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第二部
第二十六話――集合!
しおりを挟むここは図書室。小さい部屋。所蔵も大したものじゃない。子供に読み聞かすような童話とか、アステオ聖教会の関連書物なんかが置いてあるくらい。量にしたって本棚二つがちょっと隙間を作るくらいのものだ。ホント、調べ物をするなら街のにある国立図書館って言うでかいところに行かなきゃどうにもならない。アタシは物語の本が好きだから、ここの本は全部読んでるし、新しい本が来る度に読みに来ている。アタシはこれでも本の虫なのだ。
目の前の扉を叩く。とんとん。
「はーい、何の用だい?」
声と同時に開かれた扉がキイと音を立てる。その隙間から顔を覗かせる背の高い男の子。ユウ・トウミ。癖っ毛の黒髪が特徴的。今日の図書室の掃除当番。
ユウは一番最近やってきた子。戦後の政治的なんやかんやで、隣の国から逃げてきたらしい。両親は向こうの国に取り残されちゃって、引き取り先の人も仕事から帰って来なくなって途方に暮れていたところをアリスさんが拾ったと聞いた。両親は今も隣の国で生きていると言うが、ここでは孤児として引き取られている。
最初は外国の人だと思って、見た目とか名前の感じとか違くてドキドキしてたけど、言葉はちゃんと通じるし、生活とか食べ物とかにしたってアタシ達と違うなんてことも無かった。ちょっとがっかりだけど安心した。因みにイアンのルームメイト。
「あのね、アリスさんが、林檎のパイがあるから食事場集合なんだって」
「アリスさんが? もう掃除も終わったから、後片付けしたら行くよ。ちょっと急ごうかリンディー」
そう言ってユウは後ろに声を投げ掛ける。背伸びをしてユウの肩口から覗けるのは、こちらに振り向く丸い瞳。
「わかった」
そう一言、端的に返事を返したのはリンディー・ポトハム。彼は口数が少なく素っ気無い。しかしその容姿は絵に描いたような綺麗さだ。肩口の辺りまで伸びるさらさらとした髪の毛やまっすぐ伸びた鼻筋、形のいい眉に長い睫毛。おっきな瞳は鏡の代わりにだって出来てしまうだろう。顔だけ見れば女の子。見る度羨ましくて仕方なくなるからあまり見ないようにしてる。ここに来た順番はユウの前。まだまだ新入り。物語が好きなのか、当番に関係無く図書室で本を読んでいる。かつてのアタシみたいだ。いつか物語談義とか出来るかな、とか思ったりしている。
リンディーはあまり喋らないからここへの経緯も詳しくは知らない。アリスさんが言うにはある日支援院の前に立ってて、ボロボロの服を来ていたらしい。それを保護して、いつの間にか馴染んで普通に暮らしてる。それでいいのかって感じだけど、それでいいらしい。支援院は……っていうよりアリスさんはそういう人だ。
「じゃあ、あんまり時間掛けないでねー! パイが冷めちゃう!」
ユウとリンディーにブンブンと手を振りながら、次の場所へ走る。
……なんでアタシ、一人で全部回ってるんだろ。
* * *
やって来たのはお風呂場と厩舎。お風呂場の壁の裏側には厩舎がある。偶にお馬さん達がお風呂の格子窓から顔を覗かせることもある。ここなら二つの場所が繋がっているから、お風呂掃除の当番の子達と厩舎当番の子達、両方に声掛けが出来るという魂胆だ。
「みぃーーんな……って、あぶないあぶない」
ここで大声を出すのも、アリスさんの大目玉を喰らう方法の一つだ。お馬さんを驚かせちゃうから。
ざっという足音に振り返る。そこには二人の厩舎当番が腕を組んで立っていた。
「また大声出しそうになったでしょレリィナ。もうキャベンダダステッチとジンカッチンを逃すのはやめてよね」
「ま……また草原を走り回るのは嫌だからね」
ビシィっと二人揃って指を差し向けてくるこの二人はハープナルド・ナプラとオーバード・ナプラ。ミアリやイアンと似ていて、戦争で親を失ってやって来た姉弟。違う部分は、親は兵士になった訳じゃなく、戦争関係のいざこざに巻き込まれたとか。複雑でよく覚えていない。元は馬の育成や調教をやる家の生まれ。そこで育てていた馬達も二人と一緒に引き取った。二人とも家の手伝いをやっていたお陰で、馬のお世話は大得意。だから厩舎当番は基本この二人が担当している。
姉のハープナルドは気が強い。弟のオーバードは気が弱い。対照的な性格で、弟を守る姉の構図が定番だ。ハープナルドは長いからよくハープって呼ばれてる。オーバードは臆病な癖に姉の後ろで足を振るわせながら真似をしたりする。
ハープはミアリと、オーバードはリンディーと同じ部屋だ。
「ご、ごめんごめん。アタシだって、ネチネチハムハムに蹴っ飛ばされるのはもう懲り懲りだよ……」
「ネチネチハムハムじゃなくて、ネルネルハミハミよ。あんたほんっと覚えないよね」
「そそ、そうだよ」
またハープとオーバードにやんやと言われてしまった。ネルネルハミハミとは馬の名前。これもよくハープから訂正される。
厩舎には現在五頭の馬がいる。キャベンダダステッチとジンカッチンは繊細で、前にアタシが大声を出したら逃げ出した。ネルネルハミハミは怒りっぽく、先の二頭が逃げ出した時に怒ってアタシを蹴っ飛ばした。あんなに高く飛んだのは初めてだった。残る二頭はネッコンジョーとヘステバリーミン。どちらものんびりとしていて、アタシの大声も気にせずに草をもっさもっさと食べていた。肝の据わった馬である。
アタシが初めてこの子達の名前を聞いた時思ったのは、変な名前、だった。厩舎の名札を見ながらでないとすらすらと言えない。大体噛むか間違える。それをハープから訂正されてオーバードに追撃される。
「と、ところで、この時間だったら、お風呂の掃除当番だよね?」
これ以上ボロを出してしまう前に話題を逸らす、というか戻す。
「え? ああ、そうね。今だったら……。――ねえ、いるんでしょ? カリガド」
「――なに? どうかした? 仕事ならもう終わったよ? あれ、レリィナもいる。珍しいや。いつもは厩舎に近付かないようにしてるのに。ネルハミに蹴られるから」
「略さないでよ!」
ハープの声が投げられた先――厩舎の壁の格子窓からひょっこりと顔を覗かせた男の子。彼はカリガド・エレングラ。二人いるお風呂当番の内の一人。一言聞けば十言返ってくる。けどその内容は殆ど無く、気になったことがほとんど。偶に、どう考えても言わなくていいこともポロッと言ってしまう。思ったことを垂れ流す、制御の聞かないお喋りさんなのだ。そしてラパムのルームメイトが彼だ。ラパムの髪の毛を芸術作品に仕立て上げるのは彼の日課だ。そんな趣味もあるせいか、彼は手先が器用で、街から整備に来るお爺さんの作業をよく手伝ったりしている。お爺さん曰く、その内ワシが整備しに来る必要も無くなるじゃろうな、という事らしい。まあ、お爺さんの仕事は整備以外にも色々あるので、お爺さんが来なくなることは無いけれど。
「ねえカリガド、そしたらジャリンもそこにいる?」
「いるよ! ジャリンいるからね!」
そんな声が聞こえるものの、その姿が見えない。それもそうだ。だって彼女は背が低い。
「ジャリン、背が低いんだから、跳ねても届きっこ無いよ。ほら、持ち上げてやるさ。大人しくしてて」
カリガドが格子窓から見えなくなり、「よっこいしょ」という声を上げて再び姿を現す。何かを訴えたげな顔と共に。
「ジャリンがちっちゃいんじゃないよ! この窓が高すぎるんだよ!」
カリガドに持ち上げられるようにして現れたそれは、ジャリン・カルドリン。背が低いから、一人じゃお風呂場の格子窓からこちらを覗くことが出来ない。本人は背が低いことをとても気にしていて、それについて決して触れないというのは、支援院内での暗黙の了解だったりする。身体検査の時でさえ、決して身長に関してだけは誰も口にしない。これが支援院最大の団結力だったりする。そういう意味では、彼女は支援院にとって大きな存在だ。そんなことを気にせず言ってしまうのはカリガドだけなのだ。いやホントに。
二人とも戦争の時期にここにやって来た。
「四人とも聞いて! 実はアリスさんが林檎のパイを用意してくれてるの! だからお食事場に集合よ!」
「でもそれって、もっと遅くなるって言ってなかった? だってポロロッカさんが今月は難しいって……」
ポロロッカさんというのは、整備のお爺さん。街から食料を運んでくれたりもする。
「なんだか早くなったらしいの。とにかく、集合だから、皆で手分けして、お食事場に当番の子達を集めましょう」
「林檎のパイか、いいね。だけどどのぐらいの大きさかな? 林檎は高いだろうから、皆の分があるとは思えないけど、一人どの位食べられるんだろうね? 全員に林檎は行き渡るかな? ユウがまた足りないとかいいそうだけど、ジャリンは少な目でも足りるかな?」
「やだ! ジャリンも一杯食べたいよ! ……う、うわ、ちょっと、やめ、やめ」
カリガドの言葉に手元のジャリンが異を唱えた。しかしそれは半ばで遮られる。鼻息の荒い顔面が迫って来たからだ。
「こらネルネルハミハミ、ジャリンは食べ物じゃないわよ。だからいつも舐めて苦い顔するのやめてあげなさい」
ジャリンが大声を出すものだからネルネルハミハミが反応してやって来たらしい。しかしジャリンのこと脅威だと思っていないのか、何とも思ってないのか分からないが、蹴ったりせずに舐め回して、顔を顰めるだけで終わる。もしかしたら食べ物と思われているのかもしれない。蹴られるよりはマシかも知れないが、どっちも嫌だなと思う。
「もう、パイが冷めちゃうわ! アタシは宿舎と図書室に行ってくるから、皆は残りの場所をお願い。あとマイグリーだけだから! はい、解散!」
そう言って駆け足で逃げる。既に行った二箇所を担当することで、あることの為に時間を作った。四人にはマイグリーを探し回って貰おう。
「あ、ちょっと! もう、逃げ足早いわね……仕方ないな。仕事もひと段落ついたし、行くよオーバード」
「う、うん」
「じゃあ僕らも行こうかジャリン。もうシャワーノズルを弄るのも飽きてきたや。マイグリーはどこにいるかな?」
「ジャリン、怒られても知らないよ……?」
こうして、四人はアタシの指示によって、残りの場所へ散って行くのだった。
……別にズルした訳じゃない。そもそもアタシ一人でやるのがおかしいんだ。きっと神がお見捨てになるはずが無い。だからこれは、ズルじゃない。
* * *
お次にやって参りましたのはここ。厨房手前の廊下でございます。そろりそろり、抜き足差し足忍び足。そこの扉をうす~く開きましたら見えますのはその御尊顔。淡く輝くその相貌はまさしく――、
「あらレリィナ。どうしたの? こんなところで」
「ひっ」
背後からの声に身が跳ねた。そして着地の拍子に床を蹴った爪先が妙な悲鳴を上げる。
「んぎゃああああ!」
「また何か企んでいたの? ダメよレリィナ。神が見てるんだから」
転がり悶えるアタシにそんな声が降ってくる。ああ、神よ、見ているならどうか救い給え……。だってこれじゃ、さっきのクィルナのこと笑えない。
「つぅ~……もう、おどかさないでよカティおば――「ん?」
「……カティ姉」
この人はカティ・オールズ。通称カティ姉。支援院の職員さんで絶賛彼氏募集中。だけど支援院にいる男の人は一番歳が近くてユウくらいだから、対象者はいない。だから男の人がお客さんに来る日はだいぶ気合いを入れてお化粧したりする。おばさんって言うと怒る。変なところでノリがいい。多少の悪ノリにも付き合ってくれて、子供達からの評判はいい。アリスさんは頭を抱えることもしばしば。
「それで、レリィナはこんなところで何をやっていたの?」
「あ、違うよカティ姉。別に、悪さとかしてないよ?」
「そんなこと聞いてないのに、自分で言っちゃうのね」
何と言うことだ。口が滑った。ていうか本当に悪さしてる訳じゃないのに、こそこそしてたせいでそんな気分になっちゃった。
「カティ姉、アレだよアレ」
カティ姉に扉の隙間を覗くよう促す。その身姿、とくと拝観せよ。
「アレって……あ~、なるほどね。あなた好きだものね」
そう言ってアタシの上から扉の向こうをニヤニヤと覗き込むカティ姉。二人してニヤニヤと見つめる先にあるのは――林檎のパイだ。
卓上に整然と並べられたそれは、一つ一つが三角形に切り分けられ、白い皿に乗せられている。その黄金色は輝いてすら感じられ、生地の厚みは見ているだけで妄想の食感に舌鼓を打ってしまう程の肉感だ。そしてゆらゆらと薫ってくるこの香りは甘美で、色すら着いて思える。あれをこれからアタシの唇歯舌喉で味わえると思うだけで口内は涎の嵐だ。
「あれを覗きに来たってことね? レリィナ、お主も悪よのう」
「カティ姉こそ……」
「「へっへっへっ……」」
こうして、一足早い謁見を終えて、アタシは食堂に向かうのだった。
……そういえば、中にはアリスさんもいたはずだけど、バレなかったのかな? 結構大声出しちゃった気がする……。いや、きっと大丈夫。バレてない。バレてない。
「あの子達、なんだか奇妙な笑い方してましたけど、何か悪いモノでも食べましたかしら……」
……バレてーら。
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