りんねに帰る

jigoq

文字の大きさ
上 下
21 / 83
第一部

第二十一話――「新たな兄弟……と言いますか」

しおりを挟む


 それからどれだけ歩いたか分かりません。少なくとも数日でしょうか。日の巡らない終界では、白い無機質な満月がずっと静止していて、月明かりが均等に世界を照らします。

 この何も無い世界を歩くための導はポルマだけでした。ポルマは時々「あ、こっちの方、です」なんて言いながら方向転換して、私が「どうして分かるのですか?」なんて言うと「わわ、分かんないです……。けど、そんな気がするんです……」と要領の得ない返事をしてきます。それでも「そうですか」と言って着いていくのは、テテギャの忠告があったから。

 『でかい翼の子に先を行かせるといい。きっと辿り着くべき場所に辿り着く』

 その言葉の通り、ポルマはこの荒野で迷い無く歩みを進めます。それに従いたくないというのが本心ですが、私が先導したところで当ても無く彷徨うだけです。それに私の反骨精神はポルマの示した方向とは反対に行こうとします。そうなればいよいよ、終界の果てに辿り着くまで行ってしまいそうです。
 
 『でかい翼の子に先を行かせるといい』

 そういえば、今回は、いきなりテテギャが現れたにも関わらず私は逃げ出さずに向き合うことが出来ました。あの日世界と向き合ったことで私も成長したということでしょうか? そうだと嬉しく思います。いつかテテギャをギャフンと言わせてやりたいです……。

 『でかい翼の子に先を』

 にしても、テテギャは確か、アルタスさん越しに私達を見ていたという話ではないですか。趣味の悪い能力です。程度が知れますね。
 ……ていうか、私もアルタスさん越しにテテギャを見ましたが、界の神格が持つ能力というのはそういうものなのでしょうか。それでは天界の神格である私もテテギャのこと言えないでは無いですか。せめて使い方だけはあんな醜悪なことをしていなかったと信じたい。頼みますよ、以前の私……。
 それにもう一柱、人界の神格アミアという神格もいます。彼女がまともであるという望みがまだ私にはあります。まだ縋れるものはあります。この世界の神格がオルケノアやテテギャみたいなのばかりではないことをひたすらに祈ります。

 『でかい翼の子』

 ……あれ、そういえば、どうしてテテギャはポルマの名前を知らなかったのでしょうか? アルタスさん越しに見ていて私のことやポルマのことを知っていたのなら、ポルマの名前だけ知らないなんてこと……。
 テテギャは『アルタス越しに見聞きしていた』と言っていました。私やアルタスさんがポルマと呼ぶのだって……うーーん、私の考え過ぎでしょうか? あの感じで頭が弱いなんて、残念すぎて信じたくもないですし。でもガサツかと言われればそんな気もしますし……なんとも言えませんね。全くもって分かりません。

「ぺろ、ペロちゃん……」

 テテギャの色んなことに頭を回していると、前方を歩くポルマの声が掛かります。

「どわ!」

 その声に気付かず、ぼけっと歩いていた私はポルマのおっきな翼にわさっとぶつかり、尻餅をつきます。またですか。翼もポルマもびくともしません。

「なんですかポルマ、いきなり立ち止まらないで……」

 お尻を押さえながら立ち上がろうと手を着いた私は、地面が微かに震えているのに気付きます。

「なな、何かが、近いです。き、きっと、この先に何かが、ああ、あり、あります」

 私は即座に飛び上がります。少しの間なら滞空だって出来るようになったんです。ポルマの言う『何か』を探ろうと、遥か上空から私達の周囲を見渡します。
 
 そして『何か』を目の当たりにします。

「――っ!」

 私は六翼で空を蹴り、最高速度で地上に戻ると、ポルマを抱き抱えて再び力いっぱいその場を離れようと試みます。しかし、少しばかり浮き上がったポルマの足は、それ以上は持ち上がらず、群青の翼を地に引き摺る形の高速低空飛行です。その時は夢中で、どの方向に飛んでいたのかもよく分かりません。ただただ“彼”から離れることだけを考えていました。

「ぎいやああああああああ!!」

 ポルマの叫び声が不毛の荒野に響き渡ります。翼の練習中によくポルマを持ち上げて飛んだので、突然のトップスピードでも意識を飛ばすことは無かったようです。それくらいしか成果も無かったわけですが。
 そして私の成果も、結局のところは微々たるもの。多少翼の扱いが上手くなった程度で、最速と呼ばれたカガラさんはもちろん、トガさんやアルタスさんに比翼隊の皆さんと比べたら足元にも及ばないでしょう。そんな私がいつまでも重たい翼の生えたポルマを抱えて飛べる訳も無く。私は速度と高度を保てず、少しずつ落ちていきます。最後には地面の突起にポルマのどっかを引っ掛け、私は慣性に従いポルマから引き剥がされる形で吹っ飛びます。ここでポルマも気絶します。

「うう……ポル……マ……大丈夫ですか……?」

 転がり切った私は、ばっと顔を上げます。そこは街の大通りでした。どれも天使の街とは変わらない建物やモニュメントで、違うところと言えばその街にはただの一人も住人がいないところ。……いえ、今となっては天使の街にも天使は一人もいないのでした。恐らくこの街からいなくなったのは死神達で、それが向かった先は、天使達の向かった場所と一緒。

 なぜ分かるのかって? 何故なら私は見たからです。遥か上空から見たからです。

 見渡す限りの荒野。その只中で一箇所、白と黒の軍勢が入り乱れていたのです。遥か遠くで黒い絨毯のような死神の軍勢と粉雪のように舞い揺れる天使達が、繭のような戦場を形成していました。力無く踊るような彼らは、未だオルケノアの支配下であることが分かります。
 しかし戦場と言っても、その両者が争っているものではありません。彼らは手を取り合い、たった一つの存在を取り囲んでいたのです。繭の中で暴れる黒い存在は、翼を広げ飛び回る天使や大鎌を振り回す死神を次々と屠ります。
 そんな繭の胎動が、そこから離れた私達を未だ震わせる『何か』の正体だったのです。

 ん? それならなぜ突然逃げ出したのかって? 欲張りですねえ。それは、そりゃあ、逃げ出しますよ。だって、“彼”と目が合ったから――。

「――もう出て来たノ?」

 空虚な街にガサついた声が響きます。続いて、ペタリと柔らかい音が小さく反響します。

「う~~~~ん……」

 気絶したポルマの唸りが聞こえます。ペタリペタリと近づくそれが、歩みであると分かります。

「――やっぱリ、ルルティアもチェルヨナも、アイツらが上手いことやったのかナ」

 ペタリペタリという音はぴたりと止み、彼は足元のポルマを見下ろします。

「何の用ですか!」

「――じゃア、君はどうやれば死ぬのかナ」

 私に一瞥もくれず、まるで自分以外の世界なんて存在しないと思っているかのようです。

「ポルマ! 逃げて!」

 身長以上に長く、うねるような薄紫色の髪の毛を垂らす存在。その目はあの日と変わらず、ガサついた声やボロい布を纏うのも、やはり変わらず。

 彼はようやく瞼をぱちっと開いたポルマに続けて声を掛けます。

「久しぶりナ、ポルマ」

 天使達を攫い、死神を統べる者。

「あ……あれぇ、あな……あなた、は……?」

「忘れたノ?」

 そうして彼は口にするのです。忌々しいその名を――、

「オルケノア――君の兄弟、だヨ?」

 ――などと番狂せなことを宣ったのでした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...