りんねに帰る

jigoq

文字の大きさ
上 下
9 / 83
第一部

第九話――最速のカガラ

しおりを挟む


「なあお前ら、ちょっと俺と話をする気は無いか?」

 星空の下、大穴の空く草原に彼らは佇んでいた。

「それさ、俺らになんか得ある?」

 カガラと相対する二人。その片方の黒いローブが反応する。

「得かは知らんが、わざわざ天界に顔を出すような死神さんならよ、中級天使の隊長と話せるなんてわりかしご褒美なんじゃないか?」

 死神に軽口を返すカガラ。

「ははは! お前面白いな。こんな出会いじゃなけりゃ友達にでもなりたいとこだよ。それと俺、死神じゃないから」

 カガラの軽口に更に軽口で返す死神は、自らを死神では無いと嘯く。

「そんな大鎌を持ってローブ着て、死神じゃないならなんだって言うんだ。なあ、説明してくれよ、フーガ」

 死神の隣、黒い風呂敷を背負う天使に問いかける。

「んあ? なぁんでおめぇ、俺ん名前知ってんだよ。俺はそんな有名だったか?」

 とぼけたような様子で返す彼はフーガ。ルシアやルルティア様の配下を手に掛けた天使。いや、彼はもう――、

「有名も何も、ただでさえ悪魔なんて噂が広まってる。それが今度は世界が始まって以来の大事件の唯一の関係者だ。よお人気者、羨ましいぜ」

 皮肉混じりにフーガの現状を説明する。そこに孕むのは微かな憤り。

「なあ、お前なんなんだ。じいさんに聞いたぜ。生まれた時から気味悪がられて悪魔なんて噂まで流布されたって。ずっと悪ガキみたいだったって。でもよ、お前にもバディが出来たんだろ? 大事な仲間が。大事な相棒が。何のつもりだよ。なんでこんな、全部ぶっ壊してまで、復讐のつもりか? その背負ってるもんはルシアの首か? 何のつもりでそんなことをやってんだ。お前のバディが、ルシアがどんな気持ちで死んだと思ってる? 爺さんが、どんな気持ちで、お前を今も、信じてると思ってんだ!!」

 言い終わる頃、カガラの言葉は既に怒りに染まっていた。どうしてルシアが殺されなければならない。どうして爺さんが奪われなければならない。どうして、お前は――、

「なんでお前は、泣く事が出来る」

 フーガ、お前がどうして悲しめる。その揺るがぬ表情で、涙を流せるのだ。

「あー、泣かしたー。ちょっとー、ウチのフーガちゃん泣いちゃったんだけどー? いって!」

「うっせぇ。とっとと門ってやつ開けよディラン。ここにもう用はねぇ」

「……あいよ。お前ほんっと愛想ねぇのな」

 そんなやりとりの後、死神は大鎌を手元で弄ぶようにして振り回す。それを何のきっかけがあったのか、彼は背負い投げのようにし、すぐ後ろに向けて振り返りと同時に振り下ろした。
 キンと甲高い音が響くと同時、彼らの背後に現れたのは人一人が通れるかと言うような、黒い黒い裂け目であった。

「もちっと大きく出来ねぇのかよ」

「うるさいな。まだ慣れてないんだ。先入れよ」

 既に彼らはカガラに取り合うことをしていない。裂け目に向かってどっちが先に入るのかなんて言い合っている。

 そんな油断をカガラは見逃さなかった。いや、油断と言うにはあまりに小さな隙であったはずだ。だから、それを狙っていたのがカガラであったことは不運と言える。

「――もう一回聞かせてもらうけどよ、俺と話をする気は無いか?」

「はあ? だから俺らはもう行くっつって……あれ?」

 死神の見た方、声のした方向にカガラはいた。しかし、それはさっきまでとは全く別の場所だ。カガラは大穴の真ん中で、ちょうど宙空にて翼を広げていた。その手に黒い包みを持って。

「……っ! おめぇ、いつ取りやがった?」

「今に決まってる。目を離した瞬間なんて、今だけだったろ」

 咄嗟に自らの首元を探るフーガ。しかしそこにあったはずの重みは無い。

「話す気なんて無いって、聞こえてなかった? コミュニケーションって知ってる? 天使さーん?」

「お互い様ってやつだ死神。知らないだろ。俺は天使最速なんだぜ? 今からお前達を突っ放して天界を逃げ回ることなんて簡単だ」

「あーはいはい。いいよいいよ。そんで? 俺らと話がしたいって? わざわざこっちの足引き止めるなんて、よっぽどのファンってやつだな。お前も悪魔になってみるか?」

「ふざけんなよ。俺が話したいのはお前じゃなくて、そっちで頭抱えてるくそ野郎のことだ」

「おいおい、そんなら尚更俺を通して欲しいね。こちとらまだまだ傷心真っ盛りなんだよ馬鹿野郎。なあ、フーガ……て、おい? どうした?」

 死神の見たフーガは、何かをぶつぶつと呟き、蹲っていた。

「……ふざけるなふざけんな煩いんだよあっちいけよごちゃごちゃと喋るな黙れよ……」

「お、おい、フーガ?」

 耳を近づけると聞こえて来るぼやきは呪いのような言葉が止めどなく、顔を覆う手は段々と歪む表情を掻き毟り始める。

 それは突然だった。

「……さっきっから……誰も彼も……うるせえんだよおおおオぉぉぉぉオオおオ!!」

 堰を切ったようにフーガのぼやきは咆哮へと変わる。

「なんだよ、急に……」

 その咆哮は離れたカガラすら、肌で空気の振動をピリと感じた。

「返せヨ……俺ノ……ツミを……」

 咆哮の鳴り止む頃、ゆらりと立ち上がるフーガの背は、漆黒の翼で飾られ、その光輪は漆黒を放ち、体の黒い斑点模様は更にその体を侵食する。

 その姿はまさしく悪魔であった。

「なんだよフーガ、そこまで悪魔らしくなんて言った覚え無いぞ?」

「あれは、本当に、天使なのか……?」

 カガラはこの時、硬直していた。これは完全なる隙であった。暗澹たる変貌を遂げた天使を前にして、恐怖に飲まれたのだ。それは魂に刻まれた恐怖だった。天界の危機だとか、比翼隊の隊長としての矜持だとか、そんなものを全て置き去りにして、逃げ出したかった。震える体は思うように動かず、思考は恐怖に染められた。だから逃げられなかった。その悪魔が飛び掛かって来ることを理解しながらも。

「カエせエえエエ!!」

「や、やべ――」

「退けカガラ!」

 悪魔が到達するその間際、カガラの身は弾き飛ばされる。カガラの居た場所、そこに代わりに居たのは――、

「爺さん!!」

 ――こちらを突き飛ばすトガは、安心したように笑っていた。


 * * *


「おや、カガラ。どうしたんだいこんなところで」

 それは昼下がりの中央通りにある天界レストラン。その窓を突き破って飛び込んできた天使へ向けた言葉だった。

「あ~、いや、なんでも無いんだ。ほんと、邪魔して悪いな、タルファ。と、そっちはパトラだっけか」

「い、いえ……お元気ですのね、カガラさんは……」

 机の上で仰向けになってお椀を被るカガラ。直前までほかほかのワショクが並べられていた食卓だ。
 立ち上がったカガラは翼を広げる。

「まあ、埋め合わせはその内やっとくから、今は見逃してくれ」

 枠が壊れ、天使一人なら悠々通れるようになってしまった窓にカガラは足をかける。するとタルファが後方から再び声を掛ける。

「仕事かい?」

「おう」

「ほどほどにね」

「あいよ」

 その淡白にも思えるやりとりを終えると、カガラは目にも留まらぬ速さで飛び立った。遅れて吹き荒れる風が、机や椅子の散らばったレストランを更に掻き回して行くのだった。

「カガラさんって、嵐のような方ですのね……」

 レストランで残された下級天使パトラが、同じく残された中級天使タルファへ向けて独り言のように呟いた。それにタルファは斜めに曲がった眼鏡を直しながら返す。

「天使長直属、中級天使部隊比翼隊の隊長だからね。忙しいんだ。いつも天界中を飛び回ってるよ。あれはカガラにしか出来ない仕事だ」

「なるほどですわ……ですけど、自分で仕事を増やしてませんこと?」

「彼の仕事の半分は自分で増やしたものだったりもするんだが……て、わわ!」

「あらまあ……」

 一陣の嵐が過ぎ去った天界レストランにて、つるの折れた眼鏡がピシャリと落っこちる音が虚しく響いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...