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第一部
第二十一話――「新たな兄弟……と言いますか」
しおりを挟むそれからどれだけ歩いたか分かりません。少なくとも数日でしょうか。日の巡らない終界では、白い無機質な満月がずっと静止していて、月明かりが均等に世界を照らします。
この何も無い世界を歩くための導はポルマだけでした。ポルマは時々「あ、こっちの方、です」なんて言いながら方向転換して、私が「どうして分かるのですか?」なんて言うと「わわ、分かんないです……。けど、そんな気がするんです……」と要領の得ない返事をしてきます。それでも「そうですか」と言って着いていくのは、テテギャの忠告があったから。
『でかい翼の子に先を行かせるといい。きっと辿り着くべき場所に辿り着く』
その言葉の通り、ポルマはこの荒野で迷い無く歩みを進めます。それに従いたくないというのが本心ですが、私が先導したところで当ても無く彷徨うだけです。それに私の反骨精神はポルマの示した方向とは反対に行こうとします。そうなればいよいよ、終界の果てに辿り着くまで行ってしまいそうです。
『でかい翼の子に先を行かせるといい』
そういえば、今回は、いきなりテテギャが現れたにも関わらず私は逃げ出さずに向き合うことが出来ました。あの日世界と向き合ったことで私も成長したということでしょうか? そうだと嬉しく思います。いつかテテギャをギャフンと言わせてやりたいです……。
『でかい翼の子に先を』
にしても、テテギャは確か、アルタスさん越しに私達を見ていたという話ではないですか。趣味の悪い能力です。程度が知れますね。
……ていうか、私もアルタスさん越しにテテギャを見ましたが、界の神格が持つ能力というのはそういうものなのでしょうか。それでは天界の神格である私もテテギャのこと言えないでは無いですか。せめて使い方だけはあんな醜悪なことをしていなかったと信じたい。頼みますよ、以前の私……。
それにもう一柱、人界の神格アミアという神格もいます。彼女がまともであるという望みがまだ私にはあります。まだ縋れるものはあります。この世界の神格がオルケノアやテテギャみたいなのばかりではないことをひたすらに祈ります。
『でかい翼の子』
……あれ、そういえば、どうしてテテギャはポルマの名前を知らなかったのでしょうか? アルタスさん越しに見ていて私のことやポルマのことを知っていたのなら、ポルマの名前だけ知らないなんてこと……。
テテギャは『アルタス越しに見聞きしていた』と言っていました。私やアルタスさんがポルマと呼ぶのだって……うーーん、私の考え過ぎでしょうか? あの感じで頭が弱いなんて、残念すぎて信じたくもないですし。でもガサツかと言われればそんな気もしますし……なんとも言えませんね。全くもって分かりません。
「ぺろ、ペロちゃん……」
テテギャの色んなことに頭を回していると、前方を歩くポルマの声が掛かります。
「どわ!」
その声に気付かず、ぼけっと歩いていた私はポルマのおっきな翼にわさっとぶつかり、尻餅をつきます。またですか。翼もポルマもびくともしません。
「なんですかポルマ、いきなり立ち止まらないで……」
お尻を押さえながら立ち上がろうと手を着いた私は、地面が微かに震えているのに気付きます。
「なな、何かが、近いです。き、きっと、この先に何かが、ああ、あり、あります」
私は即座に飛び上がります。少しの間なら滞空だって出来るようになったんです。ポルマの言う『何か』を探ろうと、遥か上空から私達の周囲を見渡します。
そして『何か』を目の当たりにします。
「――っ!」
私は六翼で空を蹴り、最高速度で地上に戻ると、ポルマを抱き抱えて再び力いっぱいその場を離れようと試みます。しかし、少しばかり浮き上がったポルマの足は、それ以上は持ち上がらず、群青の翼を地に引き摺る形の高速低空飛行です。その時は夢中で、どの方向に飛んでいたのかもよく分かりません。ただただ“彼”から離れることだけを考えていました。
「ぎいやああああああああ!!」
ポルマの叫び声が不毛の荒野に響き渡ります。翼の練習中によくポルマを持ち上げて飛んだので、突然のトップスピードでも意識を飛ばすことは無かったようです。それくらいしか成果も無かったわけですが。
そして私の成果も、結局のところは微々たるもの。多少翼の扱いが上手くなった程度で、最速と呼ばれたカガラさんはもちろん、トガさんやアルタスさんに比翼隊の皆さんと比べたら足元にも及ばないでしょう。そんな私がいつまでも重たい翼の生えたポルマを抱えて飛べる訳も無く。私は速度と高度を保てず、少しずつ落ちていきます。最後には地面の突起にポルマのどっかを引っ掛け、私は慣性に従いポルマから引き剥がされる形で吹っ飛びます。ここでポルマも気絶します。
「うう……ポル……マ……大丈夫ですか……?」
転がり切った私は、ばっと顔を上げます。そこは街の大通りでした。どれも天使の街とは変わらない建物やモニュメントで、違うところと言えばその街にはただの一人も住人がいないところ。……いえ、今となっては天使の街にも天使は一人もいないのでした。恐らくこの街からいなくなったのは死神達で、それが向かった先は、天使達の向かった場所と一緒。
なぜ分かるのかって? 何故なら私は見たからです。遥か上空から見たからです。
見渡す限りの荒野。その只中で一箇所、白と黒の軍勢が入り乱れていたのです。遥か遠くで黒い絨毯のような死神の軍勢と粉雪のように舞い揺れる天使達が、繭のような戦場を形成していました。力無く踊るような彼らは、未だオルケノアの支配下であることが分かります。
しかし戦場と言っても、その両者が争っているものではありません。彼らは手を取り合い、たった一つの存在を取り囲んでいたのです。繭の中で暴れる黒い存在は、翼を広げ飛び回る天使や大鎌を振り回す死神を次々と屠ります。
そんな繭の胎動が、そこから離れた私達を未だ震わせる『何か』の正体だったのです。
ん? それならなぜ突然逃げ出したのかって? 欲張りですねえ。それは、そりゃあ、逃げ出しますよ。だって、“彼”と目が合ったから――。
「――もう出て来たノ?」
空虚な街にガサついた声が響きます。続いて、ペタリと柔らかい音が小さく反響します。
「う~~~~ん……」
気絶したポルマの唸りが聞こえます。ペタリペタリと近づくそれが、歩みであると分かります。
「――やっぱリ、ルルティアもチェルヨナも、アイツらが上手いことやったのかナ」
ペタリペタリという音はぴたりと止み、彼は足元のポルマを見下ろします。
「何の用ですか!」
「――じゃア、君はどうやれば死ぬのかナ」
私に一瞥もくれず、まるで自分以外の世界なんて存在しないと思っているかのようです。
「ポルマ! 逃げて!」
身長以上に長く、うねるような薄紫色の髪の毛を垂らす存在。その目はあの日と変わらず、ガサついた声やボロい布を纏うのも、やはり変わらず。
彼はようやく瞼をぱちっと開いたポルマに続けて声を掛けます。
「久しぶりナ、ポルマ」
天使達を攫い、死神を統べる者。
「あ……あれぇ、あな……あなた、は……?」
「忘れたノ?」
そうして彼は口にするのです。忌々しいその名を――、
「オルケノア――君の兄弟、だヨ?」
――などと番狂せなことを宣ったのでした。
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