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第2章
第42話
しおりを挟む「一度、人生が巻き戻っている……。それは、本当のことなんですね?お嬢様」
「……全部本当のことよ~。私は一度聖女争いに負けて、殺されているわ」
ディランはお姉さまから説明を受けたあと、私に向かって問いかけた。殺された、という言葉に少しディランの顔が険しくなる。
できれば私から話したかったという気持ちは少しあるが、こうして代わりに説明してくれるのは楽だしありがたい。
三番目のベルタも、珍しく黙り込んで何かを考えている。三番目の専属侍女であるマリアンヌだけが視線をうろつかせていた。しかしこの空気の中では何も言えないようだ。
「信じてくれるのですね」
「ええ、まあ。お嬢様が本当だと言うなら俺が疑う理由はありませんし……、それになんだか腑に落ちました」
「……ごめんなさいね、私から話すべきことだったわ」
彼は今まで、私が聖女にならないと断言する理由や努力せずに優秀でいられた理由を深く追求してきたりはしなかった。多分私から話してくれるのを待っていたんだと思う。
その証拠に、私がそう謝ってもディランはつんとした表情のまま何も言わない。おそらくこれは本当に、私が今まで話さなかったことを怒っている。怒っている、というか拗ねているような。
その様子を気にせずお姉様は話を続けた。
「この巻き戻りはおそらく、二番目のベルタ……貴方が主軸となって起っていることです。私も一緒に巻き戻ってしまったのは、聖女になった私に貴方の魂が染み付いていたせいだと考えています」
「……私の魂が、貴方に?」
言葉の意味をそのまま理解するなら、お姉様は私の魂に引っ張られる形で巻き戻ってしまったということだろうか。それは一体何を意味するのか。
お姉様は、私から目を逸らさなかった。
「結論から言えば、この世界には女神も聖女ベルタも存在しません。全て作り物です」
ーーお姉様が四年前に言っていた、国家反逆罪となるほどの聖女の秘密というのが脳裏に浮かんだ。コーディリア家として生きたてきた者たちの全てを覆すようなその発言。姉の話に口を挟むものは誰もいなかった。
「魔法を使うには、必ず代償を差し出す必要があるのはご存知ですね?宝石や思い出の品……、差し出す物の価値が高ければ高いほど高度な魔法が自由に使える。
……未来を担う優秀で美しい若者の魂の価値がどれだけ高いか、想像つきますか?二番目のベルタ」
「まさか……」
「コーディリア家の娘たちは優秀でいて美しいですから。魂ひとつで大体向こう10年ほど、自由に魔法が使えるようになるんですよ。人身売買のときに馬車に使った魔法も、今この部屋を覆う蔦も、すべて前の人生の貴方に貰った力ですよ」
血の気が引いていく私の顔を見てお姉様はただ微笑む。聖女の膨大な力が、神聖力でもなんでもなくて、ただ生贄を捧げて得たものだと言うのか。それが本当なら、コーディリア家は聖女を育てる家系どころかまるで。
四年前の、お父様の違和感を感じた発言を思い出す。現在聖女として王室にいるのはお父様の妹だ。私が今まで、ただ名前を奪われて追い出されていただけだと思っていたお父様の姉は。
吐き気すら感じる。確かに父親はあの時、お父様の妹の力のことを『姉の加護』だと言っていた。
「……聖女に選ばれるのはおそらく犯罪歴が無いような、王が信頼できる人であれば誰でもいいんでしょう。ただ、生贄は優れた容姿や脳の発達具合などで選ばれる可能性が高いです。聖女に作るのに必要なのは、優秀な生贄ですから」
それがこの国の聖女の秘密であり仕組みです、と言って彼女は紅茶をまたひと口飲んだ。確かに喉が乾く話だ。
お姉様が聖女になりたかった理由。それは物凄く単純で、ただ死にたくなかったからだった。
「そんな……私たちが、どうして……!」
今まで黙っていた三番目のベルタが、暗い瞳でそう呟いた。この子は賢くて優秀で、それでいて素直だ。コーディリア家の、聖女の仕組みについてすんなり理解できたんだろう。……優秀な人材を生贄をするのは国にとって損害だ、ならば最初から生贄用の優秀な人材を作ればいい、だなんて。そんな王族の考えすらも。
一番目、二番目、三番目。あまりにも無機質な呼び方は、宗教的なものなんかじゃなかった。聖女の子供は聖女の力を全く引き継がなかったり色々と疑問に思う点は今までもあった。でもまさかこんな……。
冷や汗が伝うのがわかる。コーディリア家に産まれた以上私がのんびり暮らせる未来なんて、最初からなかったのだ。
「私は……!聖女になれなくても、素敵な方と結婚して、お姉様たちとマリアンヌとずっと……!」
妹の悲痛な声が部屋に響く。専属侍女のマリアンヌが震える手で、妹に寄り添う。聖女になれなかった者が生贄になるならその専属はどうなるんだろう。
「……巻き戻る前の人生でお嬢様と三番目様は、一度生贄にされたってことですか」
こちらからディランの表情は見えない。でも、とても不安定な声だった。
「前の俺は、何をしてたんですか」
震えていて、それはまるで縋るような声色だった。知りませんと答えるだけの姉に、彼は振り返って私を見た。前の私はディランを雇ってすらいない。
黒髪は私にとって前世で馴染み深いものだったし差別こそしていなかったが、聖女になるには不利だと考えてはいた。それを言えば彼を傷付けてしまう気がして思わず黙ってしまう。
「……っ、信じられません!一番目様の言うことなんて!また何か企んでいるんでしょう、お嬢様と三番目様を陥れようと、カイロスまで騙して!」
お姉様に掴みかかろうとしたディランをカイロスが制した。彼は私の沈黙をどう受けとってしまったのか。私は弁解するために口を開こうとした。
「ーーっ!?」
しかしそれは、まるで脳を直接刺したような激しい頭痛に邪魔されてしまう。ディランや妹の私を呼ぶ声が聞こえた。ふらつく視界で精一杯お姉様の方を見る。意識が遠のく中、私と同じく頭を抱えその場に蹲るディランの姿を見た気がした。
「なら、直接見てきなさい。巻き戻る前の世界を」
その言葉が言い終わると、二番目のベルタとディランはその場に倒れ込んだ。顔面蒼白でかけよる三番目のベルタとマリアンヌ。話が終わって、部屋を覆う蔦はなくなっている。
「……二番目のベルタ、正直言うと私は貴方が嫌いでした。けれど自分の愚かだと気付けたのは今の貴方のおかげですから……それは感謝していますよ」
「一番目様、2人は……」
「ああ、大丈夫ですよカイロス。……三番目の妹もそんな顔をしないで、2人ともただ夢を見ているだけですから」
カイロスとマリアンヌの手によって、ディランと二番目のベルタはベッドへと運ばれた。
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