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第15話
しおりを挟む私の「明日からちゃんと授業を受ける」という言葉に、ディランは驚きの声をあげた。しゃがんだまま、ゆっくりと彼を私の腕から解放する。私が抱きしめるのをやめると、彼も名残惜しそうではあるがその手を離した。
「お嬢様が授業を?努力は嫌いと言っていたじゃないですか」
「こんなの努力じゃないわ。前に言ったでしょう~?私は既に10年分学んでるの。ただそれをお姉様たちに見せびらかすだけよ」
「見せびらかす……?」
私は立ち上がって、ドレスについた埃を払った。未だしゃがんでいるディランに手を差し伸べる。
「貴方が酷い仕打ちを受けたのは、私がこの館の使用人にナメられてるせいだと思うの~。この館に私の味方を増やすために、私は授業を受けるわ」
「そんな、俺のために」
「私のためよ~?のんびり暮らすためならこのくらい安いものだわ」
私の手を取り、ディランは立ち上がった。まだ不安そうな顔をしている彼に、私は笑いかける。
「さあ、フルーツを食べましょう。少し温くなっているでしょうけど……、そのあとは歴史の勉強の続きよ」
傍から見れば私たちは同じ年代の男女。私に懐いてくれている三番目のベルタだって力はない。
ああ、面倒だからって雇うなんて言わなきゃ良かった。
適当に姉の意見に賛成ですとか言っておけばよかったのに、あのタイミングでこの子が雇ってくれなんていうから。
ここ最近、妹にもディランにも愛着が湧いてしょうがない。
独りだった前の人生のことを思い出す。『二番目のベルタ』を支持する者は大勢いても、『私』の味方なんて居なかった。最期まで。
私がここに居られるのは17歳の冬までだ。それまで、愛着のある者たちを守るため少し行動するくらいなら許されるんじゃないかって、そう思う。
「そうだわ、手当もしないといけないわね~。そのまま食べてていいわよ」
「じ、自分でできますから」
「いいのよ」
クローゼットから救急箱を取り出そうとすると、りんごを切ったままディランが慌て出す。腕なんて、きっと自分一人でじゃろくに手当もできないはずだ。私が手際よく手当の準備を始めると、彼は大人しく腕を差し出した。
「……手当もできるんですね」
「ふふ、聖女教育には軽い医療も含まれるのよ~」
人を癒すヒーラーである聖女。聖女になるまでは神聖力は使えないが、医療や応急手当の処置は聖女になる前もなった後も使える。勉強しておくに越したことはない。
私の言葉に、ディランは少しだけ笑った。
「……耐える努力を、してよかったです。じゅうぶん報われました」
「あらあら生意気ね~」
それにつられて私も笑う。大抵の努力は報われないと、今でもその考えは変わらない。私の人生をかけた努力も報われなかったことが一種のトラウマになっているんだと思う。
……だけどこの先、彼が努力をしてそれが報われていくなら私のこの考え方も変わっていくかもしれない。今はただ、どうか彼がこれからの人生で私のように大きな挫折と絶望を味わうことなどないように祈るだけだ。
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