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第2章

第50話

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窓の外は真っ暗で、雨音がしきりに鳴っている。降りしきる雨の中、私の銀髪1本を使って部屋が十分に満たされる明かりを付けた。ディランに感心するように「便利だな」と言われて少し嬉しくなる。

魔法を使わずとも雨漏りはない、この家がボロ小屋ではあるが案外しっかりした作りだということを知った。


「で、仕事の目処はついたのかよ。いつまでここにいる気だ?」


呆れたようにディランがそう言った。今日はお金が入ったらしく、食卓に肉が並んでいる。それでも豪勢とは言えないが、彼はどことなく上機嫌だ。元の世界のディランも肉が好きだったし彼も好きなのだろう。


「私の分のお肉もあげるから許して頂戴……」

「仕方ねえな」


お皿を差し出すと、遠慮なく彼は私の分の肉を頬張った。

……あれから、数日が経った。そのうち元の世界に戻れるだろうと思っていたがそんなことはなく、未だに私はヒモ生活を続けている。
いくら宿代は払ったとはいえ、ちょっとの掃除と洗濯でここに置いてもらっているのだ。肉くらい全部あげてもどうってことない。


「あまり、目立つ訳にはいかないのよ」


この世界の私は既に生贄として死んでいる。それが王族しか知らないことだったとしても、この銀髪ではすぐに噂が広がってしまうだろう。王族の耳に入って私の存在がバレてしまえば、きっとまた殺される。この世界で死んで元の世界で無事な確証はないため迂闊なことはできない。


「……あんたにどんな事情があるのか知らないけど、教会で修道女になる道は途絶えそうだぜ」

「どうして?」


肉を咀嚼し終えたディランが水を飲んだ。木で出来た安価なコップが軽い音を出す。彼は神妙な顔で私の目を見た。少しの沈黙の中、部屋の中には外の雨音だけが響いている。


「今日街では女神を崇拝していた連中に聖女……いや、王妃ベルタが暗殺されたって噂でもちきりだった」

「暗殺……?」

「勿論まだ何も公式の発表はされていないが、十中八九事実だろうな」


お姉様が、暗殺?そりゃあお姉様も巻き戻っている時点でどこかで命を落としたんだとは察していた。でもまさかそれが暗殺なんて。

信者たちからの暗殺。それが本当に事実ならば、おそらく原因は突然の聖女制度の廃止だろう。

流石に生贄云々は言う訳にはいかないため、世間的には「聖女を悪用する権力者が現れたので、聖女が産まれないように血を途絶えさせる」といった形の公表を行っている。

その決定には現聖女のお姉様が関わっているためそれで納得した人もいれば、それに対して「裏切りだ」と怒る人だっていたんだろう。

……なんというか、詰めが甘いなあ。廃止だけして後処理もせずに死んでしまっては元も子もない。聖女制度の廃止を知って、お姉様より自分の方が愚かだと一瞬でも考えていた自分を少し殴りたくなった。


「暴動も小さなものしか起きなかったから、油断してたんだろ。……ただの噂話だったらいいが、お前も一応コーディリア家の生まれなんだろ。巻き込まれて殺される可能性だってある」


彼はじっと私の目を見る。元の世界と随分違う表情だが、それが心配してくれているというのはすぐにわかった。


「夜分遅くにすみません」


私がお礼を言おうと口を開くと、ドアの向こうのその声に遮られてしまった。雨が降りしきる夜に、こんな山奥に?今しがたのディランの話を聞いて少しだけ身が強ばる。


「雨のなか山道で迷ってしまったのです、どうか入れて頂けませんか」


それは刺客というにはあまりにも弱々しい、憔悴しきった男の声だった。ディランと顔を見合わせる。こんなに明るい部屋の中で居留守は使えない、何気なく魔法を使ってしまったせいで面倒なことになってしまった。

ディランは、壁にかけていたまだ湿っているローブを被ろうとしている。髪を隠すためだろう。


「そんなローブ被ったら風邪をひいてしまうわ~、私が出るから貴方は家主らしく堂々としていなさい」

「いや、あんたが出るのはダメだ、危なすぎる」

「大丈夫、この家には入れないわ。私の髪って価値が高いから、移動魔法も使えるのよ」


私はそう笑って、机の上においてある肉を切ったハサミで髪を切る。彼は少しぎょっとしたようだったが元の世界のディランほど動揺はしていなかった。
移動魔法を使って、訪問者を街まで移動させれば家に上げなくとも文句は言わないだろう。

私はディランの制止を聞かずに、ドアノブに手をかける。


「え」


ドアを開けた瞬間、私を襲ったのは感じたことの無いほどの熱だった。肌寒い中で腹だけが焼けるように熱い。

それが痛みだと自覚する頃には私の体はその場に崩れ落ちていた。
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