りんねに帰る

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第二部

第三十一話――ポロロッカさんがやって来る!

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 ある時は配管点検。
 ある時は物資輸送。
 ある時は紙芝居屋。
 その者の名はポロロッカ・オージ。御歳八十に迫る老人だ。息子さんはアステオ聖教会の神父を勤める。もうすぐ二十になるお孫さんを持つ。アステオ聖教支援院でアリスさんの手伝いをしている内に雇われ、大抵のことはしてくれる便利屋さんになった。そして今回ここに訪れたのは、頼まれた仕事を遂行するためだ。

 そこは街から支援院へを繋ぐ小道が伸びる草原。支援院前の広場から見える遠くの方の小道、ぱっかぱっかと音のしそうな足取りで、大きな荷馬車を引く大きな馬が見える。その馬を御者台で制御するのは白い髭の老人。彼が大きくこちらへ向けて手を振っている。

「あれが噂に聞くポロロッカという人物ですか。なかなか立派な髭を貯えていますね」

「そうだよ。ポロロッカさんはね、街を行ったり来たりしてこの支援院を支えてくれてるのよ」

 空いた手で庇を作って目を細める天輪丸。そんな彼女に支えられて支援院の正面広場に立つアタシ。他の子達もやんややんやとしながらポロロッカさんの馬車が到着するのを心待ちにする。

「良かったねレリィナ。今日はお爺さんが君の杖を持って来てくれるんだって」とカリガドが話し掛けてくる。

「うん! これでアタシもやっと一人で歩けるようになる」

「そういえば、カリガドはポロロッカと仲が良いのですよね? 彼はどんな人物なのですか?」と聞いたのは天輪丸。この二人が話しているところはあまり見たことは無い。でもカリガドのことだから、色々ずけずけと聞いたんだろうな。

「お爺さんはね、すごく優しいよ。 僕が興味本位でイジって全壊させた支援院の水道管も『ええよええよ。子供は元気が一番じゃからのう』って言って全部直してくれたんだよ。全身汗びっしょりで震えてたけど」

「それって驚きのあまり震えてただけでは」

 天輪丸、ご明察。
 それはかつて『配管殺しのカリガド』と呼ばれるようになった伝説の事件。
 支援院には、貯水タンクから伸びる水道管が根の如く配管されている。その調整バルブや接続部を、一夜にして跡形も無いくらいいじくり回した。翌朝、厨房でカティ姉が蛇口を捻ったと同時に全ての水道管が破裂するという奇跡的な調整をやってのけたのだ。それ以来、カリガドを一人にしてはいけないというルールが発布された。そしてそれを全て修理したのがポロロッカさんという訳だ。誰も頭が上がらない人なのだ。特にカリガドは。

「その後からだったかな。お爺さんが僕に仕事の手伝いをさせてくれるようになったのは。そのお陰で僕の水道管欲もだんだんと鳴りを潜めぶは――」

 ぶは?

「なんですか? この可愛い犬っころは」

 謎の語尾と天輪丸の声に異変を感じ、カリガドのいた方を見ると、白くてふわふわの犬が尻尾を振り回しながら、気絶したカリガドにじゃれついていた。

「あ、隊長だ」

「ほう、この犬っころは隊長というのですか?」

 そう、犬っころの名は隊長。ポロロッカさんの飼い犬だが、ポロロッカさんの元に常にいる訳でもなく、街と支援院の間の小道を走り回っている。カティ姉がよくブラッシングや餌やりをしたり、アタシ達と遊んだりしていたから、毛もふわふわで人懐っこくなったらしい。首輪に手紙をつけることで、ポロロッカさんとのやりとりをしたりする。カリガドへの当たりが強い。水道管の一件以来、カリガドを敵と判断したらしい。
 実は隊長と名付けたのはアタシとラパムとクィルナの三人だったりする。何年か前、アタシ達が探検ごっこをした時に「じゃああなた隊長ね!」といって首輪に隊長と書いた紙をつけて、隊長を先頭にして三人で支援院の敷地を闊歩したのが始まりだ。そのまま帰っちゃったから、ポロロッカさんが見て、名実ともに隊長となった。元々の名前とか、良かったのかなあ……。なんて今更過ぎる思いに耽っていると、先の予想通り、ぱっかぱっかなんてのんびりとした足音が聞こえてくる。

「ほーほーほーう。待たせたのお~。頼まれたもんを調達してきたぞ~」

 ポロロッカさんの到着だ。広場の中程に荷馬車が停められる。

「お疲れ様ですわポロロッカ様。急な頼みを聞いて下さって感謝いたします」

「これがわしの仕事なんじゃから、一々そう畏まらんでくださらんでええよアリス院長や」

 アリスさんの労わり言葉に慣れた様子で答えながら、御者台を降りるポロロッカさん。大きな帆布に覆われた荷台の方は既に子供達が囲んでいる。毎度毎度、何が入っているのか興味津々だ。ジャリンなんかはしゃいじゃってもう、ユウに持ち上げてもらっている始末だ。もちろん、いつもならアタシがいの一番に駆け寄って、それをクィルナが小馬鹿にしながら歩いてくる。

「私達も行きましょうかレリィナ」

 天輪丸に言われ、歩調を合わせて歩き出す。掛け声も無しに歩き出せる辺り、かなり慣れたものだ。未だ気絶しながら隊長にじゃれつかれるカリガドを置いて、荷台に寄る。すると、荷台を覆う帆布が捲られ、中から一人の黒髪の男が顔を出した。端正な顔立ちで、ニコッと笑って荷台から降りてくる。

「初めましてアステオ聖教支援院の皆さん。僕はウェイド・オージ。ポロロッカ・オージの孫です。よろしくお願いします」

 草地にふわっと着地すると、彼は綺麗なお辞儀と共に折目正しい挨拶を口にした。

「今日から爺ちゃんのお手伝いをすることになりました。なので今後も輸送や点検の際はお邪魔させていただきます。以後お見知り置きを」

「へえ。話には聞いてたけど、礼儀正しいのね。神父さんの息子なだけあるわ。オーバード、あんたもあの人見習ってかっこよくなんなさいよ」

「ええ、無茶だよ……」

 ナプラ姉弟がなんか言っているが、そんなことよりあのウェイド・オージとかいう男、なかなかのイケメンだ。アタシの好みでは無いけど、今後ここに来るのなら気をつけるべきだろう。――だってここ、アステオ聖教支援院には、出会いに飢えた狼が一匹、喉を鳴らして潜んでいるのだから。

「――あら、新人さんですか? どうも、私、このアステオ聖教支援院で働いております、カティ・オールズと申します。是非、今後ともよろしくお願いしますね」

 ほーら現れた。彼女はカティ・オールズ。出会いに飢え、アリスさんに首輪を繋がれる哀れな狼。ここぞとばかりに現れたカティ姉は、ウェイドが来ることを知っていたらしい。かぐわしい話し声。唇に紅を引き、睫毛をくいっと上げてある。あの髪の毛の艶と整い方。おそらく前日にヘアオイルを塗り込んでいる。アリスさんに黙って教会への支援物資要請蘭に書き込んでいたのをアタシは知っている。どうしよっかな。今度なんか買ってもらおうかしら。

「これは御丁寧に。カティさん、こちらこそよろしくお願いします!」

 カティ姉の気合いの入ったご挨拶にも動じないウェイド。ニコニコと向けられた視線の眩しさに、カティ姉がたじろいだ。これは難攻不落の予感。ていうかカティ姉攻めてるのに負けないでよ。

「ウェイド! 荷台を開けてくれい! ちいっと荷物が多いからの、皆で運ぶぞい」

「はい!」

 ポロロッカさんの声に元気な返事を返すウェイド。アリスさんとのお話もひと段落したようだ。ウェイドが荷台の帆布をバサっと翻す。すると中には大量の物干し竿とシーツが積まれていた。

「こないだの騒ぎって、物干し竿こんなにダメになったんだっけ」と疑問をこぼしたのはラパム。今日の髪型は立派な船舶。重たそうだ。

「今までのものもどうせ古くなっていたので、せっかくならと全て新調いたしましたの。ポロロッカ様には頭が上がりませんわ」

『こないだの騒ぎ』というのは、十中八九流星のこと。あの時クレーターの中でチリとなった物干し竿と洗濯物のシーツ達。その新品がようやく到着したのだ。よく見ると水桶もある。そういえばアタシ、あの時水桶取りに行ってたんだっけ。結局それも壊れちゃったのか。

「それではみなさん、物干し竿を一度物置き小屋に移動しますわ。一緒に運びますわよ」

「はーい!」とたくさんの返事がアリスさんへ返される。ウェイドの指示で荷台から荷物が運び出され、ミアリとハープの誘導で物置き小屋に荷物が運ばれ、イアンのチアダンスでみんなが元気になる。ってイアンも運びなさいよ。と心の中でツッコミを入れていると、アリスさんの声が耳朶を打つ。

「レリィナ、この杖を持ってみてくださいな」

「わあ! ありがとう!」

 アリスさんの手元には木製の大きな二対の杖があった。天輪丸の支えを離れ、それを脇下に挟んで新たな支えとする。

「具合はどうかしら? 歩けそう?」

 杖の支え部分は脇にピッタリとフィットする。体重を掛けても軋む音とか感覚は全く無し。木製部分の肌触りも滑らかで上等。控えめだけど小洒落たお花の彫刻もかわいい。きっとこれは高価なものだろう。

「とっても良さそう! ありがとう、アリスさん」

「ええ、よかったわ。早く治ると良いですわね」

 とっても暖かな微笑みを向けるアリスさん。やっぱりこの人はとても暖かい人だ。ここに来て再認識というか、改めて、そう思った。

「……さて、レリィナの支え当番も必要無くなったことですし、私も運搬に参加するとしましょう。手始めにカリガドでも叩き起こしますか」

「天輪丸、あなたもありが……あ~、うん」

 そのお礼が届いたのかは分からなかった。なぜなら、アタシがそれを確認しようとしなかったから。天輪丸が「カリガドおおおお! 起きなさーい!」なんて言いながら、未だに気絶し、隊長に髪の毛をむしゃむしゃされているカリガドの元へ駆け出していたから。振り上げた腕の先で握られる拳が、今朝アタシの部屋をノックする時の勢いを思いださせるから。そんな点と点が線になるのを予感して、カリガドの行末から目を背けることにしたから。

「もしかして、レリィナさん、ですか?」

「え、あ、はい?」

 名前を呼ぶ声に振り返ってみると、アタシを見つめるウェイドの姿。振り返りざまのイケメンともなると、タイプでなくてもちょっとくる。それに話し掛けられると思って無かったから、ちょっとびっくりだ。

「実はその杖、僕が調整したもので……。その、不具合とかあったらすぐ教えて下さい。いつでも修理しますので」

「え! これあなたが作ったの!?」

 なんと、短期間で同じ人に二回もびっくりするなんて。

「そんな、とんでもないです! 大体は爺ちゃんが作ったもので、最後の組み立てや調整も爺ちゃんのアドバイスを聞きながらやっただけなので……」

「ううん、すごいよ! これ、とっても高いやつだと思ったもん!」

「あ、あ、ありがとうございます。そう言っていただけると、光栄です」

「ありがとう、ウェイド!」

 少しタジタジなウェイドの様子に、つい興奮し過ぎたと気付く。アタシのテンションは上がりやすい。慣れてる人なら「はいはい」って流すけど、こういう初めましての人にやっちゃうと、相手を困らせてしまうことが多い。

「えっと、アタシも、向こうの運ぶのを手伝ってくる! ウェイドもポロロッカさんもアリスさんもありがとうございました!」

 こうなったら、このテンションのまま逃げるのが上等手段なのだ。アタシは装着したばかりの杖を器用に操り、目を見張る速度でその場を後にした。でもこの杖、ホント扱いやすいな。


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