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第一部
第八話――手がかり
しおりを挟むあまりに輝く、その天使に聞いた。
「その、翼とか、輪っかの光は止められ……ませんか?」
キョトンとした表情で天使は聞き返す。
「止められますけど、どうしてですか?」
「めっちゃ眩しくてそっち向けないから……」
* * *
トガ宅の客間にて、会議は続いていた。
「……んで、えーっと、つまりあんたは……」
その状況に、言葉を選ぶべきかどうかの判断をし兼ねていると、目の前の天使はみるみる顔を赤くして言った。
「だーかーらー! ペテロアだってさっきから言ってるじゃないですかー!」
「『じゃないですか』って言われてもな……」
悩ましい声をため息混じりに出す。カガラは判断し兼ねていた。大した判断をしたことの無いカガラは今、窮地に立たされている。
「えーっと、それで、ペテロア……様? が、なんで天使の死体から出てきた? ……ですか?」
「分かりませんね!」
溌剌としたその返事に、既に諦め八割、義務感二割で聞いてみる。
「じゃあ、その体の持ち主は今どういった状態ですか? 死んでしまったのですか?」
「全くもって分かりませんね!」
ペテロアを名乗る天使は溌剌とした態度で自分の無知を主張する。
「しかし、天使が死ぬことは有り得ません。魂が何処かに行ってしまったのでは無いですか?」
その補足にカガラは頭を抱える。
「うあー! なあアルタス、お前も聞き取り手伝えって」
部屋の隅の椅子にどっかり座り込むアルタスの声をかけるカガラ。
「んえ~?」
背もたれに顎を置く形で座り込むアルタスは「でもその子、ペテロア様なのは間違い無いと思うよ」と口にする。ペテロア様(仮)を擁護するアルタスに当然の疑問を口にする。
「なんでそう思うんだよ?」
それに人差し指を立て「だって」と前置きをし、
「その輪っかの光は上級天使の力でしょ? 『光』とか言う奴。今は存在しない上級天使の力を使える時点で上位の存在であることは確かだし、天使の死体から現れたり、その六枚の翼といい、自称といい、仮定するにしてもペテロア様ってことでいいんじゃない?」
立てた人差し指をゆらゆらとしながら高説を垂れるアルタスに慄く。予想外に論理的なことを口にする。あまり考えることをしない奴だと思っていた。
「そちらの銀髪の方の言う通り、私はペテロアです! 記憶はほとんどありませんし、神格のチカラも何も使えませんけどね!」
アルタスの言葉に勢いづくペテロア。しかしそれが事実であるなら、なおさら、カガラは追い込まれる。情報過多という名の泥沼に。
「はあ……。まあ、この際ペテロア様が死体に宿ってるのはいいや……。それで、ペテロア様はこれからどうするんですか」
アルタスに助けを求めたはずが何故か劣勢に立たされたカガラは、もう諦めて結論をペテロア様に投げることにする。
「う~ん。正直言って何をすればいいのか全く分かりませんね!」
そしてそれを溌剌とはたき落とすペテロア。しかしペテロアはそれを拾い直し――、
「なので! 分かるまでここにいます!」
ペテロアはトガの家に滞在することが決定した。
* * *
「それで……あの子は、ルシアではなかったんじゃな?」
そこは先ほどまで死体の横たわっていたベッド。横になるトガはカガラに問い掛けた。
「ああ、あの子はペテロア様……らしい。記憶がほとんど無いみたいでな。さっき光った時に目が覚めて、自分がペテロア様だってことだけは覚えてたみたいだ。信用していいのかは分からんが、力は本物だ。六枚の翼に上級天使の力。少なくともよっぽど上位の存在だ」
「なるほどのう……カガラにしてはいい分析をしおる」
アルタスの手柄をさも自分のように話すカガラ。ペテロアについての報告を聞くトガは「ふうむ……」と一考し、口を開く。
「そうか。ペテロア様がルシアの体に宿ったのか。そしてルシアの魂は何処かに行ってしまった、と。考えられるのはフーガと共におるという可能性か」
「ああ。だから今は調査に出てる中級天使の報告を待つって話に落ち着いた」
「すまんなカガラ、世話をかける。わしもの、ペテロア様に話を聞いてみるとするかの。どれ、ちょいと貸してくれんか」
そう言ってベッドから身を起こすトガ。ベッドから降りようとしてカガラの肩を借りる。
あんまり無理すんなよ。今あんたにいなくなられると俺のキャパが爆発しちまう」
「天使が死ぬわけなかろう……とも言えぬ状況か。まあ、普通にする分には大丈夫じゃろう」
トガはベッドから降り、客間に向けて歩き始める。丁度ドアノブに手を掛けたところだった。
バタン!
「カガラ! 爺ちゃん! 大変だ!フーガを見たって天使が見つかって……あれ? 爺ちゃんは?」
「……そこに」
カガラの指差す先には光に包まれ震えるトガ。
「厄日じゃ……」
* * *
日が暮れ星が見え始めた頃、玄関先に彼らは立っていた。
「つまり君は、首を抱えた黒い斑点模様の天使と道ですれ違ったんだね?」
「は、はい。そんな様子の天使が、金髪の首を持って、死んだような目で歩いてました。道の向こう側から歩いてきて、近づくにつれて大事そうに抱き抱えてるものが見えて来たんです。そ、そしたらそれ、首を持っていたんですよ? 気味が悪くって、にに……逃げて来ちゃいました……」
トガとカガラとアルタスは、比翼隊の調査班が連れて来た下級天使に話を聞いていた。その天使はフーガらしき天使が首を抱えて歩いてたと言うのだ。
「それで、その天使はどっちに向けて歩いていたんだ?」
カガラの質問にその天使は答える。
「ああ……あっちの方は、確か、広い草原があったような気がしますけど……」
「……草原には、フーガの家があったはずじゃ。フーガは家に帰ったのかもしれん。あそこはルシアと二人で暮らした場所じゃ」
トガの補足を聞き、その横で翼を広げ始めるカガラ。
「なるほどな。そうと分かれば急ぐぞ。情報提供に感謝する!」
言いながら飛び立つカガラは、既に声の届かないほどだ。それに続いてトガも翼を広げ始める。
「すまんがわしも先に行かせてもらう。あまり猶予も無さそうでな」
「ちょ、カガラ! 爺ちゃん! もう見えないんだけど……。あー、とりあえず、君はもう帰っていいよ。ありがとね」
「あ、あの!」
彼らに続き飛び立とうとするアルタス。それに声を掛ける下級天使。
「今、天界では何が起こっているんでしょうか……。あの首は天使の首なんでしょうか……。わた、私達は、死んでしまうのでしょうか……」
その表情は言うに連れて不安の色を濃くしていく。
それもそのはずだ。天使が死ぬことは無い。それは常識なんて言葉では足りない程の世界のルール。それが唐突に覆されようとしている。突然、自分の安全保障が失われた者がどれほどの不安に襲われるのかは想像に難くない。しかし、それを聞くのは比翼隊副隊長アルタス。これでも部下を多く持つ立場である。
「大丈夫、安心して。その天使の抱えていた首はね、実は人間の芸術文化である彫刻ってやつなんだ。彼はあの首を模して作った作品を持って行っちゃってね。僕らは取り戻そうとしてるんだ。だからあれは本物じゃない。そもそも考えてみてよ。天使が今まで死んだことなんて無いでしょ? だから大丈夫だよ」
にこやか且つ早口で下級天使を宥めるアルタス。頭が追いつかず不安よりも困惑に彩られる下級天使は最後の言葉だけが頭に残る。
「そ、そうですよね。天使が……し、死んだことなんて、今まで無いですもんね……!」
言葉の濁流に不安と思考を押し流された下級天使は、どこか納得した様子で帰っていく。アルタスはこれまでの立場上、寄せられる相談は多い。そして彼はそれら全ての相談事を、困惑させるというこの一手のみで乗り越えてきた猛者であった。
「それじゃあ僕らも行こうか。ペロちゃんも来てもらおうかな。置いてくわけにも行かないし」
「……話の流れが全く見えませんが、分かりました。カガラさんはもう行ってしまいましたし、私達も行きましょう! ……ところでペロちゃんって何ですか?」
「外で君の事をペテロア様なんて呼べないから、とりあえず事が落ち着くまでペロちゃんね」
「なんか、犬みたいで嫌なんですけど……」
あまりの納得のいかない様子のペテロアを他所に、アルタスは比翼隊の面々を引き連れて飛び上がる。フーガとルシアの暮らした草原へ向けて。
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