35 / 41
七日目 二〇XX年二月二十一日
三十四、
しおりを挟む
山口は真剣なまなざしで阿貴を見る。その目には力があって、その真摯な話しぶりにはつい目を奪われる。阿貴が答える前に、武衛が口を開いた。
「乗ろう。明後日だな」
「そうだ。アンタらだけになってしまって本当に悪いが……わかってくれるか。それにこの話は他言無用だ」
「わかった」
「待って、武衛さん、山口さん。……その枠を、ほかの人に譲るっていうのはできる?」
「阿貴?」
「どんな人だ?」
「子どもか、身体が不自由なご老人、かな。待って今考えているんだけど」
「おい、阿貴!」
「武衛さんは黙って。まだあの人たちに話をしたわけじゃないし、俺たちは体力もあるし健康だから、少しぐらいだったら耐えられるでしょ、うっ」
突然、胸倉をつかまれた。息苦しさにうめくと、すぐ目の前に武衛の顔がある。
「阿貴、お前……正気か?」
「う、苦しいって」
「ここから抜け出せる機会を、お前が、手放すのかよ」
「優先順位の問題、だって。俺だって早くこんなところ抜け出したい」
放して、と阿貴は言う。武衛の手が震えていた。指を一本一本ほどくように武衛は手を放して、阿貴はせき込んだ。気まずい沈黙を破ったのは、山口の大きなため息だった
「盛り上がっているところ悪いけど、今の話を聞く限り、あんたら以外の人たちは今回連れていけそうにもない」山口は無念とばかりに首を振った。「体の不自由な人を連れてってほしいと言ったが、俺たちは介護ができるわけじゃない。基本的に自分で歩ける人間だけだ。それにここから徒歩三十分といったけどな、その高齢者が歩いていけるのか?」
山口の告げた内容に、阿貴は言葉を失う。それを見て、彼はさらに続けた。「あと、子どもだが、親はついてこれるのか?」
「……わからない。親二人で、小学生ぐらいの子どもも二人」
「ますます悪い。まず、俺たちは子どもの相手はできない。ボートを出すだけだ。だから必ず親がついてこないと乗せられないし、四人全員乗せることはできないから、誰かが残ることになる。ま、阿貴さん? あんたみたいな『良い人』ならいいけど……でも基本的に、今の状況でその家族への脱出の話を持ち掛けることはおすすめしないね」
山口は目を伏せ、残念そうな表情をする。
「話を聞く限り、あんたたちが逃げるのが一番成功率が高い。道中なにがあるかわからないんだ」
成功率、という言葉が、阿貴の胸を突き刺す。突き刺されたところがひどく痛む気がした。しかし、次の山口の言葉には、さらに胸が苦しくなった。
「アンタらはメシも食わせてくれたし、一人十万のところ五万でどうだ」
「金とるのかよ」
武衛が声を荒げたが、今度は山口も動じない。
「ああ、心苦しいが、俺たちだって、命がかかっているんだ。これだって本当は一人十万のところ、半額で、二人で十万って言ってる。払えないってんならこの話はなしだ」
「でも……俺たち現金なんて持ってないから、後払い?」
阿貴がいうと、山口はかぶりを振った。
「いや、現物だ」
「そんなの、無理だよ」
「まあ現金は無理だとしても、物があればいい。電子機器、パソコン、あとカメラか……状態にもよるが、二十個ぐらい集めればいいかな。それにこの辺はもともと古い住宅街で、ジジババが住んでる一軒家もあるだろう。そういうところには、現金や宝石なんかがあるから漁るならおすすめだ」
「……アンタ、俺たちに盗みをしろっていうの?」
阿貴が想像しているより、低い声が出た。責めるような口調だったのにも関わらず、山口はやはり意に介さない様子で、肩をすくめる。
「仕方ないだろう? それにみんな命あってのものだねだ。それに、もうアンタたちはここに勝手に住んで、勝手に食糧やなんやらを使ってんだろ」
今更、何をためらうことがあるんだ? と山口は言った。それが、さらに深く、阿貴の心にナイフを突き刺した。
「武衛さんは、どうしたい?」
山口を置いて部屋に戻って、玄関の扉をしめた途端、阿貴は武衛に尋ねた。頭一つ分背の高い彼のまなざしが、阿貴を見おろす。その表情は何を考えているかわからない。
「俺は、山口のいう通り、俺たちだけで行くべきだと思う」
「……そう」
やはり、そうなのか。阿貴が落胆して視線を落とした頭に、武衛は深いため息とともにつづけた。
「むしろ、阿貴、俺はお前がそんなに背負いこむ理由がわからない」
「背負いこむ?」
「出会って数日で、こっちをいいようにこき使おうとする人間だ。なんの義理もないはずだ」
「こき使おう、って、協力を求めてきただけだ」
武衛の斜に構えた物言いは阿貴の頭にきた。顔をあげて噛みつくが、武衛は表情を変えずに阿貴の肩に手を置いた。
「そういうふうに感じるお前だから、つけ込んでくるんだよ」
「武衛さん、んぅ」
武衛がかがんで、唇を寄せて、舌を入れてくる。話を続けようと阿貴が胸を押し返しても、びくともしてくれない。
「ちょっと、武衛さん、いきなりっ、すぎ」
「……しよう」
「ん、なに、武衛さんのスイッチって、どこ、ん」
頭半分の体格差で室内に押し込まれて、半ば抱えられるようにベッドまで運ばれた。
スプリングのきいたマットレスを背に、武衛の大きな身体にのしかかられる。その体格差をまざまざと感じさせるようなマウントにわずかに恐怖を覚えつつ、それ以上の安堵を感じてしまう。投げ出した手のひらに武衛の指が重なって、阿貴が握ると、握り返してくる。
「……俺、身体拭いたの昨日なんだけど」
口が離れた瞬間に阿貴がいうと、武衛の動きが止まる。
「知ってるよ」
「抵抗ない?」
武衛は少しだけ斜め上を見て考えるそぶりをしたが、本当にそのそぶりだけだった。「いや。今ならお前のうんこも食えそう」
「は? 何言ってんの、武衛さん」
「うん、案外いけそうだな」
「え?」
「だから、一日身体拭いていないくらいなんでもないってことだよ」
とんでもない告白に阿貴が唖然としているうちに、武衛が服を脱がせていく。掛け布団を引き寄せて外気を遮断して、その中で阿貴の身体を裸に剥いた。そして自分の言葉を証明するように、阿貴の身体のつま先からてっぺんまで、隙間なく舐めしゃぶったのだった。
「乗ろう。明後日だな」
「そうだ。アンタらだけになってしまって本当に悪いが……わかってくれるか。それにこの話は他言無用だ」
「わかった」
「待って、武衛さん、山口さん。……その枠を、ほかの人に譲るっていうのはできる?」
「阿貴?」
「どんな人だ?」
「子どもか、身体が不自由なご老人、かな。待って今考えているんだけど」
「おい、阿貴!」
「武衛さんは黙って。まだあの人たちに話をしたわけじゃないし、俺たちは体力もあるし健康だから、少しぐらいだったら耐えられるでしょ、うっ」
突然、胸倉をつかまれた。息苦しさにうめくと、すぐ目の前に武衛の顔がある。
「阿貴、お前……正気か?」
「う、苦しいって」
「ここから抜け出せる機会を、お前が、手放すのかよ」
「優先順位の問題、だって。俺だって早くこんなところ抜け出したい」
放して、と阿貴は言う。武衛の手が震えていた。指を一本一本ほどくように武衛は手を放して、阿貴はせき込んだ。気まずい沈黙を破ったのは、山口の大きなため息だった
「盛り上がっているところ悪いけど、今の話を聞く限り、あんたら以外の人たちは今回連れていけそうにもない」山口は無念とばかりに首を振った。「体の不自由な人を連れてってほしいと言ったが、俺たちは介護ができるわけじゃない。基本的に自分で歩ける人間だけだ。それにここから徒歩三十分といったけどな、その高齢者が歩いていけるのか?」
山口の告げた内容に、阿貴は言葉を失う。それを見て、彼はさらに続けた。「あと、子どもだが、親はついてこれるのか?」
「……わからない。親二人で、小学生ぐらいの子どもも二人」
「ますます悪い。まず、俺たちは子どもの相手はできない。ボートを出すだけだ。だから必ず親がついてこないと乗せられないし、四人全員乗せることはできないから、誰かが残ることになる。ま、阿貴さん? あんたみたいな『良い人』ならいいけど……でも基本的に、今の状況でその家族への脱出の話を持ち掛けることはおすすめしないね」
山口は目を伏せ、残念そうな表情をする。
「話を聞く限り、あんたたちが逃げるのが一番成功率が高い。道中なにがあるかわからないんだ」
成功率、という言葉が、阿貴の胸を突き刺す。突き刺されたところがひどく痛む気がした。しかし、次の山口の言葉には、さらに胸が苦しくなった。
「アンタらはメシも食わせてくれたし、一人十万のところ五万でどうだ」
「金とるのかよ」
武衛が声を荒げたが、今度は山口も動じない。
「ああ、心苦しいが、俺たちだって、命がかかっているんだ。これだって本当は一人十万のところ、半額で、二人で十万って言ってる。払えないってんならこの話はなしだ」
「でも……俺たち現金なんて持ってないから、後払い?」
阿貴がいうと、山口はかぶりを振った。
「いや、現物だ」
「そんなの、無理だよ」
「まあ現金は無理だとしても、物があればいい。電子機器、パソコン、あとカメラか……状態にもよるが、二十個ぐらい集めればいいかな。それにこの辺はもともと古い住宅街で、ジジババが住んでる一軒家もあるだろう。そういうところには、現金や宝石なんかがあるから漁るならおすすめだ」
「……アンタ、俺たちに盗みをしろっていうの?」
阿貴が想像しているより、低い声が出た。責めるような口調だったのにも関わらず、山口はやはり意に介さない様子で、肩をすくめる。
「仕方ないだろう? それにみんな命あってのものだねだ。それに、もうアンタたちはここに勝手に住んで、勝手に食糧やなんやらを使ってんだろ」
今更、何をためらうことがあるんだ? と山口は言った。それが、さらに深く、阿貴の心にナイフを突き刺した。
「武衛さんは、どうしたい?」
山口を置いて部屋に戻って、玄関の扉をしめた途端、阿貴は武衛に尋ねた。頭一つ分背の高い彼のまなざしが、阿貴を見おろす。その表情は何を考えているかわからない。
「俺は、山口のいう通り、俺たちだけで行くべきだと思う」
「……そう」
やはり、そうなのか。阿貴が落胆して視線を落とした頭に、武衛は深いため息とともにつづけた。
「むしろ、阿貴、俺はお前がそんなに背負いこむ理由がわからない」
「背負いこむ?」
「出会って数日で、こっちをいいようにこき使おうとする人間だ。なんの義理もないはずだ」
「こき使おう、って、協力を求めてきただけだ」
武衛の斜に構えた物言いは阿貴の頭にきた。顔をあげて噛みつくが、武衛は表情を変えずに阿貴の肩に手を置いた。
「そういうふうに感じるお前だから、つけ込んでくるんだよ」
「武衛さん、んぅ」
武衛がかがんで、唇を寄せて、舌を入れてくる。話を続けようと阿貴が胸を押し返しても、びくともしてくれない。
「ちょっと、武衛さん、いきなりっ、すぎ」
「……しよう」
「ん、なに、武衛さんのスイッチって、どこ、ん」
頭半分の体格差で室内に押し込まれて、半ば抱えられるようにベッドまで運ばれた。
スプリングのきいたマットレスを背に、武衛の大きな身体にのしかかられる。その体格差をまざまざと感じさせるようなマウントにわずかに恐怖を覚えつつ、それ以上の安堵を感じてしまう。投げ出した手のひらに武衛の指が重なって、阿貴が握ると、握り返してくる。
「……俺、身体拭いたの昨日なんだけど」
口が離れた瞬間に阿貴がいうと、武衛の動きが止まる。
「知ってるよ」
「抵抗ない?」
武衛は少しだけ斜め上を見て考えるそぶりをしたが、本当にそのそぶりだけだった。「いや。今ならお前のうんこも食えそう」
「は? 何言ってんの、武衛さん」
「うん、案外いけそうだな」
「え?」
「だから、一日身体拭いていないくらいなんでもないってことだよ」
とんでもない告白に阿貴が唖然としているうちに、武衛が服を脱がせていく。掛け布団を引き寄せて外気を遮断して、その中で阿貴の身体を裸に剥いた。そして自分の言葉を証明するように、阿貴の身体のつま先からてっぺんまで、隙間なく舐めしゃぶったのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ダブルボディガード
佐倉華月
BL
榎本快が働く探偵事務所の所長が深夜に連れてきたのは、新入所員の一条悠利。
しかも一緒に働きながら彼のことを守ってやってほしいという。
人とは違う力があるらしい悠利と行動をともにすることになった快だったが、初対面だと思っていた彼とは以前に会ったことがあるようで…
表紙と挿絵は高宮博子様に描いていただきました。
素敵なイラストをありがとうございます!
※の話に挿絵が入っています。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる