りんねに帰る

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第二部

第七十六話――虚ろの礼拝堂

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 エデンの圧倒的な立ち回りに、四人の天使は為すすべなく力尽きた。

 決着は一瞬だった。四人の天使が一斉にエデンへ襲い掛かったかと思った次の瞬間、彼らの体はバラバラになって床に転がっていた。もうどれが誰の体なのかもわからない。それらが光に包まれる様子は一向に無く、しんとした礼拝堂でようやく私達の危機が去ったことを知った。

 エデンが光の槍を手放すと、それは床に落ちるよりも早く光の粒に拡散して空中に溶け入るみたいに消えた。彼がこちらを向く。

「クィルナ、怪我無いか」

「無い、ことも無いけど、だいじょう……あれ?」

 彼に言われて、ガラス片を投げる際に切った手のひらへ視線を落とす。するとどうしたことか。その傷はすでに浅黒い傷跡へ変わろうとしていた。

「なんでこんなに早いのよ」

 驚きこぼした、聞いたつもりの無い言葉に彼が答えた。

「それは……あとで説明するから、今はそういうもんだって理解してくれ」

 何か知っている様子のエデンにまたそれか、とも思ったが、そんなことばかりだったし、実際治った怪我を気にしている暇も無いことは確かだった。
 
「――がは」

 体内に溜まる血を押し上げる空気の吐き出される音。アステオ像の足元で、テンラは血を吐き倒れていた。

「妖精さん!」

「テテ……妖精さん?」

 駆け寄るクィルナ。その後ろから「妖精……?」と不思議そうな面持ちのエデン。

 テンラはうつ伏せの体を転がし、仰向けになる。散らばるステンドグラスの破片が背を切り刻むが、自身は知らん顔で口角を上げている。

「ねえ、大丈夫なの? これ」

 側によったクィルナがテンラの顔を覗き込んで言う。その表情は不安げな、心配そうな面持ちだ。一歩引いた位置でエデンも止まり、場の行く末を見守る。

 すると、彼からは想像も付かないくらい掠れた声が返って来る。

「……ぁあ、これ、ダメっぽいな。霞んで見えるや」

「そんな……。ねえ、なんとかできないの?」

 振り返るクィルナはエデンに縋るような声音で言った。

 「あんたってほら、神様の子供なんでしょう?」

「……無理だ。天使の力で壊れた魂を直す方法は無い」

 本当はあるけれど、それをしたところで人としては死と変わらない。言ってもしょうがない。

 それに、こいつは……。

 エデンが言葉を飲み込んだのと同時に、テンラが掠れた笑い声を上げる。クィルナの視線が再びそちらを向く。

「何やってんだい。死に損ないに構ってる暇は無いだろうに。ほら、さっさと行ってくれ」

 手を払ってしっしとやるテンラ。

 こんな時まで変わらない態度に、クィルナは泣きそうな腹立たしさを覚える。

「だ、だってあんた、私達の為に、こんな……!」

「馬鹿言うなよ。こりゃあ僕の宿命だ。それにほら、僕が死ぬわきゃあ、無いだろ」

「死にそうじゃ、ないの」

 顔面蒼白の彼は、ガラス片に切り刻まれた背中からじくじくと血の海を広げていた。もう、どこを見ているのかわからない。

「そうだ、エデン。ペテロアが死にかけている。クィルナを連れてけ。鬱陶しくてたまんないや。最後くらい静かにさせてくれ」

 その言葉に、クィルナとエデンは驚いた。嘘だ、と思ったからだ。あの暴虐を簡単に巻き起こした彼女が一体どうして死にかけるというのか。

 しかし、次の一つの言葉で、エデンは真実だと確信する。

「オルケノアがいる」

 テンラがその言葉を言い切るかどうかのところで、エデンはクィルナを抱えて出口へ向かいだす。

「ちょっと、何すんのよエデン! 妖精さんが!」

「オルケノアだぞ。俺を操ってた奴だ。アリスも危ない」

 その言葉にようやく、事態の悪さを理解したクィルナ。千切りそうなほど唇を噛み締めて、テンラに別れを投げかけた。

「妖精さん……! ありがとう、忘れないから!」

 そんな声のこだまが消えるのさえ待たず、彼らは礼拝堂を後にした。

 そしてまた、そこは冷たく静かな礼拝堂。散らばる天使の四肢。虚ろに見降ろすアステオはもういない。

 ……。

「……」

 ……。

「……」

 ……。

「……」

 ……。

「……」

 ……。

「……く」

 ……。

「……くくく」

 ……。

「くぁははははは!!」

 満たされた静寂を破るのは、やはり醜悪な笑みだった。

「僕が死ぬだなんて……くくく、とんだ笑い話だぜ。なあ、“みんな”」

 一人、淡い光に包まれた男はまた、踊るような歩を進む。影の大鎌を遊ばせて。

 虚ろに見降ろすアステオは、もういない。


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