3 / 6
第二話――始まる予感
しおりを挟むしばらく、本当にしばらく歩いた。
この世界にも太陽はあるようで、それは丁度真上からムヤミを照らしていた。
転生直後の時間帯は朝だったらしく、街の中心へ歩く間に時は過ぎ、今は昼頃だろうか。
これまでで分かったことは王道異世界ファンタジーの世界観ということと、自分について何も分からないことのみである。
道中でふとポケットをまさぐってみると、五枚の硬貨らしきものが見つかった。価値が分からないので使いたくは無いと思いつつも、ふとこの世界の店に興味が湧いたムヤミは、途中でいくつか店に寄ってみた。
しかしそこで使われる文字は読めず、その値段も名前も分からない。そもそも見るだけなので店主に話を聞くのも気が引ける。
三度ほど、間違えて悪漢ひしめく酒場らしき場所に入ってしまった時は肝を冷やしたが、持ち前の逃げ足で追ってを巻くなどという一幕もあった。もしかしたらここは治安の悪い区画なのかもしれない。
とにかく、人の多い方へ向かえば何かイベントでも起きるかと期待して街の中央らしき場所へ向けて歩いている。
なぜ中央が分かるのかと言えば、遠くの方に高く聳える白銀と紺碧の城が見えるからだ。高台に上って街を見渡してみれば、城に近いほど建物のサイズが大きく、凝った装飾が施されている。もしこの国に貴族のようなものがあるなら、さっきまでムヤミの歩いていた場所は平民の街なのだろう。
その証拠に、進むに連れて亜人の数は明らかに減り、豪華な衣服を纏う人間や帯剣した兵士が増えた。どうやらここは人間が中枢の国らしい。差別主義者では無いが、転生しても人間であれたことは幸運だ。作品によっては蜘蛛やらスライムなんてこともあるのだから、条件が悪いと詰みだ。
神様的な存在からの説明もチート付与も、これまで暮らした記憶も無い現状が良いとも思わないけれど。
いつしかムヤミは顎に手を当て、思考をそのままぶつぶつと口から垂れ流して歩いてた。
ムヤミは考え事を始めるといつもこうだ。周りが見えなくなる。しかしそれでも、身に染みついた避ける能力はムヤミの意識とは関係無くあらゆる脅威を躱そうとする。
正面、大柄の兵士がいた。
地面を見ながらぶつぶつと不審なムヤミの前に立ち、その様子をまじまじと見ていた。向かってくるムヤミにゆるりと手を伸ばしたが、それはすんでのところで空を切る。
その鮮やかな体捌きに愕然としつつも、兵士は「そこのお方!」と背後へ回り込みまた歩き出そうとするムヤミに声を掛けた。
「ひゃい!」
背後から突如掛けられた声に身をはねさせ、悲鳴のような返事をする。
振り返って見れば、今のムヤミがうんと手を伸ばしてようやく鼻に触れられるかというような巨人が鎧姿で立っていた。
「な、なんなな、なんでしょうか」
ぷるぷると情けなく震えるムヤミを見て、兵士は跪き、兜を脱いだ。
ブラウンの髪色をした、頑健そうな男が柔らかな笑みを湛えてこう言う。
「すみませぬ、怖がられることは多いのですが、配慮が足りていませんでした」
実直な印象を受ける声色に、ムヤミは少し安堵を覚え、体の震えも多少収まっていた。正面を向くことはまだ出来そうになかったが。
「私はこの国の兵士団副長、ゴードン・マーティと申します。通りがかりに見た貴殿の様子が気になりまして、声を掛けさせていただきました」
そう言われ、また悪い癖が出ていたことに気付く。
「あ、えっと、僕は大丈夫です……。こうやって歩くの、癖……なので」
それに「ふむ」と鼻を鳴らしたゴードンはまじまじとこちらを見つめ言った。案外まつ毛が長く、丸い目をしている。
「空を見上げてください」
「そ、そら……?」
顔の横で人差し指を空に向けて言うゴードン。言われる通りに空を見上げる。太陽がまぶしい。
「ほれ、顔の影が落ちましたぞ」
そう言うゴードンを見ると、にっかり笑っていた。
「顔に闇を落とせば、心に闇が落ち、その人までも闇に落ちてしまうものです。だから少年。怖くとも光を見て生きなさい」
それは突然で、人からそんな生き様を教えてもらったことが無いムヤミには、それこそ眩しく照る太陽みたいな人に思えた。
しかしそんな感慨を言葉にすることもムヤミには出来ず、唖然としている表情を見たゴードンは膝を叩いて豪快に笑った。
「はっはっは! と言うのもですな、ここ数カ月程は人攫いが多く、貴殿のように見目が良く鬱屈とした、人と交流の無さそうな民はうってつけの標的な訳なのです」
「え、あ、え」
「それでは、私は人を探しておりますゆえ、これにて失礼致します。貴殿に光のあらんことを」
どうやらただの注意喚起をされただけのようだった。
それからもムヤミの小さな旅路はのろのろと続いた。
進むに連れて建物の並びは整理され、真っ直ぐ伸びる大通りが増えて馬車の通行量も最初の場所の比ではない。そしてここまで来ると亜人の姿はほとんど見当たらず、いるとしても街並みに引けを取らない身なりの者だけで、いよいよ貴族の街だなという感慨が湧いてきた。
ということはだ。今のムヤミの恰好は平民の街で溶け込める服装な訳で、ここでは異物なのだ。
ムヤミは限りなく壁際を、軒下をびくびくと歩き出した。
戻って空気のように溶け込める場所で空気になっていたい想い。
先に進んでどこかの偉い人に会うことで自分のことが分かるイベントを起こしたい想い。
これがライトノベルやゲームなら、主人公は無鉄砲に進まなければならない。そうしなければ何も起こらない困った作品になってしまう。しかしそれはムヤミに一番向かない立場でもある。
一体、ムヤミは何を期待されてこの世界に転生させられたというのか。
せめてそれさえ分かれば。それさえ……。
辺りを行き交う紳士貴族の面々が、いよいよムヤミを通報しようかと考え始めた頃、小さな地鳴りが起きた。
「ひっ……なに、なにこれ」
顔をうっすら上げてみれば、周囲を行き交っていたはずの人々は、大通りの中心で一つの人だかりを作っているのだ。
何事かと立ち上がったムヤミもまた、それに引き寄せられるようにして人だかりの最後列に並ぶ。
「ありゃ団長様だな。何か事件でもあったのか?」
そんな呟きを耳にしながら背伸びをするムヤミ。なんとか見えるのは馬に騎乗した兵士の一団。その中でも一際異才を放つ人物がいた。
甲冑を纏った馬に跨る、純白の騎士。目の覚めるような金色の頭髪を風に靡かせる彼は、これまで見た誰よりも整った顔立ちの美青年だ。腰に提げる剣なんてどうみても、そこらの兵士の持つものとは比べるべくも無い伝説級のアイテムであろうことが窺える。周囲に立ち並ぶ兵士が数多くいるというのに、衆目は彼に惹きつけられて止まない。
それほどに存在感の違いを示す青年は大きく口を開いて、何やら演説めいたことをやっているようだが、ここからではよく聞こえない。一体何を言っているのだろうか。重要イベントの伏線を逃したくはないが……。
そうやって背伸びをして前に進もうとしたムヤミを疎ましく思ったのか、正面の貴族らしきリザードマンが肩を回してムヤミを払った。ムヤミはそれをまたも無意識に躱し、予想した手応えの無かったリザードマンはバランスを崩して転んだ。
「え、え、え、あ、ごご、ごめんなさ……」
「てめえクソガキ! なにしやが……」
声を荒げて怒りを露わにするリザードマンだったが、ムヤミの顔を見た瞬間、訝しむような面持ちに変わる。舌をしゅるとちらつかせ、首を傾げながらムヤミの顔をまじまじと見ている。
「お前……」
その様子にムヤミもまた首を傾げて疑問を浮かべる。
そんな混乱に割って入る者がいた。
側の人だかりが割れる様にして開かれた。そこから現れるのは、鎧をかしゃと鳴らし歩く純白の騎士。演説の美青年。
立ち止まり、何も言い出さぬ彼の存在感はムヤミを俄然怯えさせた。
「あ、あ、あの、あのえっと、あ、あ」
もはや言語機能すら失ってしまったムヤミ。
そうやって立ち竦むムヤミの正面に立って彼はようやくとうとう、口を開いたのだ。
「……よかった。人攫いに連れ去られたかと思って心配していたんだ」
安堵したような様子の彼に、ムヤミは怯えながら違和を感じていた。だからなんとか、それを聞いた。
「あ、あの……あなた、は?」
その問い掛けに怪訝な表情を浮かべた彼は「まさ、か」と零して言った。
「忘れたのか……? 俺を、エーリッヒ・エルギニアを……」
呆然と、感情が追いつかないような面持ちで、彼はこう叫び出す。縋り付くようにして。
「髪色が違う程度でお前を間違えるものか、思い出せ。お前は俺の……弟だろうが! ――ジルヴァート!」
それはおそらく、この肉体の名であった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
異世界で等価交換~文明の力で冒険者として生き抜く
りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とし、愛犬ルナと共に異世界に転生したタケル。神から授かった『等価交換』スキルで、現代のアイテムを異世界で取引し、商売人として成功を目指す。商業ギルドとの取引や店舗経営、そして冒険者としての活動を通じて仲間を増やしながら、タケルは異世界での新たな人生を切り開いていく。商売と冒険、二つの顔を持つ異世界ライフを描く、笑いあり、感動ありの成長ファンタジー!

異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる