りんねに帰る

jigoq

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第二部

第七十七話――来ちゃったノ

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 礼拝堂を出た二人。影が落ちる森の小道を走る。太陽が傾き始め、もう少しすれば世界は赤く染まり始める。

 自分で走れるから、と涙交じりに言うクィルナを下し、支援院の方を目指していた。

 そんな中、鼻水をずびと啜ったクィルナはエデン、と後ろから彼を呼んだ。

「んだよ」

 ぶっきらぼうな声が返って来る。

「こんな時に、言うのもなんだけどまた会えてうれしい」

「……はっ」

「照れてる?」

「うっせえ」

「照れてんだ」

「……うっせえ」

 間もなく、支援院が見えて来る。

 森を抜けたところで数体の天使が襲撃を試みたが、これら全てがエデンによって瞬く間に撃退される。

 地に伏したまま動かない彼らを横目に、二人は木の立つ丘へ辿り着く。

 そこにアリスさんはおろか、ユウの姿さえ見えなかった。どうしてか物置小屋は崩壊し、方々に資材が散らばっていた。

「やけに静かだな」

 天使を薙ぎ払ったエデンはそう零すと、本当に風が吹くだけの丘を越えて、私達は西館へ辿り着いた。エデンと一緒に、各部屋を見て回った。途中天使が、まばらに潜んでいたり窓を突き破ったりして襲い掛かって来た。気配も全く無いものだから、私はもちろん、その度に驚嘆を上げた。それをエデンが倒しつつ、訪れたのは病室。そこに子供達はいなかった。誰一人として眠る者はおらず、ベッドの上には仄かな温みのある乱れたシーツが寂しく残されていた。

「みんなどこ行っちゃったのよ」

 もう片方の病室にも誰かの姿は無く、忽然と姿を消した彼ら。思い当たるのはそこかしこに隠れていた天使達が連れ去った可能性。

 オルケノアって奴がここに来て悪さしてるって妖精さんは言っていた。天使達もその仲間だと言う。なら、みんなの連れ去られた場所にオルケノアと、あのペテロアって奴も……。

 病室の窓から、ふと外を見る。西館の影が本館へ掛かり、大きな崩壊を覆い隠すよう。

 ペテロア。私と同じで白金色の髪の毛をした、不思議な少女。天使のようで、天使でない存在。神だなんだと言われてもアステオ以外に神がいるだなんて、ちょっとやそっとじゃ信じようが無い。確かに彼女は本館を半壊させたし、人間離れした雰囲気だって持っている。それでも林檎のパイを頬張る彼女はやはり、初めての味わいを堪能し、共有したいだけの普通の少女に見えたのだ。ほら、今だって窓の向こう、本館の壊れた壁から覗ける彼女は、ただ普通に、廊下に、横たわるだけの、なんら変哲の……無い……。

「……見つけた!」

 驚きと同時に上げた声につられ、エデンもそれを見た。

 崩壊によってさらけ出された本館の廊下。そこに横たわる少女。

 窓を開き、飛び出せばすぐにでもあそこへ行くことは容易だ。実際、エデンは既に窓を突き破るための突進を繰り出していた。

 そして容易に砕け散る窓。病室に向かって、私の肌を薄く引き裂きながら散乱するガラス片。私の脇を通り越して後ろの壁に叩きつけられるエデン。何が起こったなんて、見れば分かることだった。

「……来ちゃったノ。クィルナ」

「なんで、あんた」

 一瞬にして崩壊した窓辺。そこに立つのは、やっぱり羨むほどに整った顔立ち。大きくて丸い綺麗な瞳。少し印象が違うのは、髪の毛が薄紫色だからだ。

 見間違うはずは無い。だって、一年少し一緒に暮らした仲間のはずだ。だからこそ、この状況に理解が及ばない。だって、彼は。

「なんでリンディーが、そんな登場の仕方してんのよ。だってそれじゃまるで……」

 妖精さんの言ってた、アイツみたいじゃないの。

「逃げろォ……クィルナ!」

 声と同時に背後の壁が爆ぜ、隣を凄まじい速度で飛び出していった存在。エデン。リンディ―に向かう槍は、彼の首を迷いなく狙う。

「まっ……」

 待って。と言えないのは、あまりの速度に追いつけないからでは無い。なんとなく、理解出来たからだ。

 大きな黒い鎌で、槍を受け止めるリンディ―。彼の正体は――。

「てめーをぶっ殺す! オルケノア!」

 エデンの叫びが耳朶を打つ。

 信じがたい真実の肯定として。


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