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第11話

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「貴方、覚えがいいわねえ」


読み書きの練習中、私は感心してそう呟いた。褒められたディランは照れたように目を逸らしている。基本はきちんと覚えられている上、少し間違った覚えている部分も一度教えればもう間違えることは無かった。

仕事に慣れるのも早かったし、この飲み込みの早さは彼が魔族の血を引いてることも関係してるんだろうか。王族や貴族達が黒髪差別を見て見ぬふりしてるのも、人型魔族と人間のハーフのあまりの有能さを邪魔に思っているからかもしれない。


「……意外でした」


教えた文字の反復練習をしながらディランが呟く。


「その、ベルタ様はいつも授業をお休みになっているので」


確かにそうだ。私は前の勉強しかしてこなかった人生の記憶があるから今の人生でのんびりしている訳だが、傍から見ればそりゃあただサボっているだけに見えるだろう。

茶化すように私は、向こう10年の授業分はもう済ませてあるわと調子に乗ったようなことを言った。そんな私の言葉に、彼は素直に驚いた顔をする。


「たくさん努力されてきてたんですね」

「まあね~。でもそれも無駄だと分かったからこうして授業を休んでいるの。……貴方も無駄だと分かったら、いつでもやめていいのよ?」


私が意地悪を言うと、ディランは困ったような顔をしてまた文字の練習を再開した。意地の悪いことを言っても言い返してこないあたり、やはり少し大人びている。


「字のお勉強が終わったら、次は地理や計算かしらね。作法や紅茶の淹れ方は教育係に教わっているでしょう?ふふ、あなたがいればしばらく暇つぶしには困らなさそうだわ~」

「作法や紅茶の淹れ方も、ベルタ様に教えてもらいたいっていうのは、迷惑ですか」

「……、いいわよ~?じゃあ地理や計算よりもそちらを優先して教えなくちゃね」


私がそう言うと、ディランは安堵の息を吐いた。教育係は誰だったか、おそらく基本的なことを教えてあとは放置でもしているんだろう。面倒だからその辺の改善に動く気は無いが、暇つぶしに教育係の真似事をするくらいはやってあげてもいいと思う。


「ありがとうございます」


あまり笑顔は見せない彼の、綻んだ顔をじっと見ていた。初めて会った時から顔色は随分改善されたが、やはりまだ痩せている。……公爵家がいくら黒髪相手だからといって給料をケチるとは思えないが。


「……貴方お給金はちゃんと貰っているの?毎日ご飯も食べれないくらいのお金しか貰ってないなら問題だわ」

「あぁ、それは大丈夫です。ちゃんと貰いました、俺にはもったいないくらい。雇用契約を結んだ時に貰ったお金は全部兄弟たちが住む家を買うのに使ってしまったんですけど……」


7歳の初任給で買える家を想像した。うん、うーん……。まあスラム街の野晒しの路地よりかはどんな家でもマシだろう。余計な経済的援助をするつもりはない、長い期間働けば自動的に給料はあがっていくだろうし。


「じゃあ、これが終わったらお茶にしましょうか。ケーキを2切れ……いえ、そうね。ひとつまるごと用意してくれる?」


ケーキと聞いて輝く瞳は年相応だ。経済的援助をするつもりはないが、私の目の前で倒れられても困る。1週間前1切れとタルトを大事そうに食べていた彼を思い出して、少し笑ってしまう。今度はおなかいっぱい食べればいい。

段々ディランに甘くなっていくのを自覚しつつ、より一層文字の書き取りに励むディランの頭を撫でた。


「……俺の髪に触れたくないからって、撫でるどころか頭を殴る人すら今までいなかったんですよ」

「あらそうなの」


私の言葉は、扉が大きく開け放たれる音にかき消されてしまった。私たちは2人して驚いたように扉の方に振り向いた。……そこには目に涙を溜めた三番目のベルタがいた。


「ずるいですわ!!貴方ばっかり、二番目のお姉様を独占して!」

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