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第一部
第二十話――「覚束ない導きでした」
しおりを挟む一つ、終界に星が流れた。それは鮮やかな群青色で、大気を割き、その勢いに任せて地上に激突した。そして開かれたそれから、二人の天使がまろび出た。
「いったたた……何回落ちるんですか私たち……」
「はらほろひれはれ~~……」
「しっかりしてくださいポルマ。着いたみたいですよ」
はらほろなんちゃらなどと言って目をばってんにしているポルマの肩を揺すって正気に戻します。ちょっと古いですよそれ。
「う~ん……あ、あれ、ペロちゃん……ここは……?」
「もう、終界ですってば。ずっと高い所から落ちてきたんです。その翼が守ってくれたみたいですね」
真っ黒の割れ目に飛び込んで瞬く間に視界に広がったのは、真っ黒な大空と緑の無い枯れ果てた大地でした。そして私達はそんな大地へ真っ逆さま。未だ不安定な翼の力を使おうと思っても、ポルマは既に気絶。ひ弱な私では、無駄に大きな翼の生えてしまったポルマを抱えて飛ぶのも、こんな勢いが付いてしまってからでは土台無理な話で、着地後を天使の再生能力に任せることにして自由落下していました。するとポルマが気絶しているにも関わらず、群青の翼は私達を包み込み球状に変化しました。その後強い衝撃に球体の中で揉みくちゃになっていると、球体が解かれ、私達は地に足をつけることが出来ました。
「さて、ここからアルタスさんの居場所を探さなくてはならないのですが……」
「――なんだい! やっぱりアルタスに会いに来たのか、ペテロア!」
それは、あの玩具小屋の中で何度も残響した声でした。
後ろでカタカタと体を震わす音がします。あ、こっちはポルマの描写です。
「ああ……あなあななあな、あなたは……ててぎょ!」
「ん、誰だい? そりゃあ」
「……黙っててくださいポルマ」
さすがポルマと言いたいところですが、今は往年のボケに構っている暇は無いのです。だって、彼は私のすぐ正面、鼻と鼻の触れそうな程の距離で身を屈めて立っているのですから。
「あなたにどうしてここが――「そんなの君が知らないはずが無い。僕だって界の神格なんだ。“見通す”力で視ているのさ。全てをね」
私の言葉を遮ったテテギャは、片目をパチリとやってその能力を示します。言われて『確かにそうだ』なんて納得してしまう自分が腹立たしく、更にはそれが至近距離で行われるものだから、嫌悪感にプラスして鬱陶しいです。
「ははは、やっぱり君は僕のことが苦手だな。記憶を失う前以上の顰めっ面だ」
「でしょうね。私は私です。記憶があっても無くてもあなたを嫌いでよかった」
「……嫌いだなんて、言って無いんだけどな。まぁそれもまた君の感情だ。面白いことにね」
「はい? 嫌いでないならなんだと……」
一瞬目を伏せたテテギャに、胸の奥がちくりと痛みます。どうしてこんな奴に私は罪悪感を抱いているのでしょう。一体以前の私はどんな神格のだったのでしょうか。なんてことにこれ以上の思いを巡らせる暇も無く、テテギャはぐわんと凄い勢いで首をしならせてこちらに向き直ります。
「アルタスに会いたいんだろ? それなら、そっちの……えっと、でかい翼の子に先を行かせるといい。きっと辿り着くべき場所に辿り着く」
「ポルマに……?」
「ポルマ……そうか、そういったっけ。その子がきっと導いてくれるだろうさ」
ポルマに着いていけって、どうしてポルマがアルタスさんの場所を知っているのでしょうか。だってポルマはずっと私と行動を共にしていたし、テテギャが最初に現れた時には……というか今だって最初の一言からずっと気絶しています。とても連絡を取り合う隙があったとは思えません。
「あなた、それ以上巫山戯ていると容赦しませんよ」
「ふざけるついでにもう一つ言わせてもらうよ。親愛なるペテロア」
「……っ! あなたは!」
いよいよ私も堪忍袋の緒が切れました。気が付くとテテギャの憎たらしい鼻頭に拳を投げ出しています。神格もやるときゃやるんです。鉄拳制裁です。なんて息巻いた拳もすっかり空振り、私は勢いを殺せず前方につんのめります。そこへ体を支えるようにして添えられた手は、テテギャでした。
「“彼”は僕に多少なり似た喋りをするだろうけど、僕なんか比べ物にならない程おっかない奴だ。きっと近づいちゃいけないよ」
「だから! あなたはずっと何を言っているんです……て、わわわ、いったあ!」
テテギャに支えられた体をバタバタとし始めた頃、その支えは消失しており、再び始まった落下に為す術なく私は尻餅をつきます。
「なんなんですか……一体……」
周りを見回してみても既にテテギャの姿は無く、ひたすらに枯れた大地が広がるばかりです。あとポルマが泡を吹いて倒れています。……あっ、起きた。
「ひ、ひえええええ!! どどど、どうか命と魂だけはーー!!」
「命も魂も取られてませんよ! ほら立ちなさいポルマ。早く行きましょう」
「あ、あれ……? ててぎょは……?」
「誰ですかそれは。ってそんなこと言ってる場合じゃないですよ。テテギャはよく分かんないことばかり言って帰りました。今はアルタスさんを探しましょう」
意識の戻ったポルマに状況を説明するのも何度目でしょうか。いい加減、人間の創作みたく『かくかくしかじか』とかで伝わりませんかね。
益体の無い思考をポイと投げ捨て歩き出そうというところで、ポルマの声に止められます。
「ぺ、ぺろちゃん!」
「……はい?」
クルッと首だけ振り向いた先で、ポルマはでっかい翼を器用に折り曲げ、矢印のような形を作っていました。クイっクイっなんてやっているのが鼻に付きます。
「たた、多分、こっち、です……」
自信無さげに道を示すポルマに、私の脳裏にはテテギャの忠告が過ります。あまりにも早い伏線回収です。
誰ですか、こんなあからさまで雑な伏線を用意したストーリーテラーは。こんなの、もう従うしか無いじゃないですか。このあとどうせ嫌なことが起こります。私には分かるのです。これが何者かによって捻じ曲げられている物語だと。私の勘が危険信号を発しています。だけど、私は従うしかない。物語の駒でしかない私には、この道しか見えていないのですから。
「手を繋ぎましょうポルマ」
「……え? ど、どうしたんです……わわわ!」
この道のりは恐らくとても深く暗い場所へ続いていて、それを分かって進むことしか私には出来ませんでした。
「そうやってあなたが転ばないようにです。ほら」
「あ……ありがとう……ござ、います……」
だけどそんな道すがらを、このせめてもの温もりで飾ったって、罪は無いですよね?
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