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第2章
第55話
しおりを挟む前の人生の私が何度もしたような表情を浮かべた私を見て、カイロスが少し冷や汗をかいている。ただまあ、聖女やコーディリア家の真実と、原作小説通りの世界の末路を知れたことは良かったと思う。
お姉様は思い違いをしている。確かに私は変わった、頑張ることが嫌いだし妹や使用人に愛着が湧いているのも事実だ。だが改心しようと思ってこうなった訳では無い。
きっとカイロスは、今私が話したことをお姉様に伝えるだろう。問題はそれを聞いたお姉様が「私が貴方に敵意も好意も関心もない」ということに気付けるかどうか。面倒なことを避けるためにもそれは伝わってほしい。
……さっき直接言ってもよかったんだけど、あの様子じゃ私が協力するって言うまで帰らなさそうだったし……。
そんな本音を隠すように私はカイロスに笑いかけた。
「お姉様に情報提供ありがとうとそう伝えて頂戴ね、カイロス。……さあ、ディランも早く休みなさい。出発は明日なのよ」
カイロスは、何も言わない。彼はお姉様最優先で生きている。私を敵と見なすかどうか決めあぐねているのだろう。カイロスかお姉様のどちらかが、私が敵でも味方でもないことに気付いてくれればいい。
「お嬢様……」
「……ディラン。私はね~、専属従者とか血の繋がりとかそういう運命共同体みたいなものって、目的を達成するただ邪魔なだけだと思ってるの。共倒れなんて馬鹿みたいでしょう?」
そんな中、未だに不安そうにしている彼に少し笑みが零れた。離された手を再び少しだけ握って、私は彼に話しかける。
「私は努力が嫌いなの。ハードルは低くいきましょう、貴方か私か妹のうち誰かが逃げ切れたらラッキーということで」
腑に落ちない顔のディランに、私はそう冗談めいて笑った。突き詰めればそういう話だ。聖女にならないと殺されるなら、逃げればいい。他人の命なんて背負わずに、自分の命だけに責任をもてばいい。
何も無理に戦う必要は無い、事実私は二度の死の前に無力だったんだから。一度成功を収めたお姉様とは違って、私は失敗を知っている。
「……わかりました」
私の言葉をどう解釈したのか知らないが、少し考えた素振りをしたあとディランが先程よりかは明るい面持ちで顔を上げて立ち上がった。そして急に頷きながら持論を展開していく。
「確かに、そうですね。専属ではなくただの使用人が1番の協力者とは誰も思わないでしょうし。敵が王家とコーディリア家なら、専属従者制度の裏をかくのは良い手かもしれません。俺はちょっと、形だけに囚われすぎていたみたいです」
「ん?そうね……?」
「改めて俺は普通の使用人として、貴方が生き延びるためだけに命をかけると誓います。今度こそ貴方を死なせません」
普段よりも随分真剣な顔で、ディランは跪き私の手の甲にまるで騎士のように口付けをした。
それから少し照れたように笑ったディランに呆気にとられていると、彼は照れ隠しをするように足早にカイロスと一緒に退出していく。先程とは打って変わって、どこか上機嫌だ。
従者らしく、礼儀正しい礼をしながら扉を閉める彼を見ながら、私は弁解するのも面倒でただ黙っていた。
……確かに私は、妹か私かディランの誰かが逃げ切れればOK!とは言った。言ったけど。
「……それぞれ自分優先で生きて、なるべく共倒れはしないようにしましょうねって意味だったんだけど~……」
ディランは頑として私に命をかけるつもりらしい。ディランが自分の身を守ることを優先してくれたら、私だって少しは自分のことだけを考えて行動できるのに。これじゃ、ディランが必要以上に自己犠牲に走らないか目をかけなくてはいけないじゃない。
ため息をつきながらも、私は少し自分が嬉しいと感じてしまっていることを自覚していた。
私の目標は昔から一貫している。未来や国や聖女なんて重いものは何にも背負わず、ただ自分の大切な人たちとのんびり暮らしたい。それだけだ。
自分の中でさっきディランに言ったハードルを少しだけ上げて、私はようやく眠りについた。
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