りんねに帰る

jigoq

文字の大きさ
上 下
56 / 83
第二部

第五十六話――物語の先で

しおりを挟む


「題して……滅びゆく物語。といったところですかね!」

「う……うぅ……」

 やっと終わった。やっと終わったのだ。めっためたに長かった。彼女の語り口調は壮絶な程長ったらしかった。

「如何でしたか私の神話は! いやあ、語り聞かせるのも数千年ぶりで、うまく出来たかどうかという感じなのですが、如何ですか如何ですか!」

「いや……如何と言われても……」

 怒涛の語りの後だと言うのに、彼女は疲れを微塵も感じさせないどころかより元気にすら思える。ていうか数千年ぶりとか言った?

「天輪丸……というか、ペテロアっていうんだっけ? あなた」

「ええそうです! 天輪丸とはずばり、アリス・ソラフの興したアステオ聖教支援院で身を隠す為の偽名なのです!」

 と仰る天輪丸ことペテロアさん。これまで信じられないほど長く語った神話(体験談)の中で彼女は、自らを天界の神格ペテロアだと言っていた。

 ううんわからんわからん。全部聞いたところでわかんないし、物語の中の天輪丸でさえよくわからん神格やら天使やら悪魔やらに振り回されてたじゃない。

 そもそも天界って何? 終界? 死神? 天使がいっぱい? それが人間みたいに暮らしてた? 神格は七柱いるって? そいつらが暴れ回って、天使も死神もみぃーんな死んだと? アステオ聖教会の歴史とおんなじくらいの眉唾物語だ。しかし目の前の彼女が生き証人とも言えてしまう現状、信憑性では幾分かこちらに軍配が上がる。

「あれ~? やはり久しぶりでは勘が鈍ってしまいましたか? うーむ……やはりここはもう一度やり直させていただき……」

「面白かった! とっても面白かったよ転輪丸! 支援院で読んだどんなのより面白かった!」

 これだけ疲れているのに、すらすら出てくる言葉達。火事場の馬鹿力とは、こういうのを言うのだろうか。

「むむ、本当ですか! そこまで面白かったですか! それではもう一度聞かせて差し上げましょう! これはかつてあった物語。かつてあった神話――」

「わーわーわー! ところでこの人誰なの天輪丸! あなたが話してる間に起きたみたいだよー!」

「――えっ、ここで俺に振るのかよ! ていうかここまで触れなかったお前もすごいな」

 そう、彼は起きていた。

 起きたのは……時間はよくわからない。確か……テテギャ? とか言うのが出てきて、その辺りでむくりと起きた。赤い髪の毛が天に向かって逆立っている。どんな髪質?

「おや、いつの間にやら起きていたのですね。気付きませんでした。言って下さいよもー」

「あー、わり」

 あれ、言ってたよね? その人起きた時に「ん、おはようさん。おーい天輪丸? あれ、おーい! ……ああ、こりゃあ入っちまってらあ」って言ってたよ天輪丸。もうこの人も諦めちゃってるけど。

「そんで天輪丸。この嬢ちゃんは誰だ。あんまし人に知られちゃならねえのが俺なんだが」

 彼はアタシの方を見てそう言った。ここまでの彼の態度とは打って変わり、その声色は酷く冷たい色だった。

 だのに、それに答える天輪丸は相変わらず緊張感の無い声であっけらかんと言った。

「ああ、彼女はレリィナです! 中身はチェルヨナと言って、あなたにはこっちの方が馴染み深いですね、オルミ!」


「チェル……ヨナ……」

 そう訝しげに復唱する彼――オルミ。彼はアタシの正体を知っているのか。アタシも知らないと言うのに。

 オルミの眉間に皺がグッと寄せられ、すうっと消える。そして口を開いた。

「あー! あれなー! ……ってなるかあ! あんたの話は俺もよくわかんねえんだよ!」

 ノリツッコミした。この人ノリツッコミするタイプの人だ。さっきの様子と落差が激しいけど、結局今どういう雰囲気なの。

 何も進まない状況を打開すべく、アタシもその会話に参加する。

「ちょっと、アタシにも教えてよ。その人誰なの?」

 それに答えるのは、もちろんあっけらかんとした声だ。

「彼はオルミですよ。かつて起きた事件の被害者ですね。確かマイグリーが話してましたよね? 首だけ死体のこと!」

 確かにマイグリーが話してた。結構前な気はするけど、話してた気がする。しかし、それはどういうことだ? オルミが事件の被害者? 首だけ死体のことと関係あるの? だってオルミは平気で生きてるし、何のことだか全くわからない。何も状況を打開できなかったじゃないの。

「それじゃよくわかんねえだろ……」

 当人からの援護があるも、天輪丸には取り付く島も無い。

 頭をうんうん捻っていると、彼女は「さて」と言って、洞窟の奥を見た。

「それではそろそろ向かいますかね!」

「どこに行くの?」

「それはもちろん、アステオ聖教支援院に決まっています!」

 そう言って彼女は歩き出す。のっしのっし意気揚々と。

「やっとか。だいぶ待ったぜ」

「ちょっと、待ってよ。こっちは何にも納得出来てないってば!」

「え~! レリィナは物分かりが悪いですね……」

「いやいや、当たり前だろよ。俺は兎も角、この子にとっちゃただ話をされただけなんだからな」

 そうだそうだ。もっと言ってやれ。こっちは病み上がりだぞ。なんならやっぱり一回死んだし。

「むう……」

 アタシとオルミの態度に、天輪丸は顎に手をやって難しそうに息を吐いた。そうして一言、仕方無いですね、と零してこちらへ歩み寄る。

「これってやったこと無いから負担に耐えられるか分からないのですが、多分大丈夫ですよね? チェルヨナ姉さまっ!」

「へ?」

 天輪丸は椅子に縛られたままのアタシに近寄ると、頬を両の手のひらで挟み込み、ずいと瞳を覗き込んだ。

 またこれだ。支援院で初めて会ったあの日も、彼女はこうやってアタシの瞳を覗き込んだ。まるでアタシの何もかもを見透かそうとするように。だけど、ここでは、そんな心地じゃなかった。

 灰の瞳が収斂する。

 どうしてか目を離せない。

 まるでその優しい瞳に吸い込まれるようで。

「知るのです。自分を。その先にある、あなただけの選択を――」

 彼女のそんな言葉だけが耳朶に響いて、消えていくのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...