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第二部
第二十七話――エンジェル・ラダー
しおりを挟む「――我ら咎に生きる使徒。開闢より贖いを道とし、後悔を草鞋とし、罪の轍を歩む使徒。今一度、この身を罪で満たしますことを、尊大なる御心でお咎め下さい……」
「――」
「……はい! それではみなさん、召し上がれ」
「いただきまーす!」
ここは食事場。隣の誰かと手を繋ぎ、満たしていた静謐な雰囲気も一変、がやがやカチャカチャと騒がしさに満たされる。
「おいひー!!」
そしてアタシの胃袋もまた、極上の味わいに満たされる。こんなに沢山あるというのに、自分の分はこの一切れだけなんて。そう思うと悲しくなって来る。
「レリィナがまたパイ食べて泣いてるー!」
「ゔるざいぃ~……」
そんな茶々を入れて来るのは机の反対でパイを頬張るクィルナ。
食事場にはとてもおっきな木の机が一個、どすんと置いてある。食事の時はそれを囲むように部屋と同じ並びで食べる。けど、アタシとクィルナは隣に座ると口喧嘩、白熱する時は引っ張り合いの大喧嘩にまでなることもあって、絶対に届かない向かいの席。さらにアタシの隣にはユウが座り、机を乗り越えようとしても取り押さえられるように配置されている。特別処置というやつだ。厳戒態勢とも言う。
「もう何やってるの。ほら、ち~んってして」
カティ姉の差し出してくれたちり紙に鼻をかむ。すると、アリスさんが手をパンパンと叩いて注目を集める。いつものやつだ。
「みんな、聞いて下さいまし。ポロロッカさんが運んでくれた新聞のニュースですわ」
皆でおやつとかご飯とかお祈りとか、何か集まるタイミングでは、大体こういうお話の時間が挟まる。最近のニュースだとか、アステオ聖教会の教義についてだとか、そんな感じのこと。今日はニュースらしい。
「えー、つい先日のことですわね。墓荒らしが現れたらしいですわね。数年前の事件の被害者の遺体がそっくりそのまま盗み出されたとのことですわ。みんな、怪しい人がいたら、決して近づいてはいけませんことよ」
パイの味が落ちそうな事件だ。全く、そんな奇天烈怪奇な盗みはやめてほしい。どうせならもっとこう、生活の為になるものとか盗ったらいいのに。そういうことでもないけど。すると机の端っこの方から声が飛んでくる。
「ワタシ知ってる。昔あった未解決の事件で、民家から首だけの死体が発見されたの。その家の主は奇行が多かったらしいし、犯人だって言われてるけど行方不明。今回のはその首だけの死体が盗み出されたって。噂によると、首が一人でに動いて、復讐を果たす為に逃げ出した、なんて言われてるらしいの」
「げえぇ~……。何さそれ。せっかくのパイなんだから、不味くなること言うなよ。マイグリー」
「そうだそうだー! どうせまた変な友達に聞いた噂でしょー!」
「ま、信じるかどうかは勝手だからいいんだけど。はむ」
なんて、澄ました顔してパイを頬張る女の子。彼女はマイグリー。ファミリーネームは言ってなかったから分からない。他の子達に比べて歳は上の方でカティ姉と近い。目が悪いらしく、丸眼鏡を掛けてる。まっすぐな髪質のショート。もっと表情もあれば可愛いだろうに。勿体無い。
アリスさんが街の方に買い物とか行く時、よく一緒に行っているのを見る。街の方に物知りな友達がいるらしく、そこから仕入れた情報をこんな感じで挟み込んで来る。首だけが一人でに動くなんて、そんなとんでもない噂を仕入れてる暇があるなら、次はいつ林檎のパイを食べられるのか教えて欲しいっての。
「……因みにパイが次食べられるのは多分、しばらく先。そうだね、二ヶ月とちょっとくらい」
「ええ!? なんで!?」
心を読まれた……!? そんなこと出来るなんて聞いてない!
「林檎の輸送ルートに盗賊が出たって話があるの。だから、それが討伐とかされるにも討伐隊が組まれるのに時間が掛かるって」
「ええー! そんなあ……」
なんでって、そっちの意味じゃ無かったけど、それもショックだ。林檎の美味しい時期は今だと言うのに……。あ、また涙が。
「レリィナまた泣いてるー!」
クィルナ、うるさい。
「えっと、今マイグリーさんの言った通り、盗賊の出たという話もありますの。だから、今後敷地の外に出る時はより注意してくださいね」
「はーい!」
どうやらマイグリーがアリスさんの言おうとしていたことを先に言ってしまったようだ。恐るべし、マイグリー。
「それと、最後に一つ、嬉しいお知らせですわ。なんと今日の晩御飯、お肉が出ますの」
「ほんと!?」
「お肉! ジャリン一杯食べたい!」
「ちょっとジャリン、椅子の上に立たないでよ。危ないじゃないの」
お肉という言葉に嬉しさ爆発のジャリン。それを嗜めるクィルナ。ジャリンの気持ちも痛いほど分かる。だってお肉はとても美味しくて、とっても高い。いくらアリスさんがアステオ聖教会に贔屓にされているからっておいそれと食べられるようなものではないのだ。それがまさか、林檎のパイを食べた日に食べられるだなんて、今日は夢のような日だ。今アタシ達は、夢を見ているのかもしれない。もしそうなら残酷過ぎるからやめて欲しい。夢よ、覚めないで。
「それじゃあ、食べ終わったら各自解散していいですわよ。晩御飯まで、当番がやりかけの人は続きを。それ以外の方は自由時間になりますね」
その言葉を皮切りに、それぞれがわいわいとしながら、当番に行ったり、自室に行ったり、お祈りに行ったり、また別の用事に向かう。アタシも部屋に戻ろうかいうところで、アリスさんから「あ、レリィナ」と声を掛けられる。
「あなた、洗濯物の桶がまだ出しっぱなしでしたわよ? 早めに片しておきなさいな」
「あれれ、忘れてたかも。行って来ます! アリスさん」
まだアタシの仕事は残っていたようだ。
* * *
外に出ると、空は厚みのある雲に覆われていた。その隙間から差し込む太陽の日が、スポットライトのようだった。
さっきはあんなにいい天気だったのに。なんだか残念。だけどこんな天気もなんだか好きだ。だって、何かが始まりそう。
「エンジェルラダーっていうらしいわよ」
「ひゃあ!」
「きゃああ! あいた! 急におっきな声出すのやめてっていったわよね!?」
突然投げられた声に身を撥ねさせる。さっきもこれやらなかった? なんて思いながら振り返ってみれば、アタシよりも身を撥ねさせたのか、すっ転んで尻餅をついたクィルナがぷんすか怒っている。
「クィルナが急に声掛けたからじゃないの! 正面から言ってよ! ていうか何しに来たのよ。クィルナは当番じゃないでしょ?」
「アリスさんに言われたのよ。あなた一人じゃ心配だから付いてあげてって。どんだけお子様扱いされてるのよ……」
「うぅ……。アリスさん心配しすぎだよ。桶を戻しにいくだけよ?」
アリスさんの心配性には困ったものだ。アタシが問題児であることを差し置いても有り余るほど。……多分。ていうか、クィルナ、なんか言ってたような。
「エンジェル……何? さっきの」
「エンジェルラダーよ。雲の隙間から陽光が差す現象のこと。天使が天に昇る時の梯子みたいだからなんだって」
「へー……。なんか、クィルナが物知りみたいに見える」
「あんたよりかはね」
「何よ――」
それは、クィルナに向かって声を荒らげようと振り返る直前だった。――エンジェルラダー。そう呼ばれた光の柱に、一筋の煌めきが見えたように思えた。視界の端に映ったそれに気を取られ、振り返るのを止めた。次の瞬間、後ろで物凄い音が響いた。
「きゃあ!」
その轟音に混じってクィルナの悲鳴がしたと思うと、突風に煽られてアタシは吹き飛んだ。とんでもない衝撃だった。ネチョネチョナムナムに蹴っ飛ばされた時以来かも知れなかった。ただ抗いようの無いそんな暴力が吹き荒れて、アタシの意識は薄れゆく。
「――あの予言は、やはり……」
誰かの声がしたのを最後に、アタシの意識は途絶えたのだった。
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