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第30話 ーディラン視点ー

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どんどん奥まった裏路地へと進む彼について行きながら、俺はカイロスに言葉を返した。


「……前に救われたからとか言ってたな」

「そうだ、俺は救われた。もう10年近く前の話だよ。俺が借金のカタに親に売られたとき、一番目のベルタ様が俺のことを奴隷じゃなく使用人として買ってくれたんだ」


はじめて聞いた友人の過去に驚く。俺が動揺している様子を見てカイロスは少しだけ気まずそうな顔をした。話しながら壁にもたれていた体を起こし、ゆっくり細い路地の奥へと進んでいく。


「……外国に売り飛ばされるかオークションに出されるか、ってときだったよ。奴隷商人に無理やり連れ出された先で、顔を上げたら目の前にいつの間にか馬車があった時の驚きは今も覚えてる」


彼の言うそのいつの間にかあった馬車、というのが意図的に気配を消した馬車なんだろう。

まさか彼が人身売買の被害者だとは思わなかった。そういう経験があったからこそ、今日こうして嫌な顔ひとつせず手伝ってくれたんだろうか。俺が黙って彼について行く中、カイロスは話を続ける。


「そのときは7歳とかだったからさ、それがおかしいってわからなかったんだよ。なんで俺よりも小さい女の子が人を買えたんだろうって、疑問にすら思わなかった」

「でももう、あれから10年経った。
俺がいくら救われていようが、一番目のベルタ様が俺にしたことはただの犯罪だってさすがに気付いたよ」


人を売るのも買うのも犯罪だ。売られても仕方ない人や人を買っても許される人なんてこの世には存在しない。

もしカイロスが一番目のベルタ様に買われなかったら、今頃酷い主人から奴隷として辛い仕打ちを受けていたかもしれない。でもだからといって、一番目のベルタの行いが正しいとは言えない。


「……それで気になって、数年かけて馬車を調べたんだ。調べてるうちに、俺の他にも何人か一番目のベルタ様に買われた使用人がいるってのにもなんとなく気付いた」


余程優秀な者か低い身分の貴族でなければ、まず公爵家の使用人になれることは無い。普通ならば、奴隷商から買った者が使用人に紛れているとなったらすぐにバレてしまうだろう。
しかし色々と例外が多いコーディリア家では少し事情が違った。

第二の王族とも言われるコーディリア家で聖女になるのは、姉妹の中で最も優秀で最も民からの支持を得た者だ。
そのためこの家は聖女になる者を見極めるために、基本娘たちやその周りに関与しない放任主義をとっている。

聖女になる勉強も、ボランティアも、誰をそばに置くかも、賄賂や脅しを使うかすら全て娘たちの意思で決めさせる。そしてそれらは全て聖女にふさわしいかどうかの判定材料にされるのだ。  


「そういえば……前に一番目のベルタ様がボランティアの一環とかいって、貧困層のやつを何人か雇ってたな」

「あぁ。多分その中にも何人か、奴隷商から買った人間が紛れてると思うぜ」

   
そうやって一番目のベルタ様が奴隷商から買った者を雇っても、二番目のベルタ様が黒髪の俺を雇っても、三番目のベルタ様が好奇心から外国籍の者を雇ったとしても。それに関して旦那様や奥方様は何かを言うことはない。

まわりから、不自然に思われることもない。


「でも、そうだとしたら一番目様が奴隷商から使用人を買う目的がわからないな」

「ああ……、だからこそ俺は一番目のベルタ様を信頼してた。まだ幼くてやり方がわからないだけで、彼女なりに売りに出された子供を助けるのが目的なんだって。ついさっきまでそう信じてたよ」


何回か曲がり角をまがって、たまに塀を登ってを繰り返しながら俺たちは話を続ける。逃げて、俺たちは一体どこへ向かっているというのか。

お嬢様が心配だし、とりあえず真っ先にコーディリア家に向かいたいけど馬車を借りれるほど手持ちがない。歩いて向かうとそれだけ一番目のベルタ様に見つかる可能性が上がる。八方塞がりだが、進むしかない。


「正直王国騎士団がどうとか、二番目様のことは俺にもわからない。でも間違いなく一番目のベルタ様は犯罪に関わってる。それが善意でもないってこともわかった」


あらかた話し終えたらしいカイロスは、もう完全に体力が回復したのか弟2人を抱えている俺から「手伝うぜ」とハルの方を抱き上げてくれた。嫌な話を聞かせてごめんな、と謝るカイロスに2人は首を振る。

なぜカイロスが急に一番目のベルタ様から逃げたのかは理解した。でもこれからどうなるのか、どうすればいいのかなんてわからない。
そのタイミングで、暗い路地の奥から光が差し込んでいることに気付く。もう大通りに出るらしい。


「あ、勘違いするなよ。何度でも言うが、俺は一番目のベルタ様には恩を感じてる。ぶっちゃけ俺の初恋だし、なんなら今でも好きだよ。ヤバい犯罪者だったし、お前らを売ろうとしたことには大分怒ってるけどな。愛ってそういうもんだろ」

「お前……見かけによらず重いな……」


友人のあまり見たくない面を見た気がして、思わず呆れてしまった。そこまで重ければ逆に清々しい。
大通りの光を背に、カイロスはこちらを見て目を細めて笑った。それは普段の快活な笑顔でも、先程の力ない笑顔でもなかった。


「それでも俺はさ。一番目のベルタ様が聖女に相応しいと思うことだけはもう、一生ないから」


愛する人が嘘をついてると知って、悪だと確信して、信頼することもされることもできなくなって。怒りを覚えて、失望して、それでも嫌いになれなかったカイロスはどういう気持ちで一番目のベルタ様から俺たちを守ったんだろうか。

俺はそんなカイロスに、何も言うことが出来なかった。
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