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2巻

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 第三章 狂った勇者


 ダイ君たちが騎士になって三日が経った。今日も元気に朝から庭で特訓している。

「一! 二! 三!」

 まずは全員で素振りを千回行う。回数を数えるのは朱雀だ。

「もっと早くしろ。このままだと日が暮れちまうぞ」

 朱雀が数えるスピードを上げるとダイ君たちも素振りの速度を上げる。足がバタバタと乱れ始める。

「もっと丁寧にやれ」

 素振りが雑になると始めからやり直し。かなりのスパルタだ。

「剣を教えられるんだな」
「カッコいいだろ」

 意外だったので褒めると自慢げに笑う。

「素振りが終わったらどうするんだ」
「今日から俺と実戦形式。勝つまでやらせる」
「お前と? あいつらはとてつもなく強いぞ」
「俺も滅茶苦茶強い」

 凄い自信だ。

「ちょっと見物しようかな」

 口だけかどうか見てみたくなった。

「今日は朝から家族亭に行くんだろ。時間大丈夫なのか」
「朝飯食ったら行かなくちゃいけないけど、できればどんな風に戦うか見たい」
「じゃあ頑張らせるか」

 朱雀が手を叩く。

「お前ら麗夜の前でちんたらしてんじゃねえぞ。カッコいい所見せろ」

 ダイ君たちはそう言われて表情を硬くする。

「これくらい楽勝だ!」
「見ててください!」

 皆はやる気満々になる。素振りの速度は上がり、形も綺麗になる。

「朝飯持ってきた方が良いかな」

 全員、気持ちの良い汗をかいて頑張っている。ご褒美に美味しいごはんを食べてもらいたい。

「ご褒美を見せたら集中できねえ。俺が作るから気にするな」
「料理もできるのか」
「鍛えられたからな」

 誰にだろう? 朱雀の過去が気になってきた。

「麗夜、朝ごはんできたよ」

 ティアが窓から身を乗り出して言った。

「分かった」

 ティアに手を振るとダイ君たちにも手を振る。

「皆、頑張って」
「はい!」

 全員力強い瞳で笑った。頼もしいと思いつつ家に戻る。

「しかし、魔王なのに騎士とはこれいかに?」

 玄関に上がると現状の意味不明さにため息が出る。魔王って普通一人、多くて数人でしょ。
 なんで百四人も居るんだよ? 百一匹の犬よりも数が多い。しかも全員最強クラス。
 これがゲームだったらクソゲーって叩かれるぞ。

「ドラゴン魔王騎士とワイバーン魔王騎士」

 属性過多だ。頭が痛くなってくる。

「どうしたんじゃ。もうごはんはできてるぞ」

 ぼんやりしているとリビングからギンちゃんが顔を出した。

「何でもない何でもない」

 作り笑いしながら食卓に着く。今日のメニューはチーズハンバーグとごはんだ。付け合わせにニンジンとインゲンに玉ねぎの炒め物。汁物はポタージュスープだ。

「……玉ねぎ、ニンジン」

 ハクちゃんは大好物のハンバーグの前なのに、頬を硬くする。

「甘いソースがかかってるから美味しいよ」

 精いっぱいフォローするが、ハクちゃんはムムムッと唸っている。

「皆揃ったね」

 ティアが台所から戻ってくる。エプロン姿が可愛らしい。

「いただきます」

 ティアが手を合わせると朝ごはんが始まった。
 さっそくハンバーグを大きめに切って、大きく口を開けて食べる。肉汁が美味しい。

「今日はどうするの?」

 ティアもハンバーグを切りながら聞いてくる。彼女は小さめに割ってから食べる派だ。

「今日は皆で家族亭に行こうと思う」
「ティアたちも行くの?」
「今日は従業員の面接。仕事仲間としてやっていけるか、気になるでしょ」
「仕事仲間」

 ティアは複雑そうな顔になる。

「不安?」
「ティアは知らない人とお仕事するの初めて。不安」

 小さく切り分けたハンバーグを行儀よく食べ進める。テーブルマナーは誰にも負けない。

「だからこそ面接するんだ。気に入った人と仕事するために」
「ふむ! ならば頑張る」

 ティアはごはんを口にかき込む。緊張しているのか、テーブルマナーを忘れている。

「よそ者なんぞ……」

 一方ギンちゃんは仏頂面ぶっちょうづらだ。いらいらしているのか、ハンバーグは切り分けず、そのままガブリ。口にソースがつくのもお構いなしだ。

「口にソースついてるよ」
「そんなことより大丈夫なのか。信用できる奴らか。食われんか」

 お皿を持ってスプーンでガツガツと炒め物を口に入れて、ニンジンやインゲンを噛み砕く。

「そのために会って欲しいんだ」
「変な奴らだったら全員首元に噛みついてやる」

 縄張り意識が強いというか。でもギンちゃんのことだから文句言いつつ数日で慣れるんだろうな。

「ご馳走様!」

 よそ見している間にハクちゃんが椅子を下りて、食器を台所に運ぶ。

「待たんかこのバカ娘」

 もちろん、ギンちゃんはお皿の上に残っているニンジンやインゲンに玉ねぎを見逃さない。

「残さず食うんじゃ」

 ギンちゃんはフォークでニンジンを刺すと、ハクちゃんの口元に突きつける。

「お母さん」

 ハクちゃんは真剣な顔でギンちゃんを見つめる。

「食べるとニンジンさんが可哀そうだよ」
「どういう理屈じゃ!」

 ガシッとハクちゃんを捕まえて、隣に座らせる。

「オオカミはお野菜食べちゃいけないんだよ! 毒だって! 本で見たもん!」
「こういう時だけ都合よくオオカミになるな!」

 ギンちゃんはハクちゃんが食べきるまで逃がさないつもりだ。ハクちゃんは泣きそうな顔だけど逃げられない。

「ギンちゃん。嫌いな物は無理に食べさせちゃダメだよ」

 ティアはハクちゃんの可愛らしさに負けて、ハクちゃんのお皿からニンジンと玉ねぎを取る。

「そうやってお前が甘やかすから好き嫌いするんじゃ」

 ギンちゃんはギャアギャアとハクちゃんやティアを叱りつける。いつもの食卓風景だ。

「好き嫌いする子でも食べられるメニューを考えてみるか」

 一方俺はハクちゃんの姿を見て、野菜ハンバーグというレシピを思いついた。

「野菜ハンバーグなんて嫌だ!」

 ハクちゃんに心を読まれた。こういうところは鋭いんだから。


 食事が終わったので皆と一緒に朱雀たちのところへ行く。

「こっちも素振りが終わったところだ」

 朱雀は俺たちを見て肩をすくめる。朱雀の後ろではダイ君たちが倒れ込んでいた。

死屍累々ししるいるいだ」

 これで特訓なんてできるのかな?

「これくらいで倒れるようなら騎士なんてならない方が良い」

 朱雀は手厳しくももっともなことを言う。
 朱雀は昔、どんな生活をしていたんだろう? 凄く知的な雰囲気がする。
 ただのゲイだとたかくくっていたが、実際は底知れない奴だ。

「お前らの騎士道の本には主の前で寝っ転がって良いって書いてあるのか」

 朱雀はダイ君たちに目を移すと、厳しい言葉を投げつける。

「失礼しました」

 ダイ君たちはふら付きながらも立ち上がる。

「お前らの騎士道の本には主の前で背筋を曲げていいって書いてあるのか」

 朱雀は厳しい。倒れそうなダイ君たちにも容赦ようしゃなしだ。

「失礼しました!」

 ダイ君たちは歯を食いしばると、背筋をピンと伸ばしてお辞儀した。

「次の特訓を始める」

 朱雀は懐からキセルを取り出すと手元でクルクルさせる。

「俺と戦え。全員でな」
「全員!」

 耳を疑う。さすがに百対一は無謀だ。

「さすがにそれは僕たちを舐め過ぎではないでしょうか」

 ビキッとダイ君のこめかみに青筋が立つ。エメ君など射殺す様な目で睨んでいる。

「お前ら如きに負けるほど弱くねえよ」

 朱雀は馬鹿にするように笑う。これはヤバいんじゃないか?

自惚うぬぼれも大概にしろよ!」
「確かにあんたは強かった。だが俺たちも強くなった!」

 ぐるぐるとうなる皆の瞳が細くなる。獲物を狙う肉食獣の目だ。

「強くなった? 自惚れてるのはお前らのほうだろ」

 朱雀が失笑した瞬間、ダイ君たちは一斉に襲い掛かった。

「あぶな!」

 ティアたちと一緒に急いで朱雀から離れる。

「シャアァアアア!」

 ダイ君が朱雀の喉元目がけて鋭い爪を振る。

「ほっと」

 ところが! 朱雀はキセル一本で受け流した。

「およ」

 ティアが目をパチパチさせる。

「なんじゃ今のは」

 ギンちゃんは何が起こったのか分からないと目を疑う。

「おお! カッコいい!」

 ハクちゃんは見事な朱雀の技に見とれていた。

「柔術か」

 思わず俺は朱雀に感心した。
 朱雀の体捌たいさばきは、ダイ君やティアといった魔王のように力任せではない。武術の達人のように力を受け流す戦法だ。

「今のは……」

 ダイ君たちは何が起きたのか分からず、呆気に取られている。

「ぼうっとするな」

 コツンとキセルでダイ君の頭を叩く。

「昼飯までに俺に一発でも入れたら褒めてやるよ」

 朱雀が余裕の笑みを浮かべると、ダイ君たちは一斉に距離を取る。

「シャァアアア!」

 ダイ君たちは気を引き締めて、再度朱雀に襲い掛かった。
 しかし朱雀は流れるような動きで攻撃をかわしている。百人居るのに一発も当たらない。

「麗夜。そろそろ時間だよ」

 茫然としていると、ティアに脇腹を突かれた。

「そうだな」

 最後まで見たいが、仕事だと自分に言い聞かせて、家族亭に向かう。

「変なお兄ちゃん、凄く強いね!」

 ハクちゃんは道中も興奮しっぱなしだった。

「何者なんじゃ」
「ティアたちより強い?」

 ギンちゃんとティアも、朱雀が何者か気になるようだった。

「あいつ、手加減してたのか」

 初めて出会った時のことを思い出す。
 あの時朱雀はティアに完敗した。でもそれは、戦う気が無かったからじゃないか? 本気で戦っていたら、俺もティアも今頃死んでいたんじゃないか?

「油断ならないな」

 朱雀……何者なのか、機会があれば聞いてみよう。


 町に着くとさっそくギルド長に会う。

「これが志望者のリスト。皆信用できる人たちよ」

 名簿を受け取って内容をサラッと見る。とりあえず、犯罪者は居ない。

「冒険者が多いな」
「最近、冒険者稼業が下火なのよ」

 ギルド長はため息をく。

「なんで」
「モンスターが亜人の国から居なくなっちゃったの。だからお金になる討伐クエストが全然なくて。被害が出ないから嬉しいことなんだけど」

 複雑そうな顔だ。

「モンスターが居なくなった? ゴブリンも何もかも?」
「ゴブリンはもちろん毒トカゲに巨大蜘蛛も何もかも。何かから逃げたみたい」
「いつから居なくなったんだ」
「あなたたちが来てからすぐ。何か心当たりある?」

 あります。

「俺たちの強さにビビったのかな?」

 誤魔化すために作り笑い。

「それにしては異常なのよね。まるで格上のモンスターを恐れてるみたい」

 そうだね、怖いよね。

「とにかく! モンスターが居ないなら良いじゃない! 気にしないでいきましょう!」
「そうなんだけど、このままだと冒険者ギルドを廃業しないといけないかも」

 ギルド長は悩ましいと頭を抱えた。
 なんかごめんね。でもどうしようもないから諦めてね。

「志望者は百人か」

 名簿リストに目を移す。かなり絞りこまないと。

「何人くらい雇うの?」

 ティアが横から名簿を覗く。

「十人くらいかな」

 料理の作り方など教えないといけないから百人全員は雇えない。

「教育の分担も考えないと」

 今更になって色々考えないといけないことが出てくる。もっとしっかりした計画書を作っておくべきだった。

「ねえねえ。早くお店に行こう」

 ハクちゃんが退屈過ぎたようで俺の周りをウロウロし始める。

「そうだね。まずは面接だ」

 考えることは多いが、今はやるべきことを一つ一つやって行こう。


 面接場所は家族亭の二階だ。控え室は一階の食堂だ。一人一人、ギルド長に連れて来てもらう。

「次の人どうぞ」

 そう言うと階段から若いエルフの女性がやってくる。

「ダメじゃな」

 いきなりギンちゃんが不採用を言い渡した。

「ギンちゃん。せめて名前くらい聞こう」

 またかとため息が出る。ティアやハクちゃんよりも人見知りだ。

「ふん」

 ギンちゃんはそっぽを向いた。

「あの……」

 エルフの女性はどうすればいいか、椅子の横で狼狽えている。

「座って良いよ」

 ティアは俺と同じく、ハハッと苦笑しながら、女性を座らせた。

「名前は何?」
「エミリアです」

 面接が始まる。基本はティアが質問する。俺とギンちゃんとハクちゃんはその様子を見る。

「エミリアさんは料理ができるんだね」

 ティアはエミリアさんの特技の欄を見て目を輝かせる。

「私は冒険者ギルドの食堂で働いていました」

 俺も経歴を聞いて興味を持った。

「どんな料理が作れるの」
「スープなど基本的なものは大体。パンも作れます」

 そこからエミリアさんに色々な質問をした。どの答えも満足いく答えだった。

「嘘は吐いておらんな」

 質問が終わるとギンちゃんが鼻を鳴らす。

「嘘なんて」
「人間は嘘を吐く生き物じゃ」

 ギンちゃんが品定めするようにエミリアさんの体を眺める。

「だが、お主は違うの」

 ギンちゃんはエミリアさんの誠実な態度を気に入ったようだ。

「お姉さんは玉ねぎ嫌い?」

 ハクちゃんが真剣な目で死ぬほどどうでも良い質問をした。

「玉ねぎは苦手ですね」

 エミリアさんが気まずそうに頬を掻く。

「お姉さんもそうなの!」

 ハクちゃんは友達ができたというように目をパッチリさせる。

「玉ねぎって目が痛くなるから。からい味も苦手で」
「うんうん!」

 ハクちゃんはその通りだと大きく頭を振る。

「麗夜! この人良い人!」
「採用しても玉ねぎはレシピから外さないからね」

 こんな感じで採用面接は進んだ。
 面接に来た人たちは全員良い人だった。得意不得意はあるけど、それは俺や他の人でカバーできる。
 計算ができなくてもウェイトレスはできる。料理ができなくても計算ができれば会計ができる。掃除ができれば皿洗いだってできる。

「悩ましいな」

 面接が終わると皆と一緒に、誰を雇うか悩む。百人から十人に絞り込むのは思った以上に大変だ。

「お仕事お仕事! 皆でお仕事!」

 ハクちゃんはリンゴを食べながら足をパタパタさせる。全員合格のようだ。

「私は何も言わん。麗夜の好きにすると良い」

 ギンちゃんは名簿を見ないでお腹をさする。そろそろお昼の時間だ。

「お昼にしよ。何か食べたいものある?」

 ティアは名簿を整理すると席を立つ。

「お肉ゴロゴロカレーライス!」

 ハクちゃんは元気ハツラツに声を上げる。

「しっかり玉ねぎも入れるんじゃぞ」

 ギンちゃんはティアが甘やかさないように鋭い目をする。とたんにハクちゃんの耳がしおしおになる。

「俺も手伝うよ」
「うん」

 俺とティアは一緒に厨房へ向かった。


         ■


 俺――新庄麗夜が亜人の国で楽しく過ごしている頃、人間領では大事件が起きていた。

「あの馬鹿ども! ついにメイドを殺したわ!」

 いじめっ子の霧岡鈴子きりおかすずこは、マルス32世の城で歯ぎしりする。
 原因は同じく虐めっ子の中村健太なかむらけんた宮崎武みやざきたけしである。

「このままじゃマルス32世も殺してしまうわ!」

 ギリギリと歯ぎしりする。
 麗夜を虐めた主要人物は田中哲也たなかてつや鈴木智久すずきともひさ、中村健太、宮崎武、霧岡鈴子の合計五人である。そのうちの二人、田中、鈴木はティアによって倒された。残ったのは中村と宮崎と霧岡の三人となる。
 霧岡と中村、宮崎は田中や鈴木と違い、召喚者のマルス32世の城に寄生する道を選んだ。
 そちらの方が贅沢ぜいたくできるし、楽な暮らしができると考えたのだ。
 考えは確かに当たった。三人は前線に向かった大山や、冒険者となって世に出た他のクラスメイトよりも良い生活を送っている。
 しかし、霧岡は予測しなかった事態に戸惑っていた。仲間である中村と宮崎の暴走だ。

「このままじゃ私も殺されるかも」

 霧岡は自室の鏡の前で冷や汗を流す。化粧が落ちて、みにくく荒れた肌が見えた。

「護衛になると思ってたのに、とんだ役立たず!」

 霧岡は狂ったように独り言を呟く。
 霧岡は虐めっ子の中でリーダー的な立ち位置だった。粗暴な田中や弱い者虐めしかできない鈴木より頭は良い。だから中村や宮崎も霧岡に従った。
 霧岡自身、二人に利用価値があると思ってそばに置いた。
 それが今、言うことを聞かない化け物となっている。


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