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第35話
しおりを挟む私達の話についていけていない様子のカイロスは戸惑った顔をしながらも、姉の顔を見つめている。
「10年ほど前、迂闊な行動をしてしまって。聖女の秘密を知っていることがバレたんです。知っていることが、国家反逆罪になるような秘密ですよ。
……その際に私は、コーディリア家の人間が何をしても無罪になってしまうことも知りました」
知っていることが罪とされるほどの「聖女の秘密」とは一体なんなんだろうか。夕日が射し込み、人も本格的に少なくなってきた。姉の髪が、メガネの縁の銀色が、夕日に照らされている。
「私はどうしても聖女にならなくちゃいけない。だから私だけじゃなく妹達2人にも重い犯罪歴があれば、私達はまた平行線になると思ったんです。……でも無駄みたいですね、私は完全にお父様に見放されているようですから」
「……!妹にも何かしたの……!?」
「していないですよ、する予定でしたけど」
怖いことをサラッと言われて少し頭にきそうになる。あの無垢な妹に何も無くて本当に良かった。
私が無事に無罪になったのは、王国騎士団のおかげではなくお父様のおかげだという確信はあるのだろう。実際ノアは写真が偽造されてる可能性を指摘しつつ、騎士団の方でそれをわざわざ解き明かそうとはしていなかった。
お父様が偽造写真を解き明かしてくれたのも、一番目のベルタの思惑の心当たりがあったからだったりするんだろうか。
今まで黙っていたカイロスが、口を開く。
「一番目のベルタ様、どうして俺や使用人を買ったんですか?その、二番目様を陥れたいだけならわざわざ一番目のベルタ様が直接罪を犯す理由はないでしょう」
「……あなたの言うとおり、信頼出来る使用人がほしかったからですよ。行き場を失って人としての尊厳すら失って…年不相応な絶望を知った子供以上に、素直に救いを受けてくれる人はいませんでしたから」
……それは、前の人生で聖女ベルタとして生きた姉の記憶であり教訓なんだろうか。私はやはりこの世界や聖女について、知らないことが多すぎるようだ。
この世界の良いところだけしか見せてくれなかったサファイアの朝焼けを少し恨む。
一番目のベルタの言葉を受けたカイロスは「そうですか」としか返さなかった。水に濡れているはずのカイロスの手は、未だ振り払われることはない。
「もうきっと私は何をしてもだめなんですね。……二番目のベルタ、ごめんなさい。私は自分のやったことに後悔はしていないけど、謝っても許されないことをしたという自覚はあります」
「……謝る相手が違うと思うわ~……」
私に悪意を向けているときの幼稚な様子とは違って、前の人生のお姉様を思わせる瞳をしていた。……正直、私が姉の立場ならもっとうまくやっていたと思う。姉は悪意の扱い方が子供並みだ。
一度、互いに何も知らなかった人生で姉が聖女に選ばれたのはこういうところの違いなんだろうか。
私たちが話している間一言も話さなかった腕の中のディランに視線を寄越す。私の言葉を受けて、姉もディランたちに歩み寄った。
「ごめんなさい。貴方たちの何もかもを奪おうとしてしまって。もうこんなことしないって、約束しましょう」
「……。……カイロスは貴方が好きなようですが、俺は貴方が嫌いです」
素直すぎるディランの言葉に、姉は少しだけ笑った。まるで威嚇するように睨み付けながら、弟たちを抱きよせ私の腕もしがみつくように掴んでいる。
まるでひとつも取りこぼしがないように、必死になっているようだった。
ディランたちを売るのも私に罪を擦り付けるのも、結局は未遂に終わった。姉は人身売買に関わったとはいえ、やったことは買った奴隷にもう一度戸籍を与え使用人として雇っただけだ。
ちゃんと謝罪をして、これからこういうことをしないと約束してくれるなら、私としては特にこれ以上責めるつもりはない。
でもきっとお姉様がすんなり謝ったのも、私がそれをあっさり許してしまうのも、本質的には謝罪でも許しでもないんだろう。お互いに全ては諦めに近い感情だった。
私がいくら怒ろうが姉は裁きは受けられない。姉がいくらムキになろうとももう聖女になれることはない。ならばこうして、形だけでも謝り許す方がいい。
そんな私たちの気持ちを知ってか知らずか、ディランは睨むのをやめなかったしカイロスもお姉様の傍から離れることはなかった。
「お嬢様が許そうと、カイロスが許そうと、俺だけは貴方を一生許しません」
諦めを知らない、まっすぐで強い言葉だ。その言葉を受けた姉は少し驚いた顔をしたあと「カイロスと貴方が良い関係を築けている理由がわかったような気がします」とだけ言って、立ち去ろうとした。最後に少しだけ振り返って、私の方を見る。
「……二番目のベルタ、聖女の秘密について知りたくなったらいつでも部屋に来てくださいね。……帰りましょう、カイロス」
「え、あ、はい……」
心配そうにこちらを見ながらも、カイロスはお姉様についていきそのまま去っていった。どちみち帰る場所は同じだ、あとで話す機会はいくらでもあるだろう。
「……、もうパーティーできない?」
「そうねえ……夜になってしまったものね~……」
少しの沈黙の後。目を赤くしたハルが、様子を伺うように顔を出して私に問いかける。もうすっかり夕日も沈んで、パーティーはできそうにない。私は月を見上げながら、ため息をついた。
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