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第9話
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「……二番目の、ベルタ様……。えと、ディランと申します。これから従者として仕えます…、いや、仕えさせて頂きます、ので!よろしくお願いします!」
「二番目のベルタ様、私がこの者の教育を担当させて頂きます。なにか粗相をしてしまった際にはこの私にご報告くださいませ」
「……貴方、ディランというの?」
「はい、そうですが……」
「……そう。ごめんね、なんでもないのよ。これからよろしくね」
のんびりティータイムの真っ最中の来客は、昨日あまりにも面倒で私が雇うことにした例の少年だった。その表情が固い少年は「ディラン」という名前らしい。
私は、その名前には聞き覚えがあった。紅茶を飲みながら2個前の人生で読んだ小説のことを考える。
確か「サファイアの朝焼け」で、少し登場する新人の若い暗殺者の名前だ。
挿絵やイラストがない程度のモブキャラだったから、今まで全く気付かなかった。小説に登場する際は20代前半で新人を名乗っていたし、さすがに今は暗殺業と関係はないだろう。
……私はこの子の暗殺者になるという未来を奪ってしまったんだろうか。まあ、そんな未来なんて奪ってしまった方がいいでしょう。
ベテラン執事と共に部屋に入ってぎこちなく挨拶をする彼は、昨日に比べていくらか小綺麗になっている。
「……」
きっとこの執事は新しい従者を雇った、だなんて思ってはいないだろう。きっと貴族令嬢が暇つぶしに話し相手を雇ったくらいにしか思っていない。
特にそちらに目もくれず1人でお茶を飲む私に、なにか指示されるのを待つように2人は話終わったあともそこに立っていた。
……とりあえずあの教育係だけでも追い出したい。
「……あ~、そうね……ディラン。話し相手になってくれるかしら?そこの貴方は外に出ていいわ」
「かしこまりました」
そう言うと、教育係の執事は素直に外に出ていく。私ののんびりティータイムを使用人なんかに邪魔されてはたまったもんじゃない。昼食代わりのフルーツタルトを食べながら、紅茶を飲んだ。
「あの、俺は……どうすればいいですか?」
「話し相手っていうのは適当に言っただけよ~。楽にしてていいわ。敬語も難しいならやめても大丈夫だから」
「いえ、敬語は自分のためにも勉強したいと思ってますので」
きっぱりとそう言ったディランは遠慮がちに、私の向かいのソファへ座った。特におしゃべり好きというわけではないし、私の邪魔をしないならなんでもいい。
私も鬼ではない。教育係の執事ならともかく、この子まで追い出す気にはならなかった。
「……なんで俺を、雇ってくれたんですか?俺の教育係は、これも聖女になるためだって言ってましたけど、その、それもあまり意味がわからなくて……」
急に話を振られて私は顔をあげる。そんなの、特に理由なんてあるはずない。面倒だっただけだ。
今日初めて目を合わせて気づいたが、この少年は結構、なんて言うか……成長すればイケメンになりそうな顔つきをしている。さすがモブとはいえ小説のキャラクターだ。決して煌びやかではないが、鋭い目付きが気にならないほど目鼻立ちは整っている。
「私は聖女にならないわ。ただのんびり暮らせればそれでいいのよ。貴方の教育係はきっと、私が聖女になるための好感度稼ぎをしてると思ったのね」
聖女になるための好感度稼ぎに貧民を救う……、前回の私がやっていたことだ。まあ、ただのボランティアだけど。前回の私は聖女の高貴な印象が崩れるのを危惧して、自分の近くに貧民を置いたり長く関わったりはしていなかった。
「じゃあなんで……」
「え~と……本当に特に理由はないのよ。あぁでも、ひとつだけあるわね。将来的に貴方を私の専属従者にしたいの」
ぽかん、とディランは呆気に取られて困っているようだった。当初はしばらくしたら適当に解雇するつもりだったが、小説のキャラクターなら話は別だ。さすがにもう細かくは覚えてないが、小説内で彼は従順で有能なキャラクターだったはず。
「……別に、貴方が気に入ったわけじゃないわ。コーディリア家は異質でね、専属従者を決めるのにも候補を1000も出すのよ。面倒よ~?私はそれを回避したいだけ。それに、黒髪の貴方を傍に置けば聖女にならないという意思表示もできるわ」
前の人生での私は専属従者を選ぶのに1ヶ月かけていた。結局見てくれの良さで選んだが、今回はそんな面倒なことするつもりはない。
私はだらしなく、ソファにもたれかかりながら紅茶を飲み干した。有能になる予定のこの子を今から専属従者に選んでおけば、私は沢山楽できる。
そんな私の思惑とは裏腹に、ディランの視線は痛いほどまっすぐだった。
「……俺、努力します。ちゃんと実力で貴方に気に入られたいから」
「そう」
大人びてはいるが、幼さは残っている。ディランはきっと、結果的に彼を救ってしまった私に好かれたいのだろう。
「幼いあなたに教えてあげるわ~。努力なんて、大抵は報われないものよ」
腕をのばして、さらりと少し指通りの悪い彼の黒髪を撫でた。驚いた顔をしつつも彼は何も言わない。
その後、ケーキを食べましょうと声をかけたが会話はなく、ディランの従者教育が始まるらしい時間になるまで彼は何かを考えながら、ゆっくり時間をかけて1切れのフルーツタルトを食べていた。
「二番目のベルタ様、私がこの者の教育を担当させて頂きます。なにか粗相をしてしまった際にはこの私にご報告くださいませ」
「……貴方、ディランというの?」
「はい、そうですが……」
「……そう。ごめんね、なんでもないのよ。これからよろしくね」
のんびりティータイムの真っ最中の来客は、昨日あまりにも面倒で私が雇うことにした例の少年だった。その表情が固い少年は「ディラン」という名前らしい。
私は、その名前には聞き覚えがあった。紅茶を飲みながら2個前の人生で読んだ小説のことを考える。
確か「サファイアの朝焼け」で、少し登場する新人の若い暗殺者の名前だ。
挿絵やイラストがない程度のモブキャラだったから、今まで全く気付かなかった。小説に登場する際は20代前半で新人を名乗っていたし、さすがに今は暗殺業と関係はないだろう。
……私はこの子の暗殺者になるという未来を奪ってしまったんだろうか。まあ、そんな未来なんて奪ってしまった方がいいでしょう。
ベテラン執事と共に部屋に入ってぎこちなく挨拶をする彼は、昨日に比べていくらか小綺麗になっている。
「……」
きっとこの執事は新しい従者を雇った、だなんて思ってはいないだろう。きっと貴族令嬢が暇つぶしに話し相手を雇ったくらいにしか思っていない。
特にそちらに目もくれず1人でお茶を飲む私に、なにか指示されるのを待つように2人は話終わったあともそこに立っていた。
……とりあえずあの教育係だけでも追い出したい。
「……あ~、そうね……ディラン。話し相手になってくれるかしら?そこの貴方は外に出ていいわ」
「かしこまりました」
そう言うと、教育係の執事は素直に外に出ていく。私ののんびりティータイムを使用人なんかに邪魔されてはたまったもんじゃない。昼食代わりのフルーツタルトを食べながら、紅茶を飲んだ。
「あの、俺は……どうすればいいですか?」
「話し相手っていうのは適当に言っただけよ~。楽にしてていいわ。敬語も難しいならやめても大丈夫だから」
「いえ、敬語は自分のためにも勉強したいと思ってますので」
きっぱりとそう言ったディランは遠慮がちに、私の向かいのソファへ座った。特におしゃべり好きというわけではないし、私の邪魔をしないならなんでもいい。
私も鬼ではない。教育係の執事ならともかく、この子まで追い出す気にはならなかった。
「……なんで俺を、雇ってくれたんですか?俺の教育係は、これも聖女になるためだって言ってましたけど、その、それもあまり意味がわからなくて……」
急に話を振られて私は顔をあげる。そんなの、特に理由なんてあるはずない。面倒だっただけだ。
今日初めて目を合わせて気づいたが、この少年は結構、なんて言うか……成長すればイケメンになりそうな顔つきをしている。さすがモブとはいえ小説のキャラクターだ。決して煌びやかではないが、鋭い目付きが気にならないほど目鼻立ちは整っている。
「私は聖女にならないわ。ただのんびり暮らせればそれでいいのよ。貴方の教育係はきっと、私が聖女になるための好感度稼ぎをしてると思ったのね」
聖女になるための好感度稼ぎに貧民を救う……、前回の私がやっていたことだ。まあ、ただのボランティアだけど。前回の私は聖女の高貴な印象が崩れるのを危惧して、自分の近くに貧民を置いたり長く関わったりはしていなかった。
「じゃあなんで……」
「え~と……本当に特に理由はないのよ。あぁでも、ひとつだけあるわね。将来的に貴方を私の専属従者にしたいの」
ぽかん、とディランは呆気に取られて困っているようだった。当初はしばらくしたら適当に解雇するつもりだったが、小説のキャラクターなら話は別だ。さすがにもう細かくは覚えてないが、小説内で彼は従順で有能なキャラクターだったはず。
「……別に、貴方が気に入ったわけじゃないわ。コーディリア家は異質でね、専属従者を決めるのにも候補を1000も出すのよ。面倒よ~?私はそれを回避したいだけ。それに、黒髪の貴方を傍に置けば聖女にならないという意思表示もできるわ」
前の人生での私は専属従者を選ぶのに1ヶ月かけていた。結局見てくれの良さで選んだが、今回はそんな面倒なことするつもりはない。
私はだらしなく、ソファにもたれかかりながら紅茶を飲み干した。有能になる予定のこの子を今から専属従者に選んでおけば、私は沢山楽できる。
そんな私の思惑とは裏腹に、ディランの視線は痛いほどまっすぐだった。
「……俺、努力します。ちゃんと実力で貴方に気に入られたいから」
「そう」
大人びてはいるが、幼さは残っている。ディランはきっと、結果的に彼を救ってしまった私に好かれたいのだろう。
「幼いあなたに教えてあげるわ~。努力なんて、大抵は報われないものよ」
腕をのばして、さらりと少し指通りの悪い彼の黒髪を撫でた。驚いた顔をしつつも彼は何も言わない。
その後、ケーキを食べましょうと声をかけたが会話はなく、ディランの従者教育が始まるらしい時間になるまで彼は何かを考えながら、ゆっくり時間をかけて1切れのフルーツタルトを食べていた。
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