りんねに帰る

jigoq

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第一部

第二十二話――「思えばあれは、再会でした」

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「わた、私の……兄弟……?」

 オルケノアの言葉は、不可解な意味を伴います。兄弟? ポルマとオルケノアが? 天使のポルマと、死神の神格オルケノアが……? 頭の理解が追いつきません。そんなことばかりです。

「戯言ですポルマ! 逃げて!」

 そんな叫びにポルマは「へっ? えっ、えっ、ええ!?」と漏らし、状況を掴めず混乱を極めています。

「けド、まだちょっと早いんダ。アイツがまだ終わってなイ」

 やはり私には目もくれないオルケノア。“アイツ”と言いながら後ろを向き、ずっと遠くの方を見据えています。そして私は思い至ったのです。オルケノアの言う“アイツ”が、先ほど天使と死神の軍勢に囲まれていた“彼”であると。

「ちょっと待ってテ」

 そう言ったオルケノアは、次の瞬間には姿を消してしまいます。

「何なんですか……終界の神格って、みんなこんな感じなんですか?」

 嵐のように現れては去って行く。テテギャもオルケノアも、散々色々植えつけて消えてしまいます。ポルマが兄弟って、結局何なのですか。アルタスさんはテテギャを『父さん』と呼んでいました。けれど神格の兄弟って言えば、同じ神に創られた神格達がこじ付けられる限界でしょう。まさかポルマも、オルケノアと何か繋がりが……? ……いえ、ポルマが私を騙すなんて器用な真似が出来るとも思えません。やはりあれは戯言です。

「ポルマ、ポルマ、逃げましょう。ここは危険です。またすぐに戻ってくるかも知れません」

「は、は、はい!」

 ポルマの手を引いて、死神の街を駆け抜けます。ポルマは相変わらず飛べないままで、私はそれを抱えて飛ぶ余力もありません。大きな翼は隠れるにしても逃げるにしてもとにかく邪魔で、小道に入ることも出来ず逃げ道を大通りに制限されてしまいます。
 時々、建物が崩れて迂回せざるを得ない道もあり、時間はさらに食われます。そうして走る先で、私達は辿り着きました。いえ、辿り着かされました。私達は誘い込まれたのです。

「今度は誰ですか! そこの二人!」

 そこは街の広場で、これでもかってくらいにだだっ広い空間でした。その中程に二人分の人影が見えます。ボスラッシュばりの連続エンカウトです。一人は光輪と翼の天使、もう一人は肩に乗せた大鎌に腕を引っ掛けた気怠そうな死神。大鎌の先には風呂敷のような袋が提げられています。

「……あっ、やっと来た。おっせえよ! どんだけ待たせんだよ天界勢はさ。もうこいつのうんちく聞き飽きちまったよ」

 死神の方が私達を見つけて手を振ります。

「死神が、言葉を……? それにあの天使は……」

 その死神はどうしてか自我を有していました。死神はもぬけの如く使命に従事するだけの存在だと、私の中途半端な記憶には残っているのですが、まさかこれすら頼りに出来ないとでも言うのでしょうか。
 そしてあの天使。何も言わず、まるで私達を値踏みするかのように睨め付ける不気味さ。何故か終界にいて、オルケノアの支配を受けていないと見える整然とした立ち姿。もしやあれが、話に聞く――、

「天使の方。まさかあなた、フーガという天使ではありませんか」

「ぶっははははは!!」

 私の言葉に、死神は盛大に噴き出して笑ったのです。

「お前! 面白いってそれは……あははは! そうだよな、そうなるよな、フーガをよく知らない天使からすれば、まだ“天使”のままだって思うよなあ!? くくく……まじ笑える……」

「どういうことです!? 説明しなさい、死神!」

「答える義理は無いね! そんで俺は死神じゃない! ちゃんと名前が……お?」

 死神がぷんすかと言葉を返す途中、それを遮るように彼の肩に手が置かれます。その手はすぐ後ろに立っている天使のものでした。

「――遮るようで申し訳ないが!!! 一つ聞かせてくれ!!!」

 突然の大声に死神の彼は「のおおおおおおお!」なんて耳を押さえて転がり出します。そりゃあそうなります。だって大声で話さなきゃいけない距離感で私達は話していたのに、真後ろからそんな大声急にだしたら、そうなりますよ。
 天使は「あ、すまない」なんて転がる彼に平謝りをし、また何事も無かったようにこちらに向き直り口を開きます。

「僕の名はタルファ! なぜ、僕をフーガと誤認した! 君はフーガとバディを組んでいたんだろう!」

 彼の――タルファと名乗る天使の立場がさっぱり分かりません。翼をみる限り中級天使。しかし支配もされずに終界にいて、死神ではないと自称する死神の隣にいる。全部がさっぱり分かりませんが、一つ言えることは――、

「……それはきっと、この体の元の持ち主です。ルシアは、フーガという天使に殺されました」

「なんだ、それは、興味深いな」

 その言葉がぽつりとこぼされた瞬間、背筋がぞわりと冷えました。なんだかこの天使は、気味が悪いと直感したのです。テテギャと似た手合いであると本能が言っています。

「……どういう、意味ですか」

「ルシアの体から君が目覚めたのかい? それなら元のルシアの意識はどこへ? フーガはどうやってルシアを殺した? その事件はいつ起こった? 比翼隊はすでに調査を終えたのか? どうして君達はこの終界へ? 今行われているというフーガの粛清は、その時と同じ方法が使われているのか?」

 次々に漏れ出す疑問を押し留めることなく真剣な表情で撒き散らすこの天使は、恐らく無遠慮且つ真面目に、何処までもその好奇心という無垢の刃を突き立てくるのでしょう。

「ああもう、タルファ、お前は情報古すぎ。ちょっと黙って聞いとけよ」

「ああ……すまない、久しぶりに話せる奴が多くて、つい」

「言っても数週間が関の山だろ。さびしんぼうめ」

「まあそう言わないでくれ。時間は稼いだんだから」

 そう言って、タルファは私とポルマの更にずっと向こうを指差します。その時、私達に突然掛かった影。それの元を確認しようと振り返った私は、ようやく自分の過ちに気付いたのです。こんなに時間を食ってしまった。私達は逃げる最中だったというのに。

 漆黒の翼。漆黒の光輪。漆黒の二本角を額から生やし、肩の辺りで切られた軋んだ髪の毛と漆黒に侵食された体。

「――ああ、ちゃんと会いに来てくれたんだねポルマ。それと、ペロちゃん」

 それは異形で、私達の世界には到底存在し得ないはずの存在。

「ああ、やっと来た」

 しかし誰もが知るそれは、人間の物語にて、暴虐の限りを尽くす存在。

「遅いぞ、フーガ」

 きっと誰もが彼をこう呼ぶのでしょう。

 ――“悪魔”と。


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