俺すらも操り人形になる可能性がある。

 ティアやギンちゃん、ハクちゃんすら。

「どうするつもりなの?」
 オーリさんは声を潜める。

「霧島を殺すしかない」
 危険度はマックスだ。即座に対策が必要だ。

「あなたなら可能でしょうね。でも皇帝たちは操られてるだけよ」
 オーリさんは怯える目で俺を見る。

「皇帝たちは殺さない。彼らに罪は無いからね」
 頑張って微笑むと、オーリさんは安心した様に苦笑いした。

「事情は分かった。ありがとう」
 オーリさんと握手をしてお礼を言う。

「どういたしましてだけど、何か手はあるの?」
「もちろんあるさ」

 指で丸印を作る。

「こっちには歴史上最強の魔王が味方に付いているんだからな」

 ゼラ。10万年前に世界を恐怖のどん底に叩き起こし、真の勇者として召喚された俺の家族と戦った女の子。

 あいつが居れば、屑勇者の一人や二人なんてこと無い。

「ある意味、楽しくなってきたな」

 待ってろよ霧島。



 必ず吠え面かかせてやるからな!
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