転生聖女のなりそこないは、全てを諦めのんびり生きていくことにした。

迎木尚

文字の大きさ
上 下
2 / 59

第2話

しおりを挟む

私は元々普通の日本人女性で、今日は親の勧めでお見合いをしていた。何もかも親の言う通り生きてきたつまらない人生を今更少しだけ後悔して、夜に自室で1人物思いに耽けっていたのだ。

私は、何気なく本棚から学生時代に流行った有名な恋愛冒険小説『サファイアの朝焼け』をとりだした。


「こんな色だったかしら」
 

数年ぶりに取り出したその本に少し違和感を覚える。表紙の中央のイラストの周りが、まるで銀色の蔦に絡まれたような模様に変わっていたのだ。私の記憶する限りでは中央のイラスト以外無地だったはず……。

しかし現実的に考えて、表紙の模様が変わるなんてことはありえない。
私はそのまま気のせいということにして、そのまま目線を少し下へと滑らせた。


「冒険と、運命の恋……」


大切に巻かれたままの帯に書かれてある文章を読み上げる。それらは私の人生に全くなかったものだ。この本は、私の小さな憧れで宝物だった。

もしもこんな人生を歩めたら。

サファイアの朝焼けは、主人公である聖女と王子様と選ばれた騎士達が共に冒険し魔王を倒す王道物語だ。25歳の女がこんな物語に憧れてると知ったら、親やお見合い相手は笑うだろうか。

そして、久しぶりに本を読み直そうと表紙に手をかけたその瞬間ーー、私の意識は途切れたのだろう。
そこからの記憶が全くない。気が付けばこの銀髪の幼女に転生していた。


「痛っ……」


サファイアの朝焼けを表紙を飾る銀色の蔦のことを思い出した瞬間、頭に激痛が走る。小さな手で思わず頭を抑えた。激痛と共に流れ込んでくるのは……「ベルタ・コーディリア」としての5年分の記憶だ。


「私は、ベルタ・コーディリア……。そう、私は二番目のベルタなの……。もう、愛菜なんかじゃないのよ……」


確かめるようにそう呟く。流れてきた記憶のおかげか、カナリアのような自分の可愛らしい声にも幾分か慣れた。


コーディリア家、それは……「サファイアの朝焼け」に出てくる聖女アーシュラが産まれ育った家の名前だ。
ベルタという名前は、コーディリア家で産まれた女全員に名付けられる仮の名前。私は2番目、次女のベルタだ。

この時私は自らの運命やこれから待ち受ける何もかもに対して、愚かにもわくわくしてしまっていた
大好きな本の中に入れて、つまらない人生から抜け出せたんだ。

私こそが選ばれた転生者で、聖女になるべき存在なんだ。
そう心の底から、信じて疑わなかった。


がちゃりとドアが開かれる。にこやかな侍女たちが朝の用意をしに来てくれたのだ。私はベルタの方の記憶を頼りに、なるべく自然にその人たちへと接する。一流の侍女たちの手によって私の銀色の髪は整えられ、人前に出るための服に着替えさせられる。

これが、私のこれからの日常だ。


「二番目のお姉様、朝ごはんよ!」


私より早起きだったのか、三番目のベルタである少し気の強い妹が私を迎えに来てくれた。軽くウェーブのかかった銀髪をおろしている私とは違って、彼女は強めの巻き髪を2つに結んでいる。

とても可愛らしい妹だ。コーディリア家として産まれなかったら、私はこの子を精一杯可愛がっただろう。

でもダメなの。ごめんね三番目のベルタ。私は聖女になるために、自分以外のベルタを蹴落とさなければいけないのよ。


「……おはよう、三番目のベルタ」


私が何を思っているかも知らずに、妹は私に可愛らしくも快活な笑みを見せた。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件

バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。 そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。 志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。 そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。 「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」 「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」 「お…重い……」 「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」 「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」 過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。 二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。 全31話

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

私を利用するための婚約だと気付いたので、別れるまでチクチク攻撃することにしました

柚木ゆず
恋愛
※22日、本編は完結となりました。明日(23日)より、番外編を投稿させていただきます。 そちらでは、レオが太っちょレオを捨てるお話と、もう一つ別のお話を描く予定となっております。  婚約者であるエリックの卑劣な罠を知った、令嬢・リナ。  リナはエリックと別れる日まで、何も知らないフリをしてチクチク攻撃することにしたのでした。

今度は絶対死なないように

溯蓮
恋愛
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」  嫉妬に狂ったせいで誰からも見放された末、昔自分が拾った従者によって殺されたアリアは気が付くと、件の発端である、平民の少女リリー・マグガーデンとで婚約者であるヴィルヘルム・オズワルドが出会う15歳の秋に時を遡っていた。  しかし、一回目の人生ですでに絶望しきっていたアリアは今度こそは死なない事だけを理念に自分の人生を改める。すると、一回目では利害関係でしかなかった従者の様子が変わってきて…?

虐げられた第一王女は隣国王室の至宝となる

珊瑚
恋愛
王族女性に聖なる力を持って産まれる者がいるイングステン王国。『聖女』と呼ばれるその王族女性は、『神獣』を操る事が出来るという。生まれた時から可愛がられる双子の妹とは違い、忌み嫌われてきた王女・セレナが追放された先は隣国・アバーヴェルド帝国。そこで彼女は才能を開花させ、大切に庇護される。一方、セレナを追放した後のイングステン王国では国土が荒れ始めて…… ゆっくり更新になるかと思います。 ですが、最後までプロットを完成させておりますので意地でも完結させますのでそこについては御安心下さいm(_ _)m

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

処理中です...