りんねに帰る

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第二部

第五十四話――「かつてあった私達」

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「……」

「むー」

 難しい顔だ。眉間に皺を寄せ、こちらを見つめる灰の瞳はぎゅわんぎゅわんと収斂を繰り返す。瞳の煩さは置いておいて、何やら難しそうなことを考える彼女は「むむむ」や「むー?」などと唸っている。首を捻って、その六翼で宙を舞って、それでもその瞳がこちらから逸らされることは無い。多分アタシも、こんな風に眉間に皺を寄せていることだろう。顰めっ面だ。

「……ふご……うん~……」

 そして時折、隣からいびきのような音が鳴る。それの正体もアタシはわかっていた。だってちょっと目ん玉を回せば、視界の端に映り込む。それは男だ。椅子に縛り付けられるアタシのすぐ隣には、何の拘束もされていないのに、岩肌に大の字で横たわってすやすやふごふごと眠る男がいた。ぼろぼろの服装を見るに、貧しいとかそんなまともな理由でこの状況に陥ったのでは無いとわかる。経年劣化というには布地のダメージが場所によってだいぶ違うから。

 そんな様子を再再再再再再々確認してまた視線を戻すと、彼女は未だにこちらをじろじろ見ている。視線で穴でも開けようというのかこの子は。

「ねえ……」

「…………むう」

「ねえったら」

「んーー~~……んんん」

 こちらの言葉に応じる気は無い……のかもよくわからない。六翼で、どうやっているのかは知らないが、こちらを変わらず見つめる瞳を中心にしてぐるんぐるん空中で回っている。こんなことしていたら、まともにこちらの声も聞こえないんじゃなかろうか。しかし、ずっとアタシは顔を顰めている。その原因も彼女だが、それはこちらを強く見つめる瞳とか、浮いて高速回転をすることとは別の要因があるからだ。ツッコミどころは多々あれど、まずはこれをどうにかしないことにはこちらもまともに目が開かない。

 少し声を大きめに出して言ってみた。

「ねえ! 聞こえる!?」

「ん~。おや?」

 彼女の顰めっ面が少し和らぐ。それが耳を傾けた証明だと信じ、彼女に文句を付ける。

「ねえ、その輪っか、眩しいんだけど」

「……この輪っかがですか?」

 びたんと、何かが引っ叩かれたような音を立てて彼女の回転は急停止した。どんな勢いで回っていたんだか。しかしようやく聞いてくれたのだから、アタシは兎にも角にも。

「なんか、もう少し暗めにならないの?」

「このくらいですか?」

 しゅうぅーん。そんな効果音と一緒に、彼女の頭上に浮き、嘘みたいに光り輝いていた輪っかはちょうどいい燭台くらいの光加減へと変わる。昼の草原みたくなっていた洞窟は、途端に洞窟然とした暗がりとなる。

 ――ここは洞窟だ。何がどうしたのか知らないけれども洞窟だ。知らない男が地べたで寝ていて、荒縄で椅子に縛られたアタシ。そして目の前の、再び回転をし始める彼女。

「――ねえ天輪丸。ここはどこなの」

「どこかと言えば、洞窟としか」

「そう……」

 洞窟だ。やっぱりここは洞窟だ。多分アタシを連れてきて縛り付けたであろう天輪丸も言っているから間違いない。

「ふごがっ。んん……どうくつぅ……」

 呑気に眠る男ですら言っているから洞窟なのだ。どこかの洞窟なのだ。

「アタシなんで生きてるの?」

「そりゃあ、あなたはチェルヨナ姉様だからです……って言ってもあなたは何も知らないんですが。むう~」

 再び唸りながら、彼女はようやく地に足を付け、手をぽんと叩いた。

「では、説明しましょう!」

 そう言った天輪丸は、ゆっくりとアタシと男の周囲をぐるぐると回り始める。それに合わせ、アタシの影もぐるーっと回り始める。

「私の名前はペテロアと言って、天界の神格です。天使達より上の位なのです。あなたは魂の神格チェルヨナ姉様です。あなたがなぜか蓄えていた魂がたくさんあったので、それを解放しました。当ては外れたみたいですけどね。それと心配しなくても、あなたはちょっとやそっとじゃ死にません。チェルヨナ姉様ですから!」

「ちょ、ちょっとまって! 訳わかんないよ天輪丸! ペテロアってどういうこと? 神格って何なの? 魂の神格とか天界の神格って? 神はアステオじゃないの? 天使達って、天使は一千年前に降臨した天使以外にもいるの?」

 説明といいながら訳のわからない単語を滝のように放出し、最後にはチェルヨナ姉様とかいう訳のわからない人物に全幅の信頼を寄せて締め括った天輪丸。それに向けて、こちらも負けじと質問を投げつける。「なんとまあ……説明とは面倒ですね……」と顎に手をやった天輪丸が、アタシの前方を横切り、また後ろへ回って行く。

「アタシ、どうして死なないの? 傷は? だって、天輪丸に、空中で……」

 それは思い出すのも憚られる光景だった。天輪丸の腕で確かに破られた胸の辺り。それの傷跡や痛みといったものは、目覚めて以降一切感じられなかった。そういえばそうだ。その直前には足の骨折もいつの間にか治っていた。一体、どうなっちゃったのアタシの体。

「そうですねえ……。ではではこうしましょうか。レリィナ、あなた、物語はお好きですか?」

 思い付いたと言うような声色で、天輪丸はアタシに聞いてきた。唐突なそれにちょっと面食らいつつ、アタシは口を開く。

「……物語は好きよ。図書室の本だって全部読んでるんだから」

「なるほど! 私も物語は大好きです! 永く退屈なお役目果たしですから、暇つぶしにちょうどいいんですよ!」

 アタシの返答に対して何倍ものテンションで返してくる天輪丸。アタシは知っている。どこかで聞いたことある。オタクというやつだ。好きなことの話になるとタガの外れる生き物。おーい。戻ってきてー。

「それでそれで……っとと、脱線しましたね。それでは一つ、昔話をいたしましょう」

「昔話?」

「説明というのはどうにも面倒です。なので物語好き同士ということなら、語りましょう。この世界を」

「……わかったわ。知りたいもの。なんでアタシがここで縛られているのかとか」

 どうせそれをそのまま聞いたところで、天輪丸はまた訳のわからない言葉を垂れ流すだけだろう。それに天輪丸からは悪意とか害意のようなものは感じない。あったら既にアタシを引っ叩くなりしているはずだ。一回殺された気はするけど、死んで無いからとりあえずノーカン。今はただ、その話に耳を傾けるのだ。

「それではどうぞ傾聴ください。これから聞かせるのは、かつてあった物語。かつてあった神話。今と地続きの破滅の物語――」

 天輪丸は語り出す。影と彼女が対を成す洞窟で。

「どうくつぅ……」

 彼という謎を残したまま。


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