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第31話

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元第一王子を殴った手のひらが痛い。冷静にならなければいけないとわかっているのに、ノアの酷い物言いに私は思わず手が出てしまった。怒りをあらわにした私に、ノアは性懲りも無く笑いかける。


「いきなり殴るなんて酷いじゃないか。僕が第一王子の方の肩書きを使って君を不敬罪にしたらどうするつもりだったの?」

「貴方は騎士でしょう……」


私の言葉が気に入ったのか、より一層ノアは笑顔になる。腹立たしい。王族から抜けたノアにそんな権限はない。


「はあ。私はいつまで拘留されていればいいの……。ディランたちを迎えに行かなくちゃいけないしパーティーだってあるのに……」


今頃迎えがこなくて待ちぼうけを食らってるかもしれない。もしかしたら、待ちぼうけよりも酷いことになっている可能性がある。私は頭を抱えた。


「心配しないで。貴方のお父様が帰ってくればすぐに君の無罪を証明できるよ」


その言葉に思わず私は顔を上げた。こどもの犯した罪のせいで親が責任を問われるというのならわかる。無罪か有罪かの証明ができるとはどういうことなんだろうか。

父は今母と弟のレオナルドと一緒に出かけているが、遠出はしていないはず。ノアの言う通り、すぐにでも帰ってくるだろう。


「ちょっとネタばらしをすると、実はベルタ・コーディリアが有罪になることないんだ。さっきはいじめてごめんね」


上機嫌なノアが机に手を付き身を乗り出して、私にそう耳打ちをした。ますます意味がわからない。
しかしこんな非常事態なのに、前の人生の知識も小説の知識もなんにも役に立たないなんて!


この世界の元となった「サファイアの朝焼け」のなかで、聖女ベルタは第二王子アレクサンドルとの禁断の恋に落ちていた。そして元第一王子であるノアを含めた数人の騎士の協力により、2人はかけおちに成功する。

王子がいなくなり混乱を極める国を、身分を隠して旅をするのが物語のメインだ。最終的には色んな人との出会いで成長した2人はかけおちをやめて聖女と王子に戻り、なんやかんやあって特例として結婚を認められるハッピーエンドを迎える。

私が聖女ベルタでは無いとわかった今、この小説の知識は本当に役に立たない。かろうじて役に立ちそうなのは、このノアの好物がさつまいもだということくらいだ。


「貴方の話は、意味がわからないものばかりね……」

「ふふ。二番目のベルタ様、僕が第一王子だって気付いてくれて本当に嬉しかったよ」


私が内心怒り心頭なのを知ってか知らずか、ノアはまるで花が綻んだ乙女のような顔をする。小説でも「いつもニコニコ」とは描写されていたが、まさかこんなに笑顔にパターンがあるとは。

ノアが目配せをすると、後ろに控えていた騎士たちが退出していく。扉が閉まると、また彼は私に向き合った。


「……だから特別に、それがどういうことか教えてあげる」


誰もいない、二人きりの部屋にノアの声だけが響いた。


「実を言うとこの国の誰も、コーディリア家の人間を罪に問えないんだよ。問う必要がないと言ってもいいね。全く、容疑だとか拘留だとか大層な茶番だよ」

「……、そんな話聞いたことないわ~……」

「そりゃあね。悪い大人たちしか知らないことだから」


ようやく冷静になれた頭で考える。ノアの言葉を信じるなら、おそらくそれは聖女のイメージを守るために、ある程度の犯罪ならば見逃してくれるということだろう。
こうしてわざわざ「大層な茶番」をするのも、聖女が犯罪を隠蔽しているということが知られればそれこそ大問題になるからだ。

全く、はた迷惑な話だ。だけど「問う必要がない」とはどういう意味なんだろうか。


「で、実際どうなの?人身売買してるの?どうせ無罪になるんだから言いなよ」


まるで色恋の話をしているかのような気軽さで、彼はそう言った。どうせ無罪になるんだったらもう一度殴ってやろうか。完全に疲れきった私が、していないと答えるとノアは「そっか!」と答えた。もちろん笑顔で。


「……じゃあ、本当に人身売買に関与してるのは一番目のベルタ様の方だろうね」


ノアが声のトーンを落としてそう言った瞬間、ノックもなしに扉が開かれる。そこに居たのは、少し面倒そうな顔をしたお父様だった。

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