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第8話 ー少年視点ー
しおりを挟む兄弟たちのため、売りさばいて日銭を稼ぐため。俺が貴族の館に忍び込み果物や食料を盗みに入るのは今回が初めてではない。
自分の年齢や髪色差別のことは理解している。だからこそ、俺が「可哀想な子供」だからこそこの盗みは見逃してもらえることのほうが多かった。
当事者として、スラムの改善に積極的な貴族の家くらいは俺も把握しているし、そういった貴族は俺なんかがちょっと食べ物を盗んだくらいじゃ騒がないから。
浅ましく情けないことをしていることはわかっている。憐れみの目で見られる度、嫌悪される度心が削られていく。それでも生きていくのには仕方がないことなのだ。
今回聖女の家系であるコーディリア家に盗みに入ったことは一種の賭けだった。スラムの改善や奉仕活動に積極的で、慈悲深い家系。
だが公爵家だ。ただの貴族とは違う、殺されても文句は言えない。
(……さすがに、当主やその娘たちが全員揃うなんて思ってなかったけど)
万一にも危害を加えないよう、俺は拘束されて兵士に取り押さえられていた。……バレたのは普通に運が悪かった。どうやら貴族様総出で、俺の処遇を決めかねているらしい。
出てくる案はどれも、ありきたりなものばかり。せっかくなら長女らしい人が出した案にしてくれると俺もありがたいが。
そんな中、ふと、一人の少女に目を奪われた。
同い年くらいだろうか。その少女がこちらに向ける表情は恐怖でも嫌悪でも懐疑でもなく、ただの無だった。黒髪だってスラムだって差別の対象だ、心の底からどうでもいいと思っているそんな表情を向けられたのは初めてだった。
俺の中で、沸々と欲が出てくるのを感じる。
そこからはもう半分やけくそだった。本当に雇ってもらえるなんて思っていない、ただ俺に差別的な目を向けない人なんて初めてだったから。それが例え「無関心」でも、俺を嫌悪しない人なんて初めてだったから。
ただ嫌悪の浮かんでいないその目をもっと、俺に向けて欲しくて。
「ん~……別にいいわよ」
だからこそ、返ってきた答えを理解するのに少し時間がかかってしまった。妹と思わしき方も、やめておいた方がいいと喚いているし先程慈悲深いことを言ってくれた姉の方も信じられないと言った目を向けている。それが普通の反応だ。
「お父様、この子は私が貰うわ。それでいいでしょう?専属の使いっ走りがいれば私も楽だわ」
少女はそう続ける。まるで同い年とは思えないほど達観した表情だ。呆気にとられていると、兵士が遠慮がちに俺を押さえつけている手を離した。言い方は悪いが、その分本心がわかりやすくて好感を覚える。
信じられない、まさかそんな本当に。
「……ふむ、なるほど、そうか。聖女にふさわしい慈悲深さもある面白い案だ、この者がマーメイドと人間のハーフというのが本当なら黒髪でも最低限の仕事くらいはできるだろう。その案でいこうじゃないか?」
笑みを浮かべている父親の方もなにか面白がっているようだった。俺としてもこれ以上の慈悲は受けたことがない。施しで貰えたお金なんて、次の仕事がないとそんなものすぐに尽きてしまう。
どんなに低賃金だったとしても、安定した仕事を貰えるのは今の俺にとって本当にありがたいことだった。
給料を貯めれば兄弟揃ってスラムから抜け出すことだって可能だろう。思わず目に涙が滲んだ。
「あのっ、ありがとう、ございます!俺頑張るから……!敬語も覚えるし、勉強いっぱいして、なんだって覚えるから!」
「……、好きにしなさい」
そう言って、妹を連れて少女は立ち去ってしまった。最後まで無関心な表情のままだ。
彼女の気は引けなかったが、嫌悪も哀れみもないその態度で十分、浅ましい俺は救われていた。
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