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第二部
第二十八話――支えるよ
しおりを挟む確か、彼女と初めて出会ったのは、六年ぐらい前だったと思う。穴あきのフードを深く被る女の子だった。彼女はラパムのすぐ後にやって来た。その時はアタシ達三人だけで、ラパムのことも名前しか知らないくらい最初だったから、同じ女の子が入って来て、とても嬉しく思ったことを覚えてる。彼女はここに来る前のことをほとんど覚えていなかった。
とっても綺麗な白金色の髪の毛は、時折当たる太陽の日をひらひらと綺麗に反射するものだから、アタシは言った。
「ねえ、そんなの被ってない方がいいよ」
だけど彼女はふるふると首を振って、何も言わなかった。目も合わせてくれないものだから、カチンと来た。
「もー! 無視しちゃダメなんだよー!」
そう言って彼女がしていた穴あきのフードを引っぺがした。すると彼女はとても震え出して、蹲って、泣き出した。アリスさんにとっても怒られた。これでもかってくらい怒られて、怒られながら、思ってた。蹲った彼女の髪の毛を見て、やっぱり、とっても綺麗だなって思ってた。
偶に思い出しては酷い奴だなんて自分のことを思うけど、あの頃はただあの子のことが気になってた。
それからはアリスさんに頼み込んで、部屋を一緒にしてもらった。もの凄く謝った。思い付く言葉を泣きながら言い続けた。許してもらえたのかも分からなかったけど、近付いても本気で走って逃げることは無くなった。その代わり、ただでさえ深く被っていたフードを両手で必死に押さえ続けていた。多少の譲歩はしてくれたみたいだけど、彼女はアタシを脅威と思っているみたいだった。
一言も喋らない彼女にアタシは一方的に喋り続けた。時折フードの中から覗く目が合うこともあった。その瞳からは、本当に少しずつだけど、アタシを怖がる色が抜けていったように思えた。
ある時期から、彼女はアタシと遊んでくれるようになった。駆けっことかくれんぼは、彼女がアタシから逃げ回ってた時期に散々やったから、アリスさんが持って来てくれたボードゲームとかやってた。彼女はそういう勝負にめっぽう強くて、アタシは一度も勝てなかった。だけど、そんな中で彼女はようやく喋ってくれるようになった。そんな彼女の最初の一言はこうだった。
「……ねえ、レリィナ」
それにアタシは感動して、鼻息を荒くしてこう返した。
「な、なに!!」
その勢いに気圧されながら、彼女は「ふふ」と笑ってこう言った。
「あなたって、弱いのね」
アタシは衝撃だった。初めて彼女が喋った。初めて彼女が笑った。初めて彼女がこっちを向いてくれた。その時は言葉の意味なんて考えてなかった。ただただ嬉しかった。だからアタシはこう言った。
「ももも、もっかい! もっかい言って! もっかい!」
「え? あ、あなたって弱いのね……あなたって弱いのね……? あなたって……もう、何なのよこれぇ!」
「もっかいいい!」
彼女の大声を聞いたアタシはもっと興奮してせがんだ。そんなのをアリスさんに怒られるまでやってた。彼女がアリスさんの元に逃げた時でさえこう言って二人を困らせた。
「アリスさん! クィルナが! クィルナが喋ったあああ!」
それ以降、彼女はフードを外した。何がきっかけだったのかは結局分からないけれど、彼女はフードの付いたコートを部屋のクローゼットに仕舞ったっきり一度も取り出していない。
それからずっと、彼女は彼女。アタシの行動に一番に文句を付けて、しょっちゅう驚いて、とても綺麗な白金色の髪の毛を揺らす、笑顔の素敵なクィルナ・ミティナ。アタシの、たった一人のルームメイト。
だから、だから、このままなんて許さない。
このままアタシを置いていくなんて、絶対に許さないから。
* * *
「レリィナ、もうあなたも休んだ方がよろしいですわ」
「……ここで寝る」
「だけどあなた……」
「ここにいたいの。絶対」
「……無理はなさらないでね」
つい昨日の事らしい。雲の上から、何かが飛来した。それは支援院の庭に落ちた。アタシとクィルナを吹き飛ばし、洗濯物を台無しにした。アタシは今日の朝に目が覚めた。足が固定されていた。体中が痛かったけど、意識はハッキリしていた。だから、すぐに思い至った。アタシがこんなに怪我をしているなら、クィルナは――。
アタシはすぐにベッドを降りた。痛む体を無理矢理引き摺った。カティ姉が止めたけど、どうしてもと言ってクィルナのところに連れて来てもらった。
『意識が戻る保証はありません。もう、この子の体力を信じるしか……』
『そんな……あまりにも……』
部屋から漏れて来た声を聞いた。知らない男の声と、アリスさんの血の気の引いたような声。それだけでアタシには何のことだか分かってしまった。クィルナの状態はとても悪いんだって。だから、クィルナの側を離れなかった。包帯でぐるぐるにされて、よく分からない管で繋がれたクィルナ。彼女の側でずっと彼女を見ていた。気付けば月明かりが差し込む頃だった。
全くアタシに反応しない彼女を見て思い出す。こんな時なのに、懐かしくて口元が緩む。アタシが話しかけて、クィルナがずぅっと無視して、でも時々こっちをフードの隙間から覗いて、ちょっと目が合ってまた逸らす。今とはちょっと違うけど、アタシは泣いてるだけだし、クィルナは意識も無いけれど、アタシ達はやっぱり変わらない。だからきっと、クィルナもまた「何してんのよばかあ!」なんて言ってくるんだ。そう、信じるんだ。
緩んだ口元をそのまま開いて、いつも見たく、って感じじゃないけど、話しかけてみる。
「……ねえ、覚えてる? アタシ達が出会った日のこと」
「――」
……当然、返事は返ってこない。そう、当然だ。彼女は意識を失い、眠ったままなのだ。アタシ達、降ってきた流星のような何かに吹き飛ばされて、アタシもなんとか歩けるくらいの怪我で、クィルナはもっと重症で。いつ目覚めるか、分からなくて――、
「大丈夫? レリィナ……」
「……どうしたの、ジャリン」
掛けられた声に振り向くと、病室の扉を薄く開き、覗き込むようにしてこちらを見るジャリン。
「あのね、アリスさんが、朝のご飯だから、レリィナを呼んできてって、ジャリンに頼んだんだよ」
もうそんな時間なのか、と窓から外を見やると、夜空がもう朝焼けに塗り替えられようとする頃だった。さっきアリスさんが来てくれた時は、まだ月が見えていたと思う。どっかのタイミングで寝ちゃってたのかな。とにかく、随分、ぼうっとしていたようだ。
「レリィナ……?」
「あ、ごめん。今行くね。ダメだよね、しっかりしなくちゃ」
またほうけてしまっていたみたい。こんなじゃいけない。もっと気合い入れなきゃだ。
何よ、大丈夫よ。なんてったってクィルナなんだもの。あのミチミチハムハムに蹴っ飛ばされても擦り傷で済んだあのクィルナだもの。きっと今回だって、へっちゃらよ。流星が落っこちたくらい、何だって言うのよ。
顔をパンってして気合いを入れてみる。もう一回入れてみる。パン。パン。パン。パン。「――あのね」。ぱん。ぱん。ぱ……ん?
「ジャリンね、父ちゃんと母ちゃんと兄ちゃんみんなね、戦争に行って死んじゃったの」
「え?」
「叔父さんの家に行ってたんだけどね、ジャリンは何も知らなくてね、だからね、ここに来てそれを聞いてね、びっくりしたの」
拙い言葉でジャリンが話し始めたのは、彼女がここに来るまでの経緯だ。みんな知っている話。アタシだって知っている。
元軍人の両親と兄は徴兵され、幼いジャリンは親戚の家で預けられた。それからしばらくして叔父の元に三人の訃報が届いた。叔父はそれを伝えられずにいた。ジャリンは帰りもしない家族を待ち続けていた。ある日叔父の元にも徴兵令が届き、やむを得ずジャリンは支援院に預けられた。それと同時に、家族の訃報を聞かされた。
「それでね、ジャリン、なんかいっぱいになってね、嫌になっちゃって、みんないなくなっちゃうって怖くなったの」
「……うん」
「けどね、でもね……レリィナとクィルナに会えるの、ジャリン嬉しいよ……?」
拙い言葉が、ぼろぼろとこぼれる涙で更に崩れる。
つまり、ジャリンの言いたいのはこういうことだった。
「ジャリン、二人がいぎでで、よがっだよおおお……」
わんわんと泣き出したジャリン。とたとたと、これまた拙い足取りが危なっかしくて見ていられない。ジャリンが来るよりも先に、ついつい駆け寄ってしまう。
「ごめんね……心配させちゃったよね……」
ジャリンは家族を失う恐怖を知っている。だから、怖かったんだと思う。そういえばアタシ、起きてからクィルナのことしか考えてなかった。自分が大丈夫だったからって、クィルナの心配しかしてなくて、みんなのこと、考えてなかった。
「ジャリン……アタシまだ歩くの痛いから、支えてくれる?」
「う、ひっく……ジャリン支えるよ……」
ちゃんと、みんなに元気だよって、伝えなきゃ。
「……クィルナ、ちゃんと起きなきゃ、許さないから」
それはほとんど恨み言みたいな願いだった。でも、アタシとクィルナだから、それぐらいで丁度いい。
ジャリンは、ほぼ腕にしがみついていただけだった。正直歩きづらかったけど、心配させた分、甘えさせてあげようと思った。それに役目はちゃんと果たしてくれた。だって心を支えてくれたから。
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