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第二部
第二十五話――林檎のパイがやって来る
しおりを挟む『我ら咎に生きる使徒。開闢より贖いを道とし、後悔を草鞋とし、罪の轍を歩む使徒』
祖なる者の宿命と慈悲によって伝えられた啓示がそれを教えました。
『我ら咎を分つ使徒。頭を垂れ、手を取り合い、憎しみを憎み、愛を愛す使徒』
降臨せし天使の誠実と仁愛たる御心がそれを示しました。
『我ら咎を潔む使徒。魂の浄化を業とし、神聖なる沙汰の時を待つ』
敬虔なるカルラ・ガドは信心と天命に従いその道を歩みました。
いずれ御許へ導かれるその日まで、尊大なる御心でどうか、咎の隣人である我らをお咎め下さい。
* * *
花の香りの中、被り込んだ襤褸のフードを覗くようにして、その人は口を開いた。
「――まあ、可愛らしいですわね。まるで天使のようですわ」
焼け跡の穴から差し込む光が眩しかった。
「――あなた、お名前は? ご自分の家とか、わかりますの?」
それは一番古い記憶だった。その言葉に首を横にふるふるとして答えた。
「――お強いのですね。けれど子供が一人ぼっちなんて、きっと神がお見捨てになりませんことよ。もしよろしければ、ワタクシの元にいらっしゃい。お世話してさしあげます」
何も覚えちゃいなかった。けれど、この記憶はきっと忘れない。
「――お友達も、きっと出来ますわよ」
これが私の始まりだから。
* * *
「レリィナ? レリィナー? 全くもう……何処へ行ってしまったのかしら」
ここは街外れの原っぱにあるアステオ聖教支援院。孤児とか難民とか、とにかく困っている人達を助けてくれる場所。今日は天気が最高で、太陽も機嫌がいいみたい。
「お洗濯の時間はとっくに終わっていますのに……」
アタシの名前はレリィナ・ミトラ。今日はお洗濯物の当番の日。こんな最高な天気の中、庭でお洗濯物を干せるなんて最高。風が気持ちよくて、日向に出ても涼しくて最高。
物干し竿に引っ掛けたシーツの陰に隠れて、アリスさんとかくれんぼ。アタシの当番っぷりを見に来たらしい。だけどちょっとやそっとじゃ出て行かない。これは勝負……これは勝負……仁義なき戦い……。
「どうしましょう……。このままでは、レリィナの大好きな林檎のパイが冷えてしまいますわ」
「林檎のパイ!? 昨日はまだ届くのに掛かるって! ……あ」
「そこにいますのねレリィナ。当番が終わったからって遊んでいて良いわけではありませんのよ?」
……そういうのは反則だ。
悔しさに「ぐぬぬ……」と歯噛みをしていると、宿舎の二階から少女の声が降ってくる。見てみれば窓をパカっと開いてこちらを見下ろす陰。
「レリィナがまた捕まった! そんなのに引っ掛かっちゃうなんて、お間抜けね!」
「なにさー! クィルナだって、こないだは隠れてるのも忘れて、牛乳飲みに行って見つかったじゃないの!」
「あ……あれは! ……ぅうっさい!」
バタン。閉まっちゃった。
「もう、レリィナ。見つけた」
すぐ後ろから掛かる声。クィルナに気を取られるなんて、不覚でした。
「……何でござんしょ」
「何? その口調。それより、これからお食事場にパイを用意しておきますから、宿舎やお当番の皆を呼んできてちょうだいな」
「え? 本当にパイがあるの?」
「ええ。ワタクシが嘘を吐いたことなんてありましたかしら?」
「ありません!」
割とある。などとは言いません。機嫌を損ねてしまっては、アリスさんがパイの切り分けに失敗してしまう。アタシの分だけ。
「……それと、クィルナとも仲良くね?」
「はーい!」
善は急げだ。アタシのパイが冷めてしまう前に、このアステオ聖教支援院に暮らす皆を呼んでこなくては。
そうしてアタシは、宿舎と、アタシ同様に当番に駆り出されている皆の元を回ることになったのだ。
* * *
アステオ聖教支援院。
それは、アステオ聖教会というこの世界に広く知られる宗教団体の支援を受ける支援院だ。院長のアリス・ソラフさんと数人の職員さんによって運営されている。
そこではアリスさんが拾って来た孤児が数多く生活していて、基本的には孤児院という風な認識が一般的である。
アステオ聖教会の支援を受けるから支援院。ではなく、困ってる人達を支援する目的で設立された慈善団体だから、支援院なのだそう。ちょっとややこいし、どっちでもいいとか思っちゃう。
その歴史はとても浅い。アリスさんがちっちゃいアタシを拾ったのをキッカケに、繋がりのあったらしいアステオ聖教会に頼んで、国の中でも端の方で、おっきな大聖堂のある街の、更に外れに土地と名前を貸してもらったらしい。これでも、アタシはここで一番の古株だったりする。くるしゅうない。くるしゅうない。
そしてここは、そんな支援院の施設の一つ。その名も宿舎。アタシやさっきのクィルナに、その他まだ見ぬ孤児達、アリスさんや他の職員さん達の寝泊まりする施設である。
基本的に二人一組で一室を使用する。でもたくさん部屋があるから一つずつ開けてまわるのは面倒だし非効率。だから皆に向けて用事がある時は、こうするのだ。
「みぃーーーんなあーーーー! 食事場! しゅうーーーごうーーー!」
廊下の端に立って、腹から声を出す。すると、バタンバタンバタン。次々と扉が開いて、これがまた面白い。因みにイタズラでこれをやるとめっちゃくちゃに怒られる。元気な子は大体前科一犯だ。今の時間は当番やお祈りに出払っている子が多いからフルコンボとまでは行かない。……あれ、クィルナの部屋がまだ開いてない。さっきは居たのに。
「……レリィナのテンションを見るに、林檎のパイか?」
「そうよ!」
のんびりと部屋から出てきたこの子はラパム・リンヒド。アタシと同じく、古株の一人だ。因みにさっきのクィルナと合わせて三人が最初からいる。
ラパムは髪の毛を切るのを嫌がり、黒い長髪を床に引き摺る男の子。外に出る時は後ろで結ぶから女の子みたいになる。ルームメイトにはその髪の毛でよく遊ばれている。今もなんか南瓜と人参が頭に乗っかってるみたいな髪型だ。でもルームメイトは今お当番中だから、遊んだまま放置されていたみたい。
そして、次の扉から顔をひょこっと覗かせる子がいる。
「林檎のパイって言った?」
「言った!」
彼女の名前はミアリ・カンジ。アタシやラパムのしばらく後に他の子達と一緒に入ってきた子。その頃はこの国で戦争が起きて、そのせいで孤児も増えたらしい。だからその時期にミアリと一緒に来た子も多いのだ。
ミアリは戦争に行った両親が帰って来なかったみたい。最初から親のいないアタシには分からないけど、きっと辛かったんだと思う。けどそんなことをおくびにも出さない。きっと凄いことだ。アタシは辛いとすぐ泣いちゃうのに。
そして最後に開かれた扉から、順番でも待っていたように一歩踏み出して姿を現す男の子。
「……! ……!!」
「あ、イアンも居たのね!」
イアン・カート。彼もミアリと一緒に入って来た数多くの内の一人。彼は言葉を話せない。理由を説明されたけどアタシにはよく分からなかった。だけど大丈夫だ。イアンが話せなくて困ったことは無い。だってイアンはとても仕草が大きくて言いたいことが伝わりやすいし、見ていて面白い。何なら支援院では読み書きをアリスさんに教えて貰えるから、常に持ち歩いている文字盤を指差して会話も出来る。だから困ることは本当に無いのだ。
これで開いていた扉からは一人ずつ出て来た。それぞれのルームメイトは当番中。一つ一つの部屋から日替わりで、当番は寄せ集められる。だから次は当番の皆にも言いに行かなきゃ! アタシのパイが冷める前に!
「それじゃあ、当番の子にも言ってくる!」
と、玄関に向かおうとした時、廊下の一番奥、アタシの部屋の扉がキイと音を立て、ゆっくりと開かれた。そこからはカルニィルの香りが漂ってくる。
「つう~……。あのね、あんたってもうちょっと声抑えて言えないわけ!? 驚いて椅子蹴っちゃったじゃない!」
「……あ、クィルナも居たの」
この子はいつもアタシの行動に一番に反応する。反発とも言う。だから今回は部屋にいないものだと思っていたけど、案の定一番に反応していた。今まで部屋で悶絶していたみたいだ。
クィルナ・ミティナ。アタシのルームメイト。彼女もこの支援院では古株の孤児である。部屋でよくカルニィルという香料を焚く、白金色のとても綺麗な髪の毛を結んだ女の子。だけど態度が態度なものだから、アタシとクィルナはしょっちゅう喧嘩する。アリスさんは心配してくれるけど、別に大した喧嘩じゃない。いつもどっちかが「ムキー!」ってなって終わる。ちょっとビビりな面もあるけど、そこを突っつくととても怒って面倒だからあまりやらない。偶にやるけど。でも今回のは、アレだ。えーと、アレ。……そうだっ。
「ふかこうりょくよ! 暴力反対!」
「知ってるわよ! この痛みを叫びたいだけよばかあ!」
そんな反論をしながら、クィルナは木板の廊下で片足ぴょんぴょん。妖怪みたい。あ、こけた。
構ってあげたいところだけど、アタシにもパイという代え難いものがある。当番の子にも伝えに行かなきゃいけない。さらば友よ。無事にいられたらお食事場で――。
アタシは悶絶するルームメイトを尻目に宿舎を後にした。
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