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第一部
第十三話――「下賤な輩を成敗です!」
しおりを挟む「なんで、みんな死んじゃうんだよ。天使は死なないんじゃなかったのかよ。話が違うじゃないか」
大穴の底には散らばった肉片がこびりついていた。それに巻き込まれるようにして天使の衣服も散らばっている。恐らく天使であったろうそれらの原型は残っておらず、その衣服だけがその正体の手がかりだった。
「やっぱり、カガラと、爺ちゃんだ。二人とも、殺された」
『誰に』なんて問いが胸中に浮かんだ。自明だろ。
「アイツだ。アイツしかいない」
天界において、天使を殺す存在。
「フーガ、お前なんだろ。天使を殺す天使。どこだ。どこに逃げた」
もっとちゃんとやってれば、僕はアイツを止める力があったのに。アイツをどうにかすることも出来たのに。カガラを呼び止められた。爺ちゃんと一緒に飛び立てた。僕の失態だ。僕の怠惰が招いた惨状だ。この力があってなぜ――、
“――思い悩んでいるね、アルタス”
その声は唐突に鳴り響いた。頭の中で。不思議なことじゃない。いつだってその声は鳴り響く。いつだって彼は喋っている。こんな、文字通りのどん底でだって、関係無い。
「今回はどうしたの。何か面白いものでも見つけたの」
“ああ、アルタスの周りで起きていることにとても関連がある。僕は今とても充実しているよ”
ケタケタと聞こえてきそうな調子の話し声は、こんなときに聞けば鬱陶しくて仕方が無いだろう。しかし僕にしてみたら、その声はとても馴染みのある声だ。この声を聞いていたら、落ち着くまである。友達を二人失った直後だというのに、僕の思考は明瞭だ。感情だって、酷く波立ってはいるけれど、抑えられないほどじゃない。
“アルタス、一応言っておくけど、あまり平静な様子には見えないから、上に戻る時は気をつけな。それと、行くとこが無いなら、一度僕のとこに帰っておいで。もっと面白いことになりそうだ”
「うん。分かったよ」
その声は『帰っておいで』と誘っている。ああ、確かに、僕の方じゃ手詰まりだ。そうしよう。帰ろう。そして頼ろう。こんなどん底でこそ、僕は彼に頼るべきだろう。だって彼は僕の――、
* * *
「カガラと爺ちゃんが死んだ」
そう一言、残酷な現実を述べたのは大穴から帰還したアルタスさんでした。その言葉に質問を返すのはポルマ。
「あ、あの……お二人の死体は……」
「ダメだ、グチャグチャだった。光による再生も行われる気配も無い。とてもじゃないけど、拾い切れない」
今まで以上に淡々と喋るアルタスさんは、感情を表に出さないよう努めているようでした。明らかに表情の動きがありません。
「僕は行く場所がある。それで、君らはどうする?」
それは唐突に迫られた選択でした。
『どうする?』と、そうアルタスさんは言いました。どうして選択を委ねるのか、私には理解が及びませんでした。
「どうするって……アルタスさんが行くというなら、私達も……」
「僕が行くのは終界だ」
「な……終界って、正気ですか!?」
終界とは死神の世界。天界と対をなし、全てがそこで終わると言われる終焉の界。そんな場所に行けば、いくら力持ちのアルタスさんと言えど、死神の大鎌に魂を刈り取られてしまいます。そして何より、私達は終界と天界を行き来する手段を持っていない。次元の隔絶された二つの世界を行き来するには、神格としてのチカラが無ければ不可能なはずです。記憶の無い私ではその力を使えない。
すると横にいるポルマも口を開きます。
「そ、そうですよ……! し、終界だなんて……私達では行く手段もありませんし……そそ、それに、死神に見つかったりなんかしたら……! ひぇええええ!」
常に不安定という意味でポルマの情緒は安定していました。しかしそれもここに来て上振れ気味です。そして直前に出された情報をそのまま口にする辺り、さすがはポルマという所でしょうか。
そんなポルマにアルタスさんは「大丈夫だよ」と、冷たい声で言ったのです。
「僕には当てがある。そして、向こう側に行く手段も。だけど君の言った通り、死神に見つかれば危険だし、オルケノアにだって見つかったことになる。だから聞いているんだ。僕に着いてくるなら、ほぼ確実に死ぬ。ここに残れば多分何も出来ないけどまだ安全だ」
最後に付け足すようにアルタスさんは言いました。
「正直言って、君らが来る意味は無い。でも来たいなら、止めないし、ちゃんと使う。さあ、どうする?」
その冷淡な物言いは、これまでのアルタスさんの柔和な口調やマイペースな調子を一つも感じられず、それはどこか、オルケノアを彷彿とさえさせます。
『どうする?』と再び投げかけられたその問い掛けは、明確に選択を迫るものでした。着いていけば死ぬ。残れば死なない。ただそれは、目に見えて来るなと、そう言っているだけのように私は感じました。それが優しさなのか無関心なのか分かりません。ただそれは突き放すだけの冷たさだったのです。
きっとこの時の私は、アルタスさんがいなくなることを怖がっていました。私の声色にはそれが滲み出ていて、表情からだって子供のような不安の心地が読み取れたでしょう。
「アルタスさんは、終界へ行ってどうするんですか……。そうやって突き放したって、あなた一人で死に行くだけではないのですか」
「だからだよ。僕が行って死ぬだけの場所に、君らが来て何が出来るの。それに僕は一人じゃ無いよ。言ったろ? 当てがあるって」
「ですが、あなたは……」
「結論が出ないなら僕はもう行くよ。いつまでも猶予がある訳じゃ無いんだ。君らは天界で待ってくれればいい。大丈夫、僕は死なない」
そう言って身を翻したアルタスさんは立ち去ろうと歩き出します。翼を広げながらゆっくりと加速し、飛び立つ態勢です。しかし、そうはさせません。
「ポルマ……アルタスさんを逃がさないで……!」
「うぅ、うわあああああああ!!」
震え混じりの私の掛け声に合わせて、ポルマは叫びながら走り出します。それに驚き、振り向くアルタスさん。飛びかかるポルマに反応しきれず「ちょ、ちょっと!」なんて言いながら押し倒されます。ポルマはべそかきでもあるようで、涙や鼻水をアルタスさんにべったりさせながら言いました。
「し、ししし……死のうとしちゃダメですぅ! あ、アルタスさん、わたた、わた私、一人は、いい、いやですぅ!」
アルタスさんのお腹の辺りに伸し掛かり、じたばたと暴れるポルマの腕を掴むアルタスさんの面持ちは、ようやく憤りを見せます。
「だからさ! 死のうとしてるんじゃ無いって! わっかんないかなあ! 僕には行かなきゃならないとこがあるんだって!」
「――それは、あの趣味の悪いしたり顔のことですか」
「……は? 今、なんて――」
困惑の色を強めるアルタスさん。泣いてしまいそうな私は、その上空へ潤む瞳と共に指を差し向け、半ばやけくそ気味に言ってやったのです。
「――視えていますよ。そこのあなた」
そう言い放った瞬間、世界が破ける音を立てました。
「ひ、ひああああ! な、なん、なんですかアレは……!?」
ポルマの悲鳴が響き渡ります。そしてアルタスさんがこれまでに無いほどの驚きを、表情でいっぱいに表現しています。顎が外れてしまいそうです。
私の指差した空間には、亀裂が縦に走り、そこから空間を押しやるようにして、白い指が突き出します。その指達は丁度両手分で、それらがさらに空間を押し退けるようにして、無理矢理に亀裂をこじ開けます。まるで紙でも破くように世界を破るのです。同時に聞こえてきたのは、ケタケタと、まるで堪えられないほどの笑いを堪えるような声でした。
「くっ……くくっ……くくくくっ……」
その存在は、闇のように暗い向こう側から身を乗り出し、いよいよこの天界に足を踏み入れます。地面でもない宙空を力強く踏み締めました。
「そ、そんな、どうして……」
「ごごごごごめんなさいいぃ……! ちょ、ち、調子に乗りましたあぁぁぁ……!」
そんな状況により色濃い困惑を示すアルタスさんと、早くも降参するポルマ。既にアルタスさんの拘束を解いて土下座です。早すぎます。
次第にその笑いは抑えの効かないものになったようで、「ぶぁっはははは!」なんて豪快なものになります。
その存在はそこからぴょんと宙を蹴って跳び、アルタスさんやポルマ、そして私まで飛び越えて着地します。そしてスッと振り返った細身の彼は白い肌に薄布を纏いアルタスさんに似た――というより同じ癖のついた銀色の髪を翻し、この上なくにこやかな表情で言いました。
「――やあ! 久しいね、ペテロア!」
――どうやら彼は、私の旧友であったのです。
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