転生聖女のなりそこないは、全てを諦めのんびり生きていくことにした。

迎木尚

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第39話

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慣れない夜更かしをして、まだ妹もノアも眠っている。今更だが、ノアは貴族令嬢の家に泊まりなんかして大丈夫なんだろうか。この性格なので上手くやりそうだけど。

寝ぼけ眼で部屋に射し込む光を辿ると、空いた窓とその前でぼんやり佇むディランがいた。彼は、ただ空をじっと眺めている。


「……」


ハルとルカは、いなかった。2人はきっともう朝早く兄弟水入らずの時間を過ごしたあと行ってしまったのだ。辺りに散らばる羽根が、なんだか別れの挨拶代わりに思えた。

出来れば私もきちんとお別れを言いたかったけど、てっきり出発は昼だと思っていたから。こんな朝早くに出てあの二人は睡眠は足りたんだろうか、でも鳥はあまり深く眠らないらしいし大丈夫なのかもしれない。


寝ぼけた頭でぼうっと考える。布の擦れた音で私が起きていることに気付いたディランが、こちらに振り返った。


「……おはようございます、お嬢様。……ふたりは、お嬢様にお礼をたくさん言っていましたよ。とても楽しかったと……」

「そう、よかったわ……。……おいで、ディラン」


寂しそうに笑う彼は、少し心ここに在らずな様子だった。私の言葉に素直に、覚束無い足取りで私の方へと向かってくる。ベッドに乗り上げた彼を、優しく抱きしめ布団をかけた。希望に満ちた別れだって、きっと辛くてしょうがないはず。


「もう少し、眠りましょうね」

「……はい」


彼は遠慮がちに、私の服へと縋った。贅沢を言えば、2人が翔ぶところを見てみたかったと思う。

ディランにとっては10年連れ添った家族の旅立ちだけど、私にとってはなんだかあっさりとした夢のような別れだ。昨日一日、なんだか夢を見ていたようだった。

座って枕に凭れたまま眠るこの体勢では少し腰が痛い。かといって私の膝の上で眠る妹や私に縋るように眠るディランを振り払う気にはなれなかった。

私もこのままもう一度眠ろう。


二番目のベルタが眠りについたあとに起きたのは、三番目のベルタの専属侍女だった。三番目が王国騎士団の対応をしていた際、二番目を呼びに行ったメイド。今年で19歳になるそのメイドは名をマリアンヌと言った。

辺りを見渡しても、誰も起きた様子はない。自分の主人は、二番目の膝の上に頬を擦り付けながら健やかに眠っている。

……仮にも未婚の女性が、このように男女で雑魚寝などしていいものなんだろうか。そう少しだけ考えて、首を振った。
そんなの今更だ、奥方様も旦那様もきっと何も言わない。例え本当に間違いが起こってしまったとしても。


「ふわぁ……」


マリアンヌはソファから起き上がり欠伸をする。部屋の外からは微かに使用人仲間たちが働き始める音が忙しない聞こえた。
少し前まで私もその音のひとつだった。専属侍女になってからはどんなときでも三番目様が優先になるため、朝から慌ただしく走り回る必要は無い。

気楽でいて、主人と運命共同体という重い責務を持った専属という役職。


いつの間にかソファから主人の側へ移動していたディランに目をやった。いずれそうなることは誰の目にも明白だが、彼は実はまだ正式には専属従者ではない。優秀で覚えもいいがまだ経験は浅いから、従者として1人前になってから専属にした方がいいという二番目様のご判断なんだろうか。

一番目様の専属のカイロスも、ディランも。私よりも年下だ。カイロスの前に1番目様に専属として仕えていた執事は私よりも年上だったが、解雇されて久しい。専属に人数制限はないが、今のところ3人とも複数専属を持つ方はいない。


専属として最年長の私がしっかりしなければと思うのに、あの二人を見ていると私が1番未熟に思えた。私だって主人である三番目様は大好きだし使用人としての実力は負けないが、あの二人ほどの忠誠心があるかどうか聞かれると自信はない。

好きだけでは、自分の命すら捨てる覚悟を持つのは、難しい。


「……朝食の用意でもしましょ」


私は音を立てないように、そうっと部屋から出ていく。今から準備すれば皆起きるだろう、せめて朝の安らかな時間は年上として守ってあげたかった。
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