無能王子

ぽそ

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無能王子のその後

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 光のない場所で、目が覚めた。
 俺は白い花に飲み込まれて、そこで終わるかと思っていたのに。まだもう少し、時間があるらしい。
 暗く、さして広くもなさそうなここは、あの花の腹の中なのだろう。青臭い香りが充満している。植物に腹があるなんて聞いたことがないから、やはりこいつは魔物の類に違いない。
 少し手を伸ばしてみれば、かすかに湿った木の葉のような感触に突き当たった。ほんのりと、鼓動のような何かが指先に伝わってくる。
 このままここで、消化されるときを待てばいいのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていたら、するり、と、細い何かが身体に触れた。

 感触からして、先ほど俺をここに連れ込んだ蔓だろう。探るように肌を辿られ、くすぐったさにかすかな声が漏れた。
 それを皮切りに、どこからともなくひとつ、ふたつ、身体を這う感触が増える。顔に、首筋に触れては離れ、寝間着の裾から潜り込んで素肌を撫でて。
 ――これから何が起こるのか、何となく、想像はついた気がする。この花にとっての栄養が、いったい人の何であるのか。
 恐怖などなかった。口元に伸びた蔓のひとつに、こちらから口づけを落とす。ぴくりと震えたそれが、俺の唇に触れ、中へと滑り込もうとする。躊躇いもなく受け入れた。
 唾液で濡れた蔓は、ゆっくりと口内を這う。舌を撫で、歯列と歯茎をなぞり――喉の奥を突かれたときは、流石に咽せてしまったけれど。その反射に驚いたように引っ込んで、別の蔓があやすように俺の頭を撫でてきた。
 気にすることはない、好きにしてくれていいのに。そんな思いを込めて、蔓草に舌を這わす。苦い香りが、鼻へ抜けた。

「………っ」

 ふと。服の下に潜り込んでいたものが、下半身の中心を掠める。むずがゆいような感覚に小さな吐息が漏れれば、その反応に興味を持ったのか、そろそろとそこを這い回られた。
 形を確かめるように、付け根から先端へ。なめらかな茎のような感触を押しつけられながら、時間をかけて探られる。やがてこの一本だけでなく、周囲にあったろう他の蔓も、同じように触れては絡まって。

「あ……、ふ、……」

 自然と、喉の奥から声が漏れる。蔓を含んでいるせいでくぐもった、それでも信じがたい甘さを含んだそれが耳に届いて、体温が上がった気がした。
 それでも、もう、否定はできない。この触手めいた蔓に身体中を撫でさすられ、俺は確かに、快感を得ている。
 当然のように羞恥はある。けれど、俺はもう全てを捨てて、この花に喰われることを選んだ。喰われた先で何をどうされようと仕方がないし、どうせ誰にも見られはしない。
 それなら無駄な抵抗をするよりも、この甘さに溺れてしまう方が、幸せになれる気がした。

 中心には徐々に熱が集まり、少しばかり服が濡れたような感触がある。先端を何度も擦られ、中に入ろうとするかのように細い何かを押しつけられ、その度に腰が跳ね上がった。
 素肌を撫でるうねりは胸元にまで忍び寄り、小さく柔らかな葉のような感触が、両の突起をくすぐる。
 全身に広がる熱は思考を奪い、俺は身を震わせながら、か細く掠れた声を零し続ける。
 細かい痙攣を繰り返す身体に、太い蔓が巻き付いた。刺激から逃れることを許さないというように、しっかりと腰を固定するそれは、それでも必要最低限の力で俺を押さえつけている。この植物にどこまで意思があるのかはわからないが、俺を傷つけるつもりはない、ということが、行動の端々から伝わってきた。
 こいつだけは、俺を愛してくれている。それは俺の思い込みではないと、信じたい。
 きゅう、と、絞るように、蔓の群れが俺の芯を締め付けた。

「ひ、ぁ……っ!!」

 嬌声が喉に詰まる。闇しか見えない目の前に、火花が散るような錯覚を覚えて、訪れる開放感と虚脱感。
 力をなくす中心部を、蛇のように這い回られる。つい先ほど吐き出した、粘り気のある液体をぬぐい取るように、それは幾度もそこを行き来した。
 すっかり敏感になった身体が、それだけでぞくぞくとした快感を訴えてくるけれど、俺にはどうすることもできない。口の中のものを抜き取られ、飲みきれない唾液の零れるそこから、呼吸とも喘ぎ声ともつかない音を漏らしながら全てが終わるのを待つだけだ。
 下半身を覆う衣類は、いつの間にか取り払われていた。火照った身体よりも温度の低い蔓が、むき出しの肌に纏わり付く。
 中心を撫でていた一本が、股から太腿へと滑る感触がする。まだ終わりではない、とでも言うように、腿をなぞりながら移動していくその一本は、背後の一番奥まった場所へとあてがわれた。
 ねばついた液にまみれた先端が、俺の内部へと繋がるそこを軽く叩く。この後に何が起きるのか、知識でだけはうっすらと知っていた。
 二度、三度、確かめるように外側を突く蠢きを感じていると、徐々に不安もわき上がってくる。縋るものが欲しくなって、手を伸ばした。指先が触れた蔓の数本を、掴んで胸元に掻き抱けば、そこから僅かな震えが伝わる。
 こいつにも、驚きという感情が存在するのだろうか。しばし俺の腕の中で、不規則にうねるような動きをした後に、安心させようとするかのように俺の顔を撫でてくる。

 ――ぺたりとした茶色の髪も、くすんだ灰色の瞳も。平凡でつまらない顔立ちも。何度鍛えても貧弱なままの肉体も。余計なことを考えるばかりで、動きの鈍いこの頭の中身も。全ては、この暗闇に溶けて、沈んでしまった。
 その中でただ、『俺』という存在を認めるように、この花は俺を抱く。

 それが、どれほどの幸福か。

 俺の存在を丸ごと、取り込まれてしまったら。俺の気持ちの一欠片くらいは、おまえに届くのだろうか。
 そんな夢を描いた刹那、細い蔓の先が、俺の内部に潜り込んだ。

「う……っ」

 覚悟していたよりも、不快感が強い。ぎゅっと目を瞑り、身体が異物に慣れるのを、息を殺して待った。相手も無理にこじ開けようとする気はないらしく、入り口付近でゆっくりとした抜き差しを繰り返している。
 中を柔らかく押し広げるのに合わせ、胸元の葉も再び動き始めた。ささやかに振動させるように胸の突起を撫でられて、無意識に小さな溜息をつく。
 強ばっていた身体の力が抜け、蔓が更にもう少し、深く入り込んだ瞬間。

「――!?」

 電流を流されたように、全身が震えた。

「あ……あ、んんっ……ふぁぁ……っ!!」

 何が起きたのだかわからずに、暗闇の中で目を見開いた。ほっそりとした凹凸のない感触が、自分の内側を擦り上げる。その度に、甘い痺れが腰から背筋を駆け上がり、押し出されるように高い声が漏れた。
 この腹の底に、確かな快感を生み出す何かがあって。そこを突かれるほどに、自分の意思とは無関係に身体が反応を示す。悲しくも恐ろしくもないのに、涙が頬を流れ落ちる。
 思わず閉じかけた両足を巻き取られ、開いた状態で固定された。暗闇で見えないとはいえ、羞恥に顔に熱が上る。それがまた快楽の呼び水となって、自由のきかない腰が身悶えた。
 中をなぶる蔓がもうひとつ、増やされる。内側にある一点を、代わる代わる執拗に、押され、擦られ、抉られて。

「ゃ……そ、こ……そこ……」

 やめて欲しいのか、もっと続けてほしいのか。もうそれすらもわからない。
 気持ちいい、という感覚だけに支配されて、首を仰け反らせる。身の内の蹂躙が止まることはなく、柔らかに撫でられ続ける胸も、再び蔓が取り付き始めた震える己の中心も、燻る熱に苛まれ逃げることを許されない。
 重く疼く腹の底から、何かが迫り上がってくる。先ほどよりも深く、何もかもを飲み込み、攫っていく波のようなそれに、抗うことなどできなかった。

「あ、ぁ、あぁああっ!!」

 一際の甘さを孕んだ自分の声が、暗闇の中に反響した。
 絶頂に押し上げられた身体から力が抜ける。とにかくうるさい心臓の鼓動。もう指一本、動かせそうにない。

 ――それなのに、蠢く蔓は止まらない。とろとろに溶かされた身の底を、更に溶かしきろうとするように、優しく責め立ててくる。
 閉じられない唇から、意味を成さない言の葉をぽとぽとと落としながら。きっと俺はこのまま、こいつと溶け合ってしまうのだろうと思う。
 溢れる涙は、もはや快楽のものですらない。愛しい純白とひとつになれる喜びは、何故だか、胸を痛ませた。

 愛してる、と。口にすることは叶っただろうか。
 そうでなくとも、届いていたと信じたい。
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