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皇都へ

皇都へ到着

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 魔王城を出発して一月が経った。

 旅路は順調、今日も楽しい道中だ。

「うわぁはああああ! 雨だ雨だ!」
 大雨が降るとハクちゃんは傘もささずに両手を広げて空を見る。
 好奇心旺盛だから何があっても楽しいお年頃だ。

「梅雨の季節なのか」
 温かく、雨が降りやすい季節なのか、シャワーのように降り注ぐ雨で髪も服もずぶ濡れだ。
「うにゅ~~~スカートと靴が汚れちゃう」
 土はぬかるみ泥になる。そうなれば歩くだけで泥が跳ね、ティアの靴やスカートが汚れる。
「私が雲を吹き飛ばしてやろうか」
 最強のゼラが雨雲に指を向ける。ゼラの魔法なら雨雲もひとたまりもない。

「さすがにそれはやりすぎだ」
 苦笑しながらも周りを見渡す。

 周りは草原というより荒野に近い。岩肌や砂がむき出しで、草の絨毯はまばらにしかない。おかげで雨宿りできるような樹も見つからない。

 ここでテントを張るのもいいが、それだと焚き火ができないから服が乾かせない。

「皆さま、向こうに洞窟がありました」
 少し困っているとキイちゃんが走ってきた。
「そこで雨宿りしよう」
 俺たちはキイちゃんの後を追って洞窟に入った。

 洞窟は断崖絶壁の岩陰にあった。
 鉱山だったのだろうか? 木で出来たトロッコの残骸があった。
 中は迷路のように入り組んでいるようだったが、数百人が雨宿りできるだけの広さはあった。

「迷わないように気を付けて」
 皆に一言言ってからテントを張る。そうすれば風も防げて温かい。

「麗夜と初めてあったところを思い出すね」
 ティアと一緒のテントに入りながら服を脱いでいると、ティアがクスリと笑った。

「そう言えば、始めて入ったダンジョンに似ているな」
 ティアの方を見ないようにしながら、タオルで体中の水気を落として替えの服を着る。そして濡れた服は洞窟の入り口付近に作った焚火に持って行って乾かす。

「くしゅん!」
 焚火の傍ではハクちゃんが毛布にくるまって体を温めていた。傍には呆れ顔のギンちゃんも居る。
「全く。濡れたままではしゃぐからだぞぃ」
 ギンちゃんはハクちゃんの傍らに座って背中を摩る。やっぱり心配なんだな。

 そんな微笑ましいギンちゃんから目を離し、今度はハクちゃんの隣に立つゼラに目を移す。
「ふむ……」
 ゼラはハクちゃんを心配した様子で見ている。そわそわと落ち着かない。
 初めて出来た友達が苦しんでいる姿に困惑しているのだろう。

 ゼラは昔々は冷酷だったが、今は普通の女の子だ。だから友達が風邪になったら何となく悲しい。何となく不安になる。
 そんな気持ち、始めてだったのだろう。だから落ち着かない。

「ハク様。温かいココアです」
 キイちゃんが気を利かせて熱々のココアを手渡す。ハクちゃんは蚊の鳴くような声でお礼を言ってから一口飲む。
「美味しい!」
 すぐにパッと顔色が良くなった。

 さてさて。ハクちゃんは元気を取り戻したけど、人気者のハクちゃんはそれだけでは終わらない。
「ハク様。シチューを持ってきました。お口に合うか分かりませんが、体は温まりますし、栄養たっぷりです」
 ダイ君がもくもくと湯気が立ち昇るシチューを持ってきた。大きな肉がいっぱい入っているから美味しそうだ。ハクちゃんの嫌いなニンジンや玉ねぎは入っていない。

「湯たんぽです。これでもっと体を温めてください」
 エメ君はタオルにくるんだ湯たんぽを持ってきて、それをハクちゃんの足元に置く。

「薬草を煎じた紅茶です。砂糖をたっぷり入れたのでハク様も飲めると思いますよ」
 アンリがハクちゃんの前に紅茶を置く。薬草の匂いがしないから、苦い物が嫌いなハクちゃんでも飲めそうだ。

 他にも続々と心配性な魔王たちがハクちゃんのために色々と持ってくる。

「皆ありがと!」
 すっかり元気になったハクちゃんはパクパクと食べ物や飲み物を食べ始めた。

「過保護だね」
 ティアが隣で微笑むと俺も笑ってしまった。

「え~と……」
 そんな中、ゼラだけはハクちゃんの周りでおろおろしていた。
 何をすればいいのか分からない感じだ。

「ゼラも一緒に食べよ!」
 ハクちゃんはそんなゼラの手を引っ張って、ゼラの膝の上に座った。

「ああ! 一緒に食べよう!」
 困り顔だったゼラも笑顔になって、ハクちゃんと一緒にシチューやココアを楽しみ始めた。

 ハクちゃんは皆のアイドルだ。ちょっと風邪気味になるだけで、皆は大慌てだ。



「明日には皇都に着きそうだ」
 夕食を済ませると、テントの中で地図を広げて、皇都までの距離を確認する。
 この荒野を乗り切れば広い広い草原が待って居る。

 かなりの距離があるが、俺たちの歩く速度なら昼頃には着くだろう。

「皇都って何があるんだろ」
 ハクちゃんはゼラの膝の上で眠たそうな目で笑う。夢心地って感じだ。

「考えてみると、私が人間の町に行くなんて驚きじゃ」
 ギンちゃんはふさふさの尻尾を櫛で毛づくろいしながらため息を吐く。

 ギンちゃんは銀狼だった。人間に襲われた経験もある。
 それなのに人間の町へ行くという。
 昔のギンちゃんなら嫌がっただろうけど、今のギンちゃんは人間に対して憎しみを抱いていない。

 ギンちゃんも昔と随分変わった。そんな気がする。

「私もよくよく考えたら何があるのか知らんな」
 ゼラがハクちゃんの頭を撫でながら上を向いて考える。

 ゼラは長い年月封印されていたし、封印から出た後も魔王城に籠りきりだった。

「世界を支配したことのある私に知らないことがあるとは。妙な気分だ」
 ゼラは優しくハクちゃんを抱きしめて笑った。

「ティアは人間の町に住んでたことがあるから何があるのか分かる!」
 そんなまったりした空気の中、ティアは腕組みしながらふんぞり返る。

「そうなのか?」
 ゼラが興味を持ったようでティアの方を向く。

「麗夜と一緒に暮らしてたから!」
 ティアは腰に手を当ててさらにふんぞり返る。バク転でもするつもりか?

「……ふん!」
 ゼラはティアが羨ましいようで、拗ねた顔で鼻を鳴らした。

 皆、楽しそうだ。初めて行く大都会に胸を躍らせているのだろう。
 それはキイちゃんたちも同じだ。

 彼女たちも、心なしか浮ついている気がする。

「皇都に着いたらどこに行こうかな?」
 そんな皆の中ただ一人、俺は今後どうしようか考えていた。

 何せ、全く計画を立てていない! 町の様子を見ると皆に説明したが、どこを重点的に見るべきか全く考えていなかった!

 皆は各自遊んでもらって構わないが、俺はこれでも大将だ。しっかりと仕事をしないといけない。

 だが偵察すると言ってもどこに行くべきか? いきなり皇都の城に行っても門前払いだろうし。

 そこでふと思い出す。

「冒険者ギルドに行ってみるか」

 この世界には冒険者ギルドがある。最初に来た時も世話になったし、亜人の国でも世話になった。

 冒険者ギルドは誰でもウエルカムだ。そして色々なクエストが来るためか、色々な情報を持って居る。

 まずはそこに行こう。町の散策はその後だ。

「ぷすぅ~」
 ハクちゃんの寝息が聞こえた。周りを見ればティアたちも眠そうだ。

 皆の姿を見ると俺も眠くなってきた。

「明日も早いし、寝よっか」
「そうするかの」
 ギンちゃんは毛布に包まて目を閉じる。
 大きめのテントだから五人が寝ても余裕がある。

「ティアは麗夜と一緒に寝る」
 ティアが毛布を持って俺に抱き付いてきた。
「私も麗夜とハクと一緒に寝るぞ」
 するとゼラも来た。腕にはハクちゃんも一緒だ。

「はいはい」
 疲れていたので寝っ転がる。
 左にティア、右にゼラ、ゼラのお腹の上にハクちゃん、ちょっと離れたところにギンちゃんが居る。

 雨のせいで肌寒いはずなのに、とても温かい。

「お休み」
 皆で言ってから目を閉じる。するとすぐに眠りに落ちた。



 旅立ちから一月後の昼、ようやく皇都が見えた。

 皇都は大草原の真ん中にあった。遠くには大きな川や森が見える。

 高層ビルと見間違うような城壁が立ちはだかっている。その外壁にポツリと建物と見間違うような鉄門がある。
 城門の入り口は警備が厳重だ。三十人ほどの兵士が立って居て、中へ入る人の身分を確認している。

「なんだか凄く警戒しているような気がする」
 ポツリと独り言が出てしまう。

 並んでいる人の数は百人を超えていて渋滞が起きている。
 持ち物検査や積み荷の確認、そして人相の確認を入念にやっているため、一人一人の身分確認に時間がかかっている。
 いくら何でもやり過ぎな気がする。
 一人につき三十分は時間をかけているぞ。

 おまけに兵士が行列の周りを歩いて、不審者が居ないか目を光らせている。
 何か騒ぎがあったら構えている槍で串刺しにされそうだ。

「麗夜。どうする?」
 ティアはめんどくさそうな顔で行列を見る。
「ルールに従おう。トランプとかオセロとかで遊んでればすぐさ」
 最後尾に行って腰を下ろす。すると皆も真似して腰を下ろす。

「順番が来るまでゆっくりしよう」
 俺は小腹が空いたので小さなサンドイッチを食べる。ティアやギンちゃんも同じようにサンドイッチを食べる。
 お茶会が始まった。
「勝った!」
 ハクちゃんはゼラやキイちゃんたちとオセロやトランプで遊んでいる。遊戯大会が始まったようだ。

「どれくらい時間かかるかな」
 ティアがジャムタップリの食パンをもぐもぐさせながら行列の向こう側を見る。
「この調子だと早くて夜だろうな。下手すると明日の朝だ」
 控えていた召使のアンリに、念のために野宿の準備をするように言う。

「畏まりました」
 アンリは行儀よく頭を下げてくれた。

「あとは待つだけだ」
 俺はティアとギンちゃんと一緒にお茶を楽しんだり、皇都で何を買うか、世間話を楽しんだ。



「次の者」
 夜中になってようやく順番が回って来た。
「はいはい……」
 欠伸を噛みしめて兵士の前に立つ。
 俺は皆を代表して行列に並んでいた。行列の中で仮眠を取っていたが、ゆっくり眠れないため寝不足だ。

「どこから来た」
 兵士は形式的な質問を始める。

「マーレからやってきました」
「マーレ? 知らないところだ」
 そりゃそうだ。今さっき考えた地名だからな。

「亜人の国の近くにある、小さい町なんで分からないと思いますよ」
 愛想笑いでやり過ごそうとする。
「ふむ……確かに私たちも町のすべてを知っている訳ではないが」
 兵士はジロジロと怪しむような目をする。

「付き人は居るのか」
 それでも追求するようなことは無く、形式的な質問に戻った。

「あそこで眠っている奴ら全員です。ざっと二百人は居ますね」
「二百人! なぜそんなに大勢で!」
「俺は一応マーレの地主の息子で。心配性の父が護衛やら召使やらをたくさんくれたんですよ」
 口から出まかせが淀みなく出てくる。
 もしかすると俺は詐欺師の才能もあるのかもしれない。

「荷物と付き人の確認をさせてもらおうぞ」
「どうぞどうぞ」
 荷物に不審な物は無いし、ティアたちも見た目は人間だし、それに何よりマナーを弁えている。通せんぼされることは無い。

 安心して待って居ると、調べに行っていた兵士が戻ってきた。

「ほとんどが亜人だ」
 じろりと見られる。
 ギンちゃんとハクちゃんのことだ。アンリなど召使部隊もエルフで構成されているからそうだろう。
 ダイ君やキイちゃんも良く見れば人間と違うと分かる。

「そうですね。でもそれが何か?」
 亜人はこの国では珍しいだろう。それに昔は戦争したりで仲が悪かった。
 でも今は国交が開いている。違法でも何でもない。

「別に」
 兵士はぶっきらぼうに言った。
「最後に、何の目的でここに来た」
 兵士は最後の質問をした。これを乗り切れば皇都へ入れる。

「社会勉強です。皇都は栄えているから見て回りたくて」
「なるほど。確かにそんな理由で来るお坊ちゃまも大勢いる」
 兵士は別段気にした様子なく道を開けてくれた。

「通って良し」
「ありがとう」
 許可が出たので皆を呼ぶ。

「眠い……」
 ハクちゃんやティアやゼラなど一部眠そうな子は居たが、全員中へ入る。

「ちょっと聞きたいんですけど」
 俺は中に入る前に兵士に声を掛ける。兵士は、「早く行け、仕事があるんだ」と言いたげな横顔を見せたが、無視せず俺に顔を向けてくれた。

「何が聞きたい」
 兵士はぶっきらぼうでつっけんどんな言いぐさで対応する。

「凄く警備が厳重ですけど、どうしてです? 何か事件でも」
「半年ほど前に皇都で大火災が起きた。放火が疑われている」
「放火ですか?」
「怪しい二人組を見たという話が合った」
「誰か分かってますか?」
「知らん。それにあくまでも噂だ。だが噂でも放火が疑われる以上、警備は厳重に行う」
 丁寧な説明でどんな理由か分かった。

 ぶっきらぼうだけど意外と面倒見の良い人だ。

「ありがとう。お仕事頑張ってくださいね」
「早く行け」
 手を振ると兵士は再び仕事に戻った。

「さてさて。ようやく皇都だ」
 とにもかくにも皇都へ着いた。
 まずは宿屋を探すべく、少し町を歩こうか。

 そう思っていたのだが、町の入り口で足が止まった。

「なんて辛気臭い雰囲気なんだ」
 目の前に広がる大通りは綺麗だ。綺麗な建物が並んでいる。

 ところがすぐ脇に見える路地裏には浮浪者が大勢見えた。おまけに大通りから外れた小道に並ぶ建物は荒れ果てて見えた。

「問題ごとが起こりそうだ」
 荒れたところでは盗みなど軽犯罪がたくさん起きる。人々は苛立って居て喧嘩も絶えないはずだ。

「でもそういうところにこそチャンスが広がっている」
 少しだけ胸が躍る。

 問題がある。ならばそれを解決すればどうなるか?

 信用を得られ、皇帝に合う機会が生まれる!

「どんな問題か、調べてみますか」
 俺は軽い足取りで、ティアたちと一緒に宿を探しに歩を進めた
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