異世界に転移したからモンスターと気ままに暮らします

ねこねこ大好き

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3巻

3-2

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「上手い具合にまとまってきたな」

 煙の雲の上でごろ寝していた朱雀が、キセルを吸いながら言った。

「まとまってる?」

 ガイとメデューサが反応した。

「昔はこうやって顔合わせると、言い争いか殴り合いか殺し合いだっただろ」

 笑いながらの朱雀の言葉に、ガイが腕組みする。

「確かに、こんな風に皆と話したことはねえな」

 メデューサも腕組みして唸る。

「大声出さないのも初めてかも」

 二人が神妙な顔をすると、近くで話を聞いていた魔王たちも同様の表情を浮かべた。

「俺たちは基本的に、好き勝手やってたからな」

 そう言って、魔王たちが顔を見合わせて頷き合う。
 思い出したように、メデューサがガイに話しかけた。

「ごはんの取り合いで、殺し合いになった時もあったわね」
「そう言えば、お前が産んだ卵をつまみ食いして喧嘩けんかになったな」
「あの時は二日くらい殺し合ったわね。カーミラちゃんが止めたからやめたけど」
「そしたら次の日、俺の部下がお前に食われた」
「こっちもつまみ食いしなくちゃ」
「それでまた喧嘩になったな!」
「一週間くらい戦ったわね!」

 ガイとメデューサは、笑顔で物騒な昔話をしている。
 俺が来る前まで、魔界は雑草も生えない地獄だった。
 だから、仲間割れも共食いも日常茶飯事さはんじだった。でも今は違う。争う必要はない。

「皆にはもっと仲良くして欲しいんだ」

 説明しなくても受け入れてくれるだろうけど、事情くらい話しておかないと気持ちが悪いし、理由を知れば不満を抱かずに済むと思う。
 仲良く楽しく。それを心掛けたい。

「昔はごはんが無くて争うこともあったけど、今は違う。だから仲良くして欲しい」
「別に俺たちは、喧嘩するつもりはありませんぜ」

 ガイはガハハと、粗野そやに笑う。

「喧嘩しないのは当然だ。皆には、相手を気遣う心を持って欲しい」
「気遣う?」

 魔王たちが首をひねる。

「相手の気持ちを考える。例えば困っている相手を助けるとか」
「助ける……」

 魔王たちは難問に出会ったかのように、難しい顔になる。
 そこまで考え込む必要はないんだけど……。
 皆にとっては考え込まないと理解できないくらい、馴染なじみのない言葉のようだ。

「相手が何か困ってたら、ちょっと手を貸すだけでもいい」
「でも私たちってバカだから、何に困ってるかなんて分からないわ」

 メデューサがつぶやくと、皆が一斉に頷いた。

「だからこそ、自分が困ったら気軽に、仲間に相談して欲しい」
「相談?」

 今度はしかめっつらだ。
 魔界は荒れ果て、誰しもが自分のことで精いっぱいだった。だから助け合うことも相談することもできなかった。容易に想像がつく。

「お腹がいたからごはん分けて、とか。足がしびれたから肩貸して、とか」
「めんどくさいわね」

 メデューサが言い、またも皆が頷く。慣れてないから仕方ない。

「本当に面倒だったら助けなくていい。でも、できるだけ助け合って欲しい」
「それだったらまあ……」

 納得していない空気だ。分かってもらうには、時間と根気が必要だな。

「朝ごはんでマナーを守るってのは、その練習。相手への気遣い。ちゃんと時間通り席に座るってのも、立派な助け合いなんだよ」
「そうなんですか?」
「現に、俺は助かってるよ」
「そうなんですか!」

 ガイが食い気味に詰め寄ってきた。

「皆がマナーを守って、一緒に食べてくれるからね」
「なるほどなるほど! それが気遣いですか!」

 納得したようで一斉に頷く。

「ならもっと、麗夜ちゃんと仲良くなりたいわ」

 スルッとメデューサが俺に腕を絡めてきた。蛇だから動きが素早い。

「俺と狩りに行きましょうよ。絶対に楽しいですぜ」

 ガイがガハハと、俺の肩に手を置いてきた。

「わ、分かったから離れて」

 最終的に、俺は皆にもみくちゃにされてしまった。
 気遣いを学ぶには、もう少し時間が必要なようだ。


 朝食が終わったら夕食まで自由時間。各自、自由に過ごす。
 俺はいつも通り、自室で亜人の国との交易と、魔軍の意識改革計画案について考えようと思った。ところが席を立った時、珍しく声を掛けられた。

「麗夜様。やっぱり今日は、俺たちの狩りを見てくだせえ」

 ガイが、身のたけほどの大斧を片手にやって来た。
 その後ろにはメデューサなど魔軍幹部たち。なぜか不機嫌そうで鼻息が荒い。

「どうしたの?」

 俺が椅子に座り直すと、ティアも同じようにした。
 ガイはいつも、朝食が終わると仲間を連れて外に行く。だから今日もてっきり、そうするものだと思っていた。
 声を掛けてくれたのは嬉しい。どんどん気軽に話してもらって構わない。
 だけど、けわしい顔で話しかけられたら別だ。心配になってしまう。

「あいつらが俺たちに、弱いくせに調子乗るなって言ってきたんで。喧嘩する訳にもいかねえから、別の方法で実力を分からせてやろうと」

 ガイが、大食堂の扉前でたむろする仏頂面ぶっちょうづらのドラゴン騎士団とワイバーン騎士団を指さした。

「何かあったの?」

 俺は椅子から立ち上がって騎士団の方へ行き、ダイ君に事情を聞く。

「事実を言ったまでです。俺たちの方がお前たちよりも麗夜様に相応ふさわしいから、麗夜様に馴れ馴れしくするなって」

 ええ……。

「突然どうしたの?」
「だってあいつら、昨日も今日も麗夜様にため口ですよ! さっきなんて麗夜様にとんでもない無礼を!」

 ダイ君がギリギリッと、ガイたちをにらむ。
 すると、ダイ君の隣に居たキイちゃんも唇をとがらせる。

「今まで我慢してきましたが、あいつらは頭が悪いです! なのに、麗夜様直属の騎士団である私たちにため口なんて!」

 カリカリしてるな。

「麗夜様に寵愛ちょうあいをもらってるからって、調子に乗ってんだ」

 エメ君など今にも殴りかかりそうだ。血の気が多いね。
 しかし、いったいどうしたのか? 今まで問題なかったのに。

「麗夜に構ってもらえなくて、不貞腐ふてくされとるのか?」

 食器洗い中のギンちゃんが、騒ぎを聞きつけてやって来た。慌てて来たらしく、エプロンに泡を付けている。

「不貞腐れている訳では……」

 もごもごとダイ君たちが口ごもる。
 そう言えば、魔王たちと仲良くするのに必死で、ダイ君たちとあまり話していなかった。

嫉妬しっとしているの」

 ティアが腕組みしながらトコトコ歩いてきた。

「ダイ君たちの気持ちは分かる。ティアも、麗夜を取られたらくやしい」

 取られるってなんだよ。

「うう……嫉妬という訳では……」

 ダイ君たちは図星なのか、たじたじだ。

「せっかく話しかけてやったのによ。文句言われるなんて思わなかったぜ!」

 ガイはダイ君の前に来ると、仁王立ちで睨む。
 売り言葉に買い言葉で、負けじとダイ君も睨み返した。

「お前たちが失礼なのは事実だ! 麗夜様が許しても、俺たちは許さないぞ」

 二人がカッカするので、それにつられて皆も熱くなっている。
 このままだと完全に仲違なかたがいしてしまう。

「ガイたちはどんな風に話しかけたの?」

 一応、詳細を確認しておく。

「普通に、おい、って言っただけですよ」

 ガイは貧乏ゆすりしながら憤慨ふんがいする。
 乱暴な言い方だったんだな。人によっては喧嘩腰に感じるかも。
 それに、気持ちは分かるけど貧乏ゆすりはダメだ。ダイ君たちがそれでイライラしちゃう。

「事情は分かったけど、どうして狩り勝負なの?」
「喧嘩する訳にはいかねえですから。狩りなら、どっちがつええか分かるってもんですよ」

 ガイはガハハと腹の底から笑った。
 なかなか難しい……。
 白黒つければ、とりあえず騒ぎは収まる。しかしそれだと、どっちが勝ってもしこりが残る。

「どうしようかな……」

 喧嘩両成敗とする訳にもいかない。ガイたちは普通に接しただけだから。
 悪いのはダイ君たちだ。たとえ口が悪くても、喧嘩を売って良い理由にはならない。
 しかしこの騒ぎの原因は、俺の不注意でもある。もうちょっとダイ君たちを気にすれば良かった。

「毎日勝負してみれば良いんじゃねえか」

 困っていると、相変わらずプカプカ浮かんでいた朱雀が、助け舟を出してくれた。

「毎日ってどういうこと?」
「今日勝ったら、その日はそいつがえらい。でも次の日負けたら、その日は相手が偉い」

 なるほど、それなら不満を引きずらなくて済みそうだ。
 お互い引くに引けない感じだから、喧嘩の一つも必要かもしれない。
 朱雀の提案は、適度にお互いの不満をぶつけ合える、ガス抜きに思えた。

「朱雀の言う通りにしてみたら?」

 文句のつけようのない案だったので、ガイとダイ君に聞いてみる。

「良いぜ。今日も明日も明後日も、永遠に俺たちが勝つんだからな。口だけが達者な騎士なんて目じゃあねえぜ」
「こっちの台詞せりふだ。毎日敬語の勉強をさせてやる」

 二人は魔軍幹部と騎士団を引き連れ、お互いに牽制けんせいしながら外へ向かった。

「まさか、こんなことになるなんて思わなかった」

 皆が居なくなると、俺はついつい愚痴を言ってしまう。

「皆、麗夜が大好きだからねぇ」

 そう言いながら、スリスリッとティアが頬ずりしてきた。

「ティアも麗夜が大好き」
「どういうことだよ」

 くしゃくしゃとティアの頭をでる俺。

「大好きだから良いの」

 ティアはへにょへにょっと、赤ちゃんみたいにあどけない顔になる。可愛い。

「俺も大好きだぜ」

 すると、どさくさにまぎれて朱雀もすり寄ってきた。

「気持ちだけ受け取っておくから離れろ」

 俺はこつんと、朱雀のひたいにデコピンする。
 そして、額を押さえる朱雀を無視して、ティアとギンちゃんを誘った。

「心配だし、皆で様子を見に行こう」
「私は皿洗いがあるから遠慮しておく。二人で行ってこい」

 ギンちゃんは手をヒラヒラさせて厨房へ戻っていった。

「ティアは一緒に行くよ」

 ティアがぎゅうぎゅう抱き付く。

「離れろ。歩きづらいぞ」
「いやぁ~ん。今日はこのままが良い」

 俺はティアに抱き付かれたまま、ガイたちのあとを追った。

「それにしても、外に出るのは久々だな」

 考えなければならないことが多く、部屋に引きこもっていた。
 いい機会だから散歩しよう。緑豊かになった魔界も見てみたいし。
 そうして魔界の森に入ったのは良いのだが、異常事態が発生していることに気づいた。

「なんか、木がデカくね?」

 木々の全長は五百メートル近い。高層ビルみたいだ。
 一月前に見た時は、普通の大きさだったはずなんだけど……。

「てかあれって、カブトムシとセミ?」

 木のみつを吸う虫の大きさが異常だ。人間よりも大きい。
 あれにみつかれたら、樹液みたいに体液を吸われて一瞬で干からびるぞ。
 やがてドッスンドッスンという地鳴りとともに、黒い影が近づいてきた。
 見上げてみると百メートルはある巨大な熊だった。ガリガリと木を引っ掻いて樹液をめている。

「なぜ……?」

 タンポポなどの雑草は、十メートルを超える大きさに成長している。
 まるで自分が小さくなったみたいだ。何が起きたの?


「人間に変身したままで良いな?」
「麗夜様は人間の姿で暮らせとおっしゃった。ならば異論などない」

 ガイとダイ君たちは、気にした様子も無く勝負を始めようとしていた。

「皆に聞きたいことがあるんだけどいい?」

 まるで動じない皆に、俺は声をかけた。

「麗夜様! どのようなご用件で!」

 ダイ君が背筋を伸ばして敬礼する。
 皆の前だからカッコつけてるな。それよりも、異様な光景に驚くのが先じゃないかな?

「なんかデカくなってない?」

 俺は木や熊を指さして尋ねた。

「食べごたえがあります!」

 うーん、それは答えになってない。

「麗夜様、どうしたんで?」

 ガイが気になったのか、こっちにやって来たので聞いてみる。

「なんか皆、デカくなってね?」
「そうですか? むしろ小さくなってますよ」

 ガイは魔王たちを見る。
 確かに君たちは人間に変身したから小さくなったけど……違う、そっちじゃない!

「森、デカくなってね? 虫とかも」
「そうですか?」

 ガイは森を見渡す。

「昨日と変わりませんよ」

 そしてガハハと笑った。
 なるほど、君たちは毎日見てるから、木が異常に成長していることに気づかないのか。
 でも、こんだけ大きくなってたら、おかしいって思わない?
 ドドドドドドドドド!
 俺が頭を抱えていると、不意に森の中から土埃つちぼこりがやって来た。
 ガリガリガリガリ!
 土埃が目の前で止まり、削岩さくがん機を作動させたような音が響く。

「いっちばーん!」

 中からハクちゃんが現れた。
 ハクちゃんが万歳すると、ワンテンポ遅れて再び土埃がやって来た。
 再びけたたましい音がして、鼓膜こまくが震える。

「負けた!」

 土埃がやむと、マリアちゃんがぷくっと頬っぺたをふくらませていた。

「えへへへへ! またマリアちゃんがケーキ作ってね!」
「ムー。今度はハクちゃんが作ってよー」
「マリアちゃんが勝ったらね」
「ムー! 私だってハクちゃんが作ったケーキ食べたい!」

 ハクちゃんは笑顔で、マリアちゃんは膨れっ面。
 そう言えば二人は、駆けっこすると言って外に出ていったっけ。

「二人とも服が汚れてるね」

 スカートのすそが泥だらけだ。靴はやすりでけずったみたいに傷だらけだ。
 ソックスも破けている。もちろんあちこち土埃がついている。
 ギンちゃんが見たら怒るな。

「ほんとだ……」

 ハクちゃんはスカートの裾をつかむと、泣きそうな顔になった。
 お気に入りの服が汚れて、悲しくなってるんだろう。

「皆、何してんの?」

 しかし、彼女はすぐに表情を変えて、ガイの足をつついた。
 切り替えが早い。好奇心旺盛おうせいだから、面白そうなことにはすぐに飛びつく。

「狩り勝負しようとしてんだ」
「狩り勝負!」

 ガイの答えを聞いて、パッと目の色を変えた。

「一緒にやってみるか」
「うん!」

 ハクちゃんが鼻息荒く頷くと、マリアも目を輝かせる。

「ハクちゃん! また勝負しよ!」
「良いよ! ところで狩りって何?」

 俺はズルッとこけてしまった。知らないから興味津々だったのか。
 狩りは生き物を殺すことだ。ハクちゃんは意味を知ったらどうするのだろう?
 マリアちゃんがクスクス笑うので、ハクちゃんが言う。

「マリアちゃん、私のことバカにしたでしょ」
「してないよ。でもハクちゃんに勝てた」

 マリアちゃんが小さい胸を張ると、ハクちゃんはムスッとした。

「負けてないもん! ただ知らなかっただけだもん!」
「怒らないでよ。後でケーキ作ってあげるから」
「アップルパイと桃パイも作って!」
「仕方ないなぁ」

 マリアちゃんとハクちゃんは実に楽しそうだ。

「ところで、狩りって何?」

 ハクちゃんはすっかり機嫌を直したようだ。無垢むくな顔で首をひねる。

「あそこに居るカブトムシとか熊とか、どれだけ殺せるかを競争するんだよ」

 マリアちゃんが教えると、ハクちゃんは難しい顔をした。

「殺すのは可哀そうだよ」
「そうなの?」

 マリアちゃんは不思議そうだ。
 魔界育ちのマリアちゃんと、亜人の国で育ったハクちゃんとでは、やはり価値観が違う。
 さてさて。どうなるかな。
 ハクちゃんが殺生せっしょうするのは嫌だから、俺はできればやめてもらいたいけど。

「ハクちゃんだって、熊とか豚とか生き物食べてるでしょ」
「うん」
「それって、豚とか熊とかを殺してくれた人が居るから、食べられるんだよ」

 マリアちゃん、直球!

「なら狩りは悪いことじゃないね!」

 ハクちゃん納得しちゃったよ。

「そうそう! むしろ良いことだよ。自分で食べ物を取るんだから!」
「そっか!」

 不思議な会話だ。阿吽あうんの呼吸で分かり合っている。
 ハクちゃんは元々が銀狼だから、自然界のおきても受け入れやすいのかもしれないな。

「なら、マリアは俺たちと組め。ハク様はあいつらだ」

 ガイが椅子のように大きな肩に、マリアちゃんを乗せた。さすがの巨体だ。

「分かった!」

 ハクちゃんは元気よく飛び跳ね、ダイ君のところに行く。

「私も連れてって!」
「ハク様がご一緒なら心強い」

 ダイ君はさわやかな笑顔で、ガイと張り合うように、ハクちゃんを肩に乗せる。

「おい」

 すると横から、エメ君がダイ君を小突いた。


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