転生聖女のなりそこないは、全てを諦めのんびり生きていくことにした。

迎木尚

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第2章

第53話

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聖女制度の廃止。お姉様が前の人生で成し遂げたことをもう一度この世界でやるというのが、お姉様の目標らしい。

それは前の世界を見せられたときから、薄々気付いていた。
……なら自ら話を聞きに行かなかった私にこのタイミングで、お姉様が多少強引にでも私に事情を話した理由は?

私が視線で話すよう促すとお姉様は話を続けた。


「学園に入学すれば……お父様からの監視が緩くなると同時に、王族と接触できる機会ができます。何かするならそこにしかないです」


なるほど、と私は納得を示すように頷いた。
私たちが入学する予定の学園は大商人から貴族から王族まで、建前上は身分関係なく交流することができる。

まだ本格的に社交界デビューしている者が少ない青少年にとって、そこは社交界の練習の場でもあり社交界以上に大きなチャンスを掴める場でもあった。

大きなチャンスを掴めるのは私達も例外なくそうらしい。


「そうね……私の手の届く範囲でなら、協力してあげてもいいわ~。私だって死ぬのは嫌だもの」


無駄な努力をするのもそうだが、死ぬのも嫌に決まっている。妹を死なせたくもないし、ディランだって守りたい。私がため息混じりにそう言うと姉は顔を綻ばせた。

……私がどうにかできるとすれば、元第一王子であるノアだ。彼は中身は成人男性だが確か原作小説通りならば年齢を偽り学園に通っているはず。彼も形は違えど、私達と同じく人生をやり直しているのだ。


「お姉様、一つだけ聞いていいかしら」

「はい」

「……本当に、聖女制度の廃止だけが目的なの?」


そう言うと、お姉様は目を見開いた。そしてすぐに笑った。呆れてるような、感心しているようなその表情は初めて見た気がする。


「やはり貴方は私より鋭く聡明で、少し意地が悪いですね。……前の人生も貴方の協力があればもう少し上手くいっていたかもしれません」

「……お姉様は愚かさだけが取り柄の人ですものね~」


なにやら悪口を言われた気がしたので私も言い返したが、お姉様がそれに気を悪くした様子はなかった。


もう少し上手く、というのは聖女制度の廃止のやり方とその後始末のことだろう。

大好きだった小説の「サファイアの朝焼け」は、随分ご都合主義なストーリーであったことはさすがの私ももう理解している。ご都合主義でお花畑で大団円のハッピーエンド、そんな小説の内容を現実で同じようにすれば、どこからか綻びが出てくるというもの。

夢で見た前の世界で、聖女だったお姉様だけでなく私も銀髪を理由に殺されている。ならばおそらくお父様や弟も「信者を裏切った」という理由で殺されたんだろう。


小説の展開のような方法で悪を倒した、その結果がきっとお姉様の暗殺とコーディリア家の壊滅なんだろう。


「……。……私は、レオの未来を守りたいだけなんです」


諦めたように、お姉様はそう弟の名を口にした。お姉様はレオナルドのことを本当に心の底から可愛がっているらしい。


「レオまでお父様のようになってほしくない」


そうお姉様が言うと、部屋のノックと共にカイロスが部屋に入ってきた。お姉様は俯いていた顔を上げて、差し出されたカイロスの手を取り立ち上がる。


「三番目のベルタ様と専属侍女のマリアンヌを部屋までお送りしてきました」

「そう、ありがとう。私は大丈夫ですから、貴方もディランと一緒に部屋へ戻りなさい」

「ありがとうございます。……ゆっくりお休みくださいね、一番目様」


カイロスが柔らかい表情で、部屋を退出していくお姉様にそう告げた。その顔をこちらに向けて……正確にはディランに向けて、少しため息をついた。


「……で、お前はいつまでそうしてるんだディラン」

「…………」

「一応久しぶりの再会だろ俺たち……。ほら、部屋に戻ろう」


呆れたようなカイロスの呼び掛けに彼は答えない。ディランはまるで拗ねたこどものように、俯き布団に顔を埋めて私の手を離さなかった。

私は彼の髪をそっと撫でる。夢で見た前の人生のディランの髪はきっと、こんなに指通りがよくないんだろうなとぼんやり考えた。


「明日の出発の前に……先に言っておくわね、ディラン。私がこの先、貴方を専属従者にすることはないわ」


その私の言葉に、ディランは勢いよく顔を上げた。何も言えないまま私の顔を見つめているディランは驚愕の表情のまま、傷付いたように瞳が揺れている。


「ずっと私の専属従者になろうと努力していたのに、ごめんなさいね」


努力は大抵報われないものだって、そう教えたでしょうと私はディランに笑いかけた。私の手を握りしめていた彼の手が、ようやく力なく離れていった。
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