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第二部
第三十四話――風よりも早く
しおりを挟む『進撃のカティ』から更に半月程が経った頃。カティ姉はあの手この手でウェイドに近づき、その度キラキラとした笑顔にやられてしまうことを繰り返していた。アリスさんがそのことを知った時、アタシ達はどうやってアリスさんガードの発動を阻止するかといった作戦を考え、実行し、見事に全てを突破された。そしてカティ姉の前に立ったアリスさんはこう言った。
『カティ、あなた香水とか付けてみてはいかがかしら』
いやアドバイスするんかい。今までのアリスさんなら「カティ、淑女たるもの節操を持って過ごしなさいな」と言ってウェイドへ近づかないよう注意したというのに。やはりアリスさんも、一時期とはいえ支援院でお世話した子が何処かのおじさんのお嫁に行くのは嫌だったのだろうか。
あ、ちなみにカティ姉は半年くらいだけど支援員でアタシ達と同じように暮らしていたことがある。成人してからは行く場所も無いとかで、支援院に雇ってもらったということらしい。アタシより後に入ったけどアタシより先輩って感じの人なのだ。
何はともあれ、カティ姉はアリスさんのアドバイスを実行し、ウェイドにアタックを仕掛けている。その後どうなっているのかはあまり知らないけど、仲は良いみたい。ポロロッカさんとは別で個人的に遊びに来てくれるようにもなった。ちなみに、ウェイドは料理も相当な腕前とのことで、胃袋を掴むのは難しそうだ。がんばれカティ姉。
「……ナ、……ィナ」
さて、カティ姉の恋路も然る事乍ら、気に掛かることはもう一つあった。それはもちろん、クィルナの昏睡だ。
クィルナは依然目を覚ます気配無し。しかし、容態は安定しており、というか、これ以上良くなりようが無いくらいに体の方は万全であるらしい。目覚めないことが不思議なくらい。お医者さんもクィルナの検診をした時、「え、なんで?」なんて素になるくらい驚いていた。あり得ないほどの治癒力だとか。体の方は大丈夫だから、後は意識が戻るまで毎日呼びかけてあげてくれとのことだ。だから毎日クィルナにお見舞いする当番も増えた。アタシは当番じゃなくても毎日行っている。クィルナの好きなカルニィルを焚いて、その日あったことを話したり。出来るだけ筋力が落ちないようにということで、当番とは別に、アリスさんが毎日クィルナをマッサージしている。
カティ姉の恋路の裏ではそういうこともあった。アタシの怪我? そりゃあもちろん、治っている訳もなく、未だに杖をトントンついて歩いている。ただ杖の扱いが上達しただけだ。杖の先っちょでお手玉だってできちゃうかも。いやまあ、流石に冗談だけど。
「レリィナ!」
「ふひゃい!」
な、なんだ!?
「ふひゃいじゃないでしょうに。レリィナ、それに皆さんも。今回で聖教会の歴史もおしまいですわよ。うつらうつらしていないで、しっかりなさいな」
何度やって来たか分からない授業もこれで終わるという。流石のアタシも眠ってしまっていたみたい。だけどそれも仕方の無い事だと思う。もう何にも見なくたって聖教会の歴史を諳んじることも出来るほどだもの。それはもうアタシが歴史に興味あるからとか、そんなの関係無く、あのめんどくさがりのラパムですら、問われたのならぱぱっと答えられるだろう。
「それでは天輪丸。祖の祈りを暗唱して下さいな」
名を指され、すっくと立ち上がる天輪丸。ばっ、と腰に手を当て「良いでしょう!」と高らかに声をあげる。元気だなほんと。
「では失礼して。コホン……『理解しましたアステオ。我ら咎に生きる使徒。開闢より贖いを道とし、後悔を草鞋とし、罪の轍を歩む使徒。咎の隣人である我らは贖罪を持って罪に満ちるこの魂を虚に帰す。どうぞお待ち下さいアステオ。星よ虚よ。我らをお咎め下さい。アステオ、それが貴方であるならば』……以上ですね!」
「はい、お見事ですわ」
今天輪丸が暗唱したものは『祖の祈り』と呼ばれるもので、この国では聖教会の歴史に加えて、やはり一般常識の類である。『祖の祈り』がどういうものかと言えば、それはアステオ聖教会の起源に繋がる。千と数百年程前のことだ。今でいう『祖』が、腰布一枚で山の頂上に登った際、空から星が落っこちてきたらしい。既にツッコミどころ満載だが、まだまだ。彼は落ちてきた星をその身で受け、アステオという神様からの啓示を受けたと言うのだ。そしてその時に彼の発した祈りの言葉が、通称『祖の祈り』ということらしい。
……むっちゃくちゃだ。星が落ちてきて、しかも人に当たって、啓示って。しかもその直後に出る言葉がお祈りって。あまりに豪胆だ。アタシなんてそれで足を折ったというのに。そして神様の力技には感服いたします。てかなんで山頂登ってたのその人。腰布一枚で。などということをアリスさんに聞いたことはある。すると「そういうお話だと思って聞きましょうか。この調子では何も進みませんわ」と授業の進行が優先されてしまう始末。まあ、そのおかげで創作の物語程度に楽しめてはいるんだけど。
「それでは……ユウ。次は罪人達の祈りを」
お次はユウ。順番で言えば、天輪丸に次いでの新入りだから選ばれたのだろう。
「えっと『名も無き祖よ。咎を分けし罪人よ。君の罪が世界を包み、ようやく我らは清らかであれる。我らを見咎め下さる主よ。彼の虚なる魂が御許へ行くことをお許し下さい。星よ虚よ。それが貴方であるならば』……だっけ」
「はい。ユウも正確に覚えてますね。上出来ですわ」
ユウが言ったのは『罪人達の祈り』と呼ばれるもの。打首に処された『祖』へ向けられた祈り。またの名を『祖への祈り』とも。
どうして『祖』が処刑されたのかと言えば、啓示を受けた『祖』は故郷の街へ帰り、罪人達に教えを広めたという。それが洗脳だとされ、彼は国王によって処刑されたらしい。『罪人達の祈り』とはその名の通り、教えに感銘を受けた罪人達の祈りである。罪人達の中から上手く逃げ出したり、刑期を終えた者達がその教えを広め、次第にアステオ聖教会としての組織が出来始めた。そしてもう一つ、常識的且つ、普段よく口にする祈りの言葉がある。
「それでは最後にリンディー。最後の一つ、もうおわかりですね?」
「『我ら咎に生きる使徒。開闢より贖いを道とし、後悔を草鞋とし、罪の轍を歩む使徒。今一度、この身を罪で満たしますことを、尊大なる御心でお咎め下さい』です」
「そうですわね。いつもワタクシが食前に唱えるお祈りの言葉ですわ」
いつもアリスさんがいただきますの前に唱えるお祈り。これから命を取り込むから、神様咎めて下さいという意味。祖の時代から始まるお祈りで、長い時間をかけて伝えられてきたものだ。こう、改めてお祈りの言葉を聞き返してみると、咎とか罪とか贖罪とか、なんか暗い。歴史に星が落っこちてきたとか、天使が降臨したとか、そんなのが無かったら鬱になりそうだ。
「では……カリガド」
「ん、なんですか? アリスさん」
そして次に名前が呼ばれたのはカリガド。カリガドは歴史も祈りも覚えるのが苦手で、新しい子が入ってくる度に大体忘れてる。授業中も寝ているとかではないのに、頭に全く入っていないような様子だ。多分、なんかをいじること以外に一切の興味が無いのだ。流石は配管殺し。その異名は伊達じゃない。
「ええっと……そ、それでは、アステオ聖教会の初代教皇の名は……?」
「知らないな。アリスさん、その人なんて名前ですか?」
「はあ……カルラ・ガドです。 聖教会の歴史においては、祖の次に重要な人物ですわよ」
「あー! そうだそうだ。カルラ・ドガ。思い出した」
「……ガドです」
「やれやれ」なんてカリガドが頭に手をやっている。ホント、興味の無いことはとことん覚え無い。今出てきたカルラ・ガド。ほんっとーに重要人物で、覚えてないって結構凄いレベルだったりするのだ。
千年前、天使降臨の際、丁度洗礼を受けていた人物こそがカルラ・ガドである。彼は降臨した天使と共に、当時多くの派閥に割れ、色々と過激だった聖教会信徒の殆どを統一。そしてこのヨナグを興し、教皇として統治したというメチャクチャ凄い人なのだ。特にアリスさんの授業ではこの人が何度も出て来る。脈絡無しに語りだすこともあるくらい。アリスさんの授業を受けているなら尚更忘れる訳が無い人物である。今日だって授業の半分はその人の話だった。結局、カリガドは凄いということだ。
でも、なんでアリスさんはカルラ・ガドが気に入ってるのか良く知らない。そもそもアステオ聖教会の信徒でも無いらしいのに授業出来るほど詳しいし、慈善施設を運営する為の支援までしてもらったり、考えてみれば謎の人だ。ともかく、聖教会の熱心なオタクであることは間違いない。
「えー、聖教会の歴史の授業は今回までになりますわ。覚えなくてはならないものでもございませんが、覚えておくと便利なので、復習もしておいてくださいな。特にカリガドはせめて、カルラ・ガドの名前だけでも覚えて下さい……」
頭を抱えるようにして溜息を吐くアリスさん。お疲れ様です。カリガドも何度か授業を繰り返してるはずなのに。「こほん」と咳払いを一つ置いて、姿勢を直したアリスさんは再び話し始める。
「これにて今日の授業は終了になります。この後は当番ですが、今日は全員でそれぞれの場所に向かってくださいね」
「え、どうして? 自由時間減っちゃうよ」
そうだそうだ。貴重な自由時間だぞ。もっと言ってやれジャリン。
「ほら、オーバードもなんか言ってやりな」
「ええ、僕は文句無いから……」
あんたは自分で言いなさいよハープ。
「ほら静粛に。皆の当番が終わる頃、芸人の方が来ますの」
「げい……にん?」
オーバードが不理解のつぶやきをこぼす。それにアリスさんはぽんと手を叩き、みんなの注目を集めながら言った。
「そう、芸人ですわ。街で話題となっていた方が来てくれますわ。どんな方が来るかは、楽しみにね」
それからみんなが当番に走っていくのは風よりも早かった。
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