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第27話

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突然の身に覚えのない、人身売買という言葉に思わず固まってしまう。……こんなこと、前の人生にはなかった。落ち着くために私は、相手に悟られないほど小さく深呼吸をした。


「……。騎士団を数名引き連れて公爵家に押し掛けてくるくらいですから、余程強力な証拠でもあるんでしょう」

「ええ、ですが確実ではありません。無罪と証明されるまで、ご自宅で拘留させて頂くことになりますね」


私の言葉に引くことはなく、目の前の少年は生意気にも冷静に言葉を返してくる。強力な証拠があるとはどういうことなんだろうか。


「……ノア様、こちらを」


後ろに控えていた屈強な騎士団の男が、目の前の少年に何かを渡した。この目の前の金髪で翠眼の少年は、ノアというらしい。……その名前には、聞き覚えがある。
二番目のベルタとしての記憶と小説『サファイアの朝焼け』の記憶が上手いこと合わさり、私は自分の口が引き攣るのを感じた。


「あぁ……。既視感があると思ったら、あなた第一王子ね」


宝石のような翠眼が見開かれる。不気味な程笑みを絶やさなかった彼が、その時はじめて驚きの表情を見せた。だが確かに動揺を見せた表情はすぐに微笑みに塗り替えられる。

ノア、それはこの世界の元になった小説の『サファイアの朝焼け』に騎士として出てきたキャラクターだ。……橘 愛菜として生きていた前の前の人生の記憶がだいぶ薄れてきているため、気付くのが遅れてしまった。


「……僕に気付いたのは君が初めてだよ」


ノアは蜂蜜のように甘い笑みを浮かべた。

……この国の第一王子である彼とは、5年前に1度会ったことがある。その頃の第一王子は今と打って変わって、髪は抜け落ちて頬は痩けていたし湿疹だらけだった体からは異臭がしていた。

その醜い姿の原因は、魔族による無差別の呪いだ。

国民は皆、第一王子が今も呪いに苦しみ城に引きこもっていると思い込んでいる。しかし実際はたった5年で呪われた第一王子は自力で呪いを解き、当時の姿に戻ることができていた。

呪いを解いたことをキッカケに王子としての人生や名前を捨て、王国騎士になったというのがサファイアの朝焼けに出てきた「ノア」というキャラクターだ。


「隠しているわけじゃないから別にいいけど、僕はもう王子じゃないよ。それより、君が人身売買に関与している証拠の話をしようよ」


つまるところ、彼は見た目だけなら15歳程だが中身は立派な成人男性だ。それでもまだ若いと思うけど、子供だからとなめてかかってはいけない相手だ。

まるで話題のカフェをオススメするような気軽さで、彼は先程後ろの男から渡された封筒の中から数枚の写真をとりだした。


「これは貴方の馬車が、人身売買の取引会場に入っていく場面だよ。先日取引会場を潰すために張っていたところ、人身売買に関与しているとされる複数の貴族を撮影することができてね。君の写真はそのうちの一人だ」

「なっ……!私はここ数年馬車を使っていないわ」

「そうなの?おかしいな。先程貴方の馬車を見てきたけど、しっかりメンテナンスや掃除がされていたよ。オマケに馬車の中身を完全に隠すための簡単な魔法がかけられていた」

「それはたまたま今日使う予定だからで……!」


ノアは困ったように笑うふりをした。見せられた写真は、確かに私専用の馬車だ。コーディリア家を表す紋章まできちんと描かれてある馬車。
ここ数年使ってなかったのは本当だ、今日ディランの弟たちを迎えに行くための準備がこんなことで仇になるとは思わなかった。


「……でも決定打はこの写真じゃない。馬車なんていくらでも似せて作れるからね」


ノアは写真を封筒に戻した。わざわざ馬車を他人の物に似せて作ってそんな非人道的な場所へ行くなんて、とんだ風評被害だ。自己保身のためなんだろうが、そういった小賢しい方法は好きになれない。

窓から入ってきたそよ風がノアの金髪を揺らす。本当だったら、今頃もっと楽しい気分でこのそよ風を浴びれていたはずなのに。


「この写真が撮れた少し前に、君の姉である一番目のベルタ様から報せが届いたんだ。
二番目のベルタ・コーディリアが黒髪の使用人と手を組んでよからぬ計画を練っている、ってね」

「そんな情報が、決定打だっていうの?」

「黒髪の使用人がいるのは事実なんだろう?……実際一人の黒髪を脅して仲間を売らせるって言うのは、魔族の売買をしている者たちのなかでよくある手段なんだよね」


そんな酷いことを私がやっていると本気で思っているのか。畳み掛けるように、ノアは言葉を発するのをやめなかった。



「それにどうして聖女候補である君が、黒髪なんかをそばにおいているんだ?常識的に考えて、利点が無さすぎて怪しいんだよ。魔族を売った金で支持者を増やすならともかくね」


かっと頭に血が上るのがわかった。考える前に身を乗り出して、私は彼の頬を思い切り叩いていた。頬を赤くしながら、それでもなおノアは余裕そうな腹が立つ笑みを浮かべている。わざと受けたんだろうか、嫌味なやつだ。


「視野が狭いせいで、何もかも怪しく見えているようね。私は聖女になんかなる気は無いし、ディランはただの優秀な従者でしかないわよ」


いつだって無害そうな顔をしている一番目のベルタの顔が、ふわりと思い浮かび消えていく。……そういえば彼女は今どこにいるんだろう。さっきからずっと、嫌な予感が止まらなかった。
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