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第28話 ーディラン視点ー

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「兄ちゃん、ちょっと外見てもいい?」

「ダメだ、大人しくしてろ」

「ちぇー」


荷台の下から弟のルカが声を発した。それを小声で咎めるとぶすくれた声が聞こえるが、それ以上駄々をこねることはない。もう1人の弟のハルは、荷台の中で昼寝でもしているのか静かだ。

俺は今食材や荷物を運ぶ際に使う荷台を使って、弟のルカとハルを運んでいる。騒がしい市場の中、羽や黒髪を薄い布で隠せば周りから怪しまれることは無い。今日だけじゃなく有翼種である弟を運ぶ時は、いつもこうしていた。

人のいない湖や、花火の上がる祭の日には人気のない丘の上まで連れて行ってやったりした。どれも大切な思い出だ。1人で運ぶのは少し大変だったけど、今はカイロスも手伝ってくれている。

弟たちとでかけるのは、おそらくこれが最後だ。ローブで髪を隠せばいい俺と違って、2人の翼はこれ以上大きくなればもうこの荷台では隠せない。それにきっと、もうすぐに翔べるようになってしまうだろうから。


市場の外れの路地。お嬢様との約束をした場所について当たりを見渡す。どうやらまだお嬢様の馬車はいないみたいだ。あまり路地に長居しても怪しまれるから、早く合流できるといいけど。


「……ディラン、あの馬車……」


隣にいたカイロスが、ふと俺の名前を呼んだ。彼もローブを着ているせいで表情はよく見えない。
彼の視線の先には、コーディリア家の馬車があった。……でも確かあれは。


「なんで一番目のベルタ様の馬車が……?」


コーディリア家の紋章が書かれた馬車、けれどお嬢様のそれとは少しだけ装飾が違う。間違いない、あれは一番目のベルタ様の馬車だ。それは確かにこちらへ向かってくる。

本来お嬢様が来るはずだった場所に、その馬車はとまった。疑問に思いつつも俺たちはその馬車へと近づく。カイロスから聞いた話で腹は立ちはしたが、かといって俺には一番目のベルタ様を嫌う理由はない。

馬車から出てきたのはやはり、絹のような銀髪を靡かせる一番目のベルタ様だった。品のいい眼鏡をかけた彼女は俺ににこりと微笑む。


「お疲れ様です、カイロス」

「ありがとうございます、でもどうして一番目のベルタ様がここに……?」

「ふふ。二番目のベルタが来れなくなってしまって、代わりに来ただけですよ。さあ、馬車に乗って」

「お嬢様になにかあったんですか!?」


俺がそう言うと、一番目のベルタ様は困ったような顔をして言葉を濁す。憂うその顔に不安が募る。お嬢様が来れなくなった?その理由くらい聞いてもいいはずだ。


「私の口から言っていいのか分からないんですが……、実は二番目の妹は少し悪いことをしていたみたいで。今は王国騎士団の方々に拘留されています」

「王国騎士団と……!?そんなの、冤罪に決まってる!お嬢様が犯罪なんてするはずない!」


まさかの言葉に思わず身分も忘れ、使用人の立場でありながら声を荒らげてしまう。言い終わった後にハッとして慌てて謝るも、彼女はにこりと笑って許すだけだった。


「私も詳細は知らないんです。なので早く参りましょう?さあ、馬車に」


彼女の手が差し伸べられる。弟たちも、不安そうに荷台と布の隙間からこちらを見ていた。信じられないくらい、心臓の音がうるさい。

一番目のベルタ様の言う通りだ、早くお嬢様の元へ行かないと。いくら大人びて達観しているお方とはいえ、無実の罪で大人から沢山責められて平気なはずない。早くそばにいかないと。

早く。

……俺が縋るような思いで一番目のベルタ様の手を取ろうとしたそのとき、俺の腕を掴んだのはカイロスだった。


「ディラン、逃げるぞ」

「はあっ!?何言って、うわっ!?」


俺が抗議の声をあげる間もなく、カイロスは俺の腕を引くとなんとそのまま抱き上げほぼ放り込むような形で荷台に投げた。背中を酷く打ち付けた衝撃と、突然俺が降ってきたせいで動揺する弟たちの声。

何が起こったのか理解する頃には、カイロスは俺たちごと荷台を引っ張り走り出していた。
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