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第二部
第七十一話――つまらなそうな声
しおりを挟む始まりは、つまらなそうな声だった。
「上手くいったカ」
何かをやり遂げたような言葉をこぼすのに、何も得られていないような薄暗い声色。そんな存在の正体に気を惹かれ、俺はまぶたを開いた。
「やア、おはよウ」
「……」
目の前にあったのは、まるで心の機微を感じない、声色通りの退屈気な顔を仮面みたく張り付かせる、暗い少年だった。彼の纏う深い黒の衣服は胴体に被せただけのような粗雑な着方で、服の役割を全うするにもギリギリに思える。覗き込む彼から垂れ下がる薄紫の毛先が顔に掛かって、くすぐったかった。
「なまエ……」
「……」
彼はぶっきらぼうに、ガサついた声でそう言った。意味は分からなかった。考えようともしなかった。この頃の俺には、意思や自我、思考するってことさえも許されていなかったから。
彼はしばらく黙り込んでいた。しかしそれは、こちらの返答を待っていた訳じゃなく、考えていたらしかった。
「ディラン」
その一言を残して、彼は俺の眼前から顔を退けた。それが許可なのだと俺は思い、上体を起こした。そうして俺は、初めてその世界を認識したんだ。
広がるは不毛の荒野。星ひとつ無い夜空にでかくて白い月が一つ浮いていた。そんな世界を暗い少年は、ざりざりと、素足で歩いていた。いつの間にか俺の片手には大きな鎌が握られていた。それらに何の疑問も抱かずついて歩いた。ずっと歩いた。その間、会話はひとつも行われなかった。
しばらく、本当にしばらく歩いた先、辿り着いたのは町だった。そこは死神の町。死人みたいに生気の無い奴らが、フードを被りこんで影のかかった暗い顔で歩き回るだけの町。そこに俺を置いて、少年は消えた。それからどれだけの時間をそこで過ごしたかは分からない。ただ、体が勝手に動き出すまでだ。町でふらふらと歩き回るだけの生活を続けて、それが途端に人界へ降りて人間の魂を大鎌で刈り取り回収する。終界に戻れば光の渦にそれらを落とす。それの繰り返しを、思い出せば思い出すだけ、途方も無いほどにやらされた。けど俺は、それに何の反感も抱かなければ、仕事に対するやりがいなんてものを感じることも無く、本当の無心で、動き続けた。自分に対する興味や知識さえ持たないまま、自分は死神だと理解し、無意識で存在しているだけだった。しかし、そんな日々に突如、奴は現れた。
あれは魂を回収する仕事が終わり、いつものように死神の町を徘徊していた時だった。
俺は立ち止まり、目の前に突如出現した奴を見ていた。
「……あははぁ、みつけたあ」
感情の無い死神だというのに、どうしてかその声だけは嫌に粘ついて聞こえた。しかしそれで感情や行動がどうこう変わることは無く、俺はその変なのを避けて脇を抜けようとした。するとそいつは俺の腕を信じられないほどの力で掴んだ。腕からは、骨が砕けて肉の潰れる音と同時に、修復の光が漏れ出していた。
奴は口角を上げ、かっぴらいた目をこちらへ極端に近づけて言った。
「やあ、君はディランというんだね、ああなるほどね、ペテロアのね……、ああなんだいオルケノアめ、やっぱり詰めが甘いや、それなら……、ああ! いい! いいなこれ! いいなああああ!!」
彼はどうやら、神格のチカラを使い、俺の魂を覗いているようだった。しかし、段々と俺の抵抗する力は増していき、終いには自らの膂力で掴まれた腕を折り、千切ってまた歩き出した。あの暗い少年による命令を、死神は何が何でも遂行しようとするから、それによる結果だ。修復の光に分解され、こちらへ戻ろうとする腕を握り締める彼を振り返ると、こちらをまた卑しい笑みで睨め付け言うのだ。
「ディラン、氷が解けたら、僕の元においでよ。とってもとっても楽しいことになるぜ……!」
そう言った彼は、開かれた空間の狭間に身を沈めた。一瞬たりとも外さぬ視線が不気味だった。
それからまた長い時間が過ぎた。死神の町を徘徊していた俺は、ふいに視界の端に留まったものが気になった。石ころだ。
それは軽くて、硬くて、でも思い切り握ると割れるみたいに砕けた。その淵が手のひらを切った。光に包まれて修復される傷口を見て思った。
痛い。
それと同時に気付いた。俺は顔をしかめていた。
初めてのことだ。表情が動いた。“痛い”と考えた。そして何より、俺は町の徘徊をやめていた。
辺りを見回してみれば、フードを深く被りこんだ死神達が、変わらず、ざりざりと素足で地を擦って歩いていた。どうしてか、俺はその光景に吐き気がした。どうしてかはわからなかった。ただ地面に手を突いて嗚咽したことだけを覚えている。そうしていると、また体が勝手に動き出した。少年の命令だ。少年は死神を管理する神格だった。俺の体はそれの命令で勝手に動き、また人界へ降りて、人の魂を刈った。そして終界に戻ればまた死神の町を徘徊する。自分の体が自由に動くのは、本当に時々だった。しかし俺はその度に町を見て回った。他の死神を見て、交流を図った。しかし彼らに意思は無く、引き留めても段々と強まる力に最後は振り払われる。とんでもなくつまらない、辛気臭い町だと思った。しみったれている。
本当に長い間、この町で俺は、孤独だった。
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