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お前のライバルにはなれない

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「よかったな~。あんなに会いたがってたあおちゃんに会えて。なあ? ひな」

職員室へと向かう廊下を足早に歩く日向の背中に向かって水無瀬が言った。
日向が立ち止まり、振り返る。
「勘違いするなよ、水無瀬。俺のことをそう呼んでいいのは、あおだけだ」
日向の冷たい目と口調に、水無瀬が、くっ、と笑う。
「気色悪い猫被りはあおちゃんの前だけか? 今はもう『ひな』なんて可愛いもんじゃないだろ、有峰 日向」
強い声音で水無瀬は日向の名を呼んだ。

そう、こいつは可愛くもくそもない。
昔は泣き虫で女みたいだったくせに…

付き合いだけは無駄に長いから、水無瀬は見ていた。
日向が変わっていく様をーー

「…そうだな、あおの前では俺は…。ところで、さっきからあおちゃんあおちゃんって。あんまり馴れ馴れしくするな。あおにも、俺にも」
「心配しなくても、あおちゃーー白石さんには手も足も出さないよ」
軽く両手を上げて水無瀬は言った。

日向の蒼に対する執心は異常だ。
自身の生活圏を蒼中心に変えるほどなのだから。
蒼と再会し、その後何度か連絡を取り合うくらいの関係では満足出来ないらしい。
家を出ることだって周りの反対を押し切ってーーいや、周りに反対など力ずくでさせなかった。
それが出来るのが、今の『有峰 日向』という男だ。

日本有数の財閥である有峰家の三男坊。
身内から期待も見向きもされていなかった日向の存在がーー有峰家ではいつの間にか脅威となっていた。

前に向き直った日向の横顔を水無瀬は眺めた。
白皙の頬。けぶるように長い睫毛。芸術家が作った傑作のような均整の取れた顔立ち。
『美形』という言葉を説明するには日向の容姿を見せれば簡単だろう。
子供の頃の人形みたいな可憐さや儚さは今はもうないが、その容姿は昔も今も嫌でも人を惹きつける。
そんな日向が、水無瀬はずっと嫌いだ。

大手自動車メーカー創業一族である水無瀬は、長男ということもあり、両親から期待され厳しく育てられた。
成績は常に一番を求められ、それは勉強だけでなく運動においてもだった。
また、学校の委員会では人の上に立つように、習い事では才能を見せるように、とも言われた。
そんな完璧な人間などいるわけがないのにーーそれでも水無瀬は期待に応えようと努力していた。
そして、何に対してもよい結果を出してきた。

幼少の頃、能力的なことで日向は水無瀬の相手にならなかった。
勉強も運動も平均的。学校では仕切るタイプでもなく、水無瀬と同じくらい多くしている習い事ではどれもこれといって才能があるわけでもない。
見た目がよいだけの、取るに足らない人物。気にするだけ無駄だった。
ただ、自分よりもさらに裕福な家柄である日向の気楽さ加減が、水無瀬には気に食わなかった。

こっちは息も詰まりそうなのに、ヘラヘラしやがってーー

おまけに、水無瀬の好きな子が日向と仲が良かった。
そのこともおもしろくなかった。
水無瀬が日向をいじめるとその女子が日向を庇った。

「どうしてひなたくんをいじめるの?」
「大丈夫? ひなたくん」……

苛々してつい、
「そんなブスに守られてるんじゃねーよ、日向」
自分の好きな子までも傷付ける言葉を吐いた。
その子に嫌われてしまっていることくらい、水無瀬には容易に想像がついた。

そしてーー
忘れもしない。
小学五年の時、一学期の期末テスト。日向に成績を抜かれた。
担任の先生が日向を褒めたので、日向のテストを奪いとって見ると全教科満点だった。
思いがけないことで、水無瀬はしばらく信じられなかった。
カンニングでもしたのかと思ったが、担任の口振りから、日向は去年の半ばくらいから成績を上げていったらしかった。

悔しい。認めたくない。
油断していた。
こいつは、見た目だけじゃなかったのかーー?

ふと、水無瀬には思い当たることがあった。
去年の半ば頃といえばーー確か日向が学校をしばらく休んだ時期辺りだ。
何かの病気だったのか、理由は知らない。
その後再び学校に通い出してきた日向は、以前に比べてピリピリしているように見えた。
周りもそのことに薄々気付いていたのか、または長いこと休んでいた日向を腫れ物扱いしていたのか、みんな日向とはどこか距離が出来たようだった。
水無瀬もまた、その頃から日向とは何となく疎遠になった。

一体…日向に何があったんだ…?

そんな水無瀬の戸惑いをよそに、日向は運動や習い事など勉強以外にも優秀な成績を残すようになった。
今まで手を抜いていたのかと思えるくらいに。

そしてその冬、日向がばっさりと髪を切った。
ずっと女子のような髪型だったのに、当時の水無瀬の髪型よりも短くなった。
見慣れない日向のうなじは寒々しくて、見てるこっちの方が風邪を引きそうだった。
だから言ってやった。

「その髪型、全然似合わないな」
「そんな風に憎まれ口を叩くから、好きな女子にも振り向かれないんだ」

それは初めて日向に反抗的な口を利かれた瞬間だった。
ほんの少し揶揄っただけで涙目になっていた日向の目も、この時はひどく冷めていた。
何か言い返そうとして、情けないことに水無瀬は一瞬言葉に詰まった。
日向がどこかへ行こうとしたので、慌てて、

「っ、日向のくせに生意気言うな! お前は守られてばかりいればいいんだよ。女子たちや、そう、あのあおちゃんとかいうヤローに」

言った言葉は虚勢を張っているようにしかならなかった。
きっと今の日向は、こんな言葉相手にしない。
水無瀬にはそんな確信めいた思いがあった。
しかし、意外なことに、日向はぴくりと反応し立ち止まった。

「ああ、そっか…」

振り返った日向の表情は、さっきとは違って優しく見えた。

「おまえとはあおの話が出来るんだ…」
「…あお、って…」
「今日の帰り、ちょっと付き合ってくれ。おまえだっておれに話したいことがあるんだろ?」
有無を言わせないような物言いだと水無瀬は感じたが、このまま日向の思うようにいくのは癪だと思った。
ただ、嫌だと言うのも逃げるようで自分が許せなくなりそうだった。
「…いいぜ。もうおまえにいい気はさせないからな」

           ※

放課後、水無瀬は日向について行くような形で通りを歩いていた。
その日は水曜日で、お互いに習い事のない数少ない曜日だった。

「どこ行くんだよ、日向」

ずっと会話もなく、ただ日向に従っているような状況に水無瀬はついに痺れを切らして聞いた。
けれど、日向からの返事はない。
「…無視かよ…。あーもういい、おれ帰るからな」
「着いた」
「は?」
日向が立ち止まったのはコンビニの前だった。水無瀬はこれまで友達と何度か利用したことのあるところだ。だが、日向には無縁な気がした。
呆気に取られている水無瀬にはお構いなしに、日向はコンビニの中に入って行く。
「あ、おいっーー」
少し遅れて水無瀬も店内に入った。
水無瀬が店内をぶらついてから程なくして、
「行くぞ」
「んあ?」
満足に商品を見ることも出来ず、水無瀬は不満気な声を上げた。
見ると、日向の手にはコンビニの袋がある。
「おまえな…自分ばっかりーー」
ため息をつき、やれやれといった様子で言った水無瀬が気付いた時にはもう、日向の姿は数メートル先で。
「ったく、勝手なヤツ」
水無瀬は日向の後を追った。

二人はコンビニを出たが、日向はまだどこかへ行こうとしているようだった。
確かにコンビニが目的地だったとしたら、勝手に買い物を済ませた日向の一方的すぎた。
「今度はどこに行くつもりだ?」
「ここ」
再び日向が足を止めたのは、コンビニを出てすぐのことだった。
通りを挟んでコンビニの向かいにある公園。
初等部に上がってから水無瀬も時々来たことのある場所だ。
高学年になったこともあって、最近は全然来ていなかったが。
「なに、おまえと砂遊びでもしろっての」
「そんなことしない」
日向が公園に入り、水無瀬も後に続いた。
日向が何をしたいのかさっぱり分からない上に、ここまで振り回された感があるが、ここまで来た以上最後まで付き合おうと水無瀬は思った。
もちろん仕方なく、だ。
「座んねーの?」
ベンチの前で突っ立ったままの日向に水無瀬は声をかけた。
「……………」
「変なヤツ」
言って水無瀬はベンチにどっかと腰掛けた。
今この公園内に人の姿はなく、おまけに辺りの落葉樹に緑もないため殺風景だ。
頬に当たる風が冷たい。じっとしていると身体が冷えてくる。
お互いに話をするはずだったのに何もこんな場所じゃなくても、と水無瀬は不満に思った。
不意に日向がコンビニ袋から何かを取り出した。
そしてまだ何かが入っているらしいその袋を水無瀬に差し出した。
「え、なに?」
「やる」
袋を受け取り、水無瀬は中を覗いてみた。
「え…なに?」
間抜けなことにさっきと同じ言葉が口から出てきた。すると日向が驚いたような顔をした。
「おまえ、知らないのか?」
「なっ、バカにするなよな。あんまんか肉まんだろ」
言って水無瀬は袋の中身を取り出した。
手にあるのは日向が持っているものと同じに見える。
日向が立ったまま、自分の分のそれを一口食べた。
「食えよ」
そう促され、水無瀬は疑惑の目を向けた。
「おれを懐柔する気かよ、こんなもので」
「まさか。そんなつもりないから安心しろ」
「ふーん」
まだ納得がいかないながらも水無瀬は手にしているそれにかぶりついた。
「ひふひぁんふぁ(肉まんか)」
ピザまんの方が好きだけど、と思いつつ水無瀬は口の中のものを飲み込んだ。
「うまいよな」
「え…?」
しみじみとした口調で言った日向の言葉に、水無瀬は思わず聞き返していた。
「まあ、うまいけど…」
こんな寒い中、温かい肉まんは身体にしみる。
「おれはこれのうまさを、あおに教えてもらうまで知らなかった」
「はっ、おまえはもっとうまいもの食ってるだろ。ま、おれも人のことは言えないけど」
日向の家にも水無瀬の家にも専属の料理人がいるくらいだ。
本当は水無瀬はファストフードやジャンクフードの方が好きだが、それらは家族とは食べたことがなく、気の合う仲間たちとしか食べに行ったことがなかった。
日向の方はどうか知らない。少なくとも水無瀬は日向を誘ったことがなかったからーー

「…おれは初めてあおと食べた肉まんの味が忘れられない。今まで食べた何よりも、おいしかった」

肉まんをじっと見た後、日向がベンチの空いているところに目をやった。
それからしばらく彼はそうしていた。

一体日向には何が見えてるんだろう…

気付かないうちに、肉まんを食べる水無瀬の手が止まっていた。
少しして、我に返った水無瀬は肉まんを食べ切った。
「あお…って、おまえとよくいた『あおちゃん』ってヤツ? まだつるんでるの?」
口の端をぺろっと舐め、水無瀬は聞いた。
長い沈黙。

「……彼女はもう、ここにはいない」

ようやく日向が重い口を開いた。
「ふーん…? どっか行ったってこと?」
日向は何も答えない。水無瀬は冗談めかして笑った。
「愛想でも尽かされたか、日向。ってか、今…『彼女』って言った? あいつ男だろ?」
水無瀬は日向が間違えたのかと思った。が、日向は真剣な顔で答えた。
「あおは女の子だよ」
そして、確固とした口調で続けた。

「どんなに辛いことがあっても、おれみたいに泣いてばかりじゃない、おまえみたいに人を傷つけてばかりじゃない、誰よりも優しく気高い心を持ったーーかっこよくて、可愛い女の子だ」

「……は……」
水無瀬の口から掠れた声が出た。
「嘘言うなよ…。あいつが女なわけ…」
考えもしなかった。見た目も言動も自分が知っている女子とは違っていた。
それにーー
水無瀬の脳裏に、不敵に笑う『あおちゃん』の姿が浮かんだ。

あいつは一度も止めなかった。
おれが日向をいじめていることに、絶対に気付いていたはずなのにーー

初めて会った時は確か「おれも混ぜてよ。どんな遊び?」と言ってきた。
ある時は水無瀬を見ておかしそうに笑うので、腹が立って理由を聞いたら「元気そうでよかったって思っただけ」と言ってきた。
いつも水無瀬は答えに詰まった。
そして何だかどうでもよくなって、相手にするのをやめたのだ。
結局日向をいじめるのを止める羽目になっていた。
それは多分、『あおちゃん』の思うツボで。
ずっと自分は女子に負けていたのか。
これじゃあ女子に庇われてばかりいた日向と変わらない。
そんなのは、許されない。

「あいつが女なわけないだろ! あいつが自分で言ってたのかよ、女だって」
「いや…でも、見れば分かるだろ。おれは初めてあおを見た時から分かってたけど。それに…いろいろと調べはついてる」
「調べ、って…」
水無瀬が聞き返すように言ったが、日向は何も答えずもう冷めただろう肉まんを再び食べ始めた。
やがて食べ終えた日向は、ぐい、と指先で口元を拭うと、口を開いた。
「おまえがトップの成績でいなければならないのは分かってる」
「あ?」
水無瀬は苛ついた声を出した。
いきなり話を変えてきた上に、まるで自分のことを分かったかのような日向の物言いが癪に障ったからだ。
そういえばさっきも、『あおちゃんが女』ということに気を取られてしまったけど、『辛いことがあるから人を傷つけてばかりいる』というようなことを日向に言われた。

くそ…何だよ
おまえなんかに何が分かるーー

水無瀬は上目遣いに目の前にいる人物を睨んだ。

「でも、おまえには負けないよ、水無瀬」

おどおどした様子で『蓮くん』と呼ぶ日向の姿はそこにはなかった。
こんなに強気で負けず嫌いの日向も知らない。
まるで二重人格のようなーー

「おまえ…誰だ?」
 
静かな、だが強い声で水無瀬は聞いた。それに対して日向がふっと笑うと、真剣な口調で言った。

「おれは絶対に、誰にも負けられないんだ。あおに会うために。今度はおれがーーあおを守るために」

水無瀬は、息を呑んだ。
日向の言葉に込められた強い意志を感じたせいもあって、夕日を背にした日向の迫力に圧倒されてしまったのだ。
空は燃えるように赤く、日向がまるで炎を背負っているかのようだった。
逆光で日向の顔に影が落ちている。その表情までははっきりとは分からない。
それでよかった、と水無瀬は思った。
恥ずかしいことに、今の日向の表情を受け止める自信がなかった。

「…おもしれー。やってみろよ、おれだって負けるつもりはないからなーー有峰」

水無瀬は精一杯余裕ぶった。そうしないと気持ちで負けてしまいそうだったからーー
ただ、もう『日向』とは呼べなかった。

            ※
「ーーところで」

職員室が見えてきた辺りで日向が言った。

「兄さんたちには何て報告するんだ?」

思わず水無瀬は立ち止まった。
日向の口調はさりげなかったが、水無瀬を見る目は何もかもを見透かしているようだった。

「…お前…知ってたのか…?」

水無瀬よりも少し進んだところで立ち止まった日向が軽く振り返った。

「勝ち逃げは許さない、って、お前まで転校する理由としては弱いだろ。それ以前にも気になることはあったし…。だから高崎たかさきに調べさせた」

はぁー、と水無瀬は深いため息を吐いた。

「例のお前の優秀な側近か…。みかどさんやみことさんと連絡を取る時は気をつけてたのになぁ。あの二人仲が悪いはずなのに、お前のこととなると結託するから笑える」

水無瀬は乾いた笑いを浮かべて言った。

日向には優秀な兄が二人いた。
この表現には語弊がある。二人ともいなくなってはいないし、今現在それぞれ有峰グループの会社社長に就いているくらいできる人間だからだ。
が、日向の優秀さはその二人を凌駕してしまっていた。

日向の父ーー有峰家現総帥には三人の息子がいる。長男、帝。次男、尊。そして三男の日向。
長男次男は年子で、日向は長男と九歳離れている。歳の離れた末っ子である日向だが、親兄弟から可愛がられているどころか無関心の態度を取られていることは誰の目にも明らかだった。
将来有望な長男次男がいればいい。日向は何も期待されていなかった。
総帥の後継者は帝か尊と思われていた。
それが覆されたのは、日向が中学に入ってからだ。
日向が何をしたのかは定かでないが、気難しいと言われるアメリカの新進気鋭の起業家に気に入られたらしく、有峰グループとの提携を結びつけた。
それは帝や尊には出来なかったことだ。
それから急に日向の両親は日向に目をかけ出した。とは言っても、それは愛情が芽生えたというより価値を見出したという感じだったが。
父親から難題を課されても、日向は満足のいく答えを出していった。日向はいまや両親のお気に入りだ。
そんな中、これまで敵対関係にあった帝と尊が日向に対抗心を燃やすようになった。
日向を潰す、そのことにおいて二人の利害が一致し、相変わらず仲は悪いものの、目下二人にとって一番の邪魔者は日向という状態だ。
水無瀬は一年ほど前のとあるパーティーで帝と尊から声をかけられた。
学校や普段の日向の様子をこれから逐一教えてほしい、とのことだった。
有峰財閥と繋がりを持てるのは水無瀬には願ってもない話だった。
水無瀬の家にとっても自分の将来的にも、強い力を持つ有峰にいい顔をしておいて損はない。
それに腐れ縁の日向には、水無瀬は今更態度を改めるつもりはなかった。
だから今は帝と尊の回し者のようになっているが、この二人が有峰家で今後どのような立場になるか分からない。
二人に対して表面上忠実ではいるが、さしあたりは様子見だ。

水無瀬が帝と尊と通じていることは、日向はどうでもいいと思っているようだった。
日向の顔に嫌悪の色も動揺の色も見えない。
水無瀬は冗談とも本気ともつかない様子で言った。

「お前のことは、女に狂ってるって報告するよ」

日向が微苦笑した。

「確かに。けど兄さんたちは信じるかな」

基本日向は淡白だ。有峰の家のことに対しても人に対しても。
日向の女性関係について、帝と尊には報告してある。
何人かの女性と深い仲になったことも。
それは日向には大した意味があることではなく、せいぜい練習台くらいにしか思っていないらしい。一応相手には、好きになることは絶対ない、と断っているらしいが、やっていることは最低だ。
それでも日向に近付いてくる女性は大勢いるわけで。
自分こそは日向を振り向かせてみせる、と女性たちは思っているんだろう。
それは無駄なことなのにーー

日向が家を出たことや転校したことについて、もちろん帝と尊はその理由をひどく知りたがった。
それに対して水無瀬は、日向には珍しい気まぐれか視野を広げたいのか、と適当に濁してきた。
それで二人が納得するわけもなく、水無瀬が日向についていくことで収まった。
水無瀬自身、これはこれでおもしろいと乗り気だったので決して嫌々ではない。
ちなみに水無瀬の両親は、有峰の後継者の可能性がある日向と自分の息子が親密だと誤解していて、水無瀬が家を出ることは意外にあっさり了解した。
水無瀬が日向にだけ成績が負けるのも両親からは特に何も言われないので、本当に現金だと思う。
結局は長い物には巻かれろということらしい。

「俺が白石さんのことを言えば、俺以外の誰かを使って勝手に裏付けを取るだろ」

そう水無瀬が言った途端、日向の目にすっと冷たい光が宿った。

「兄さんたちにあおのことを話せばどうなるか、お前は分かってるよな」
「わーってるよ、俺はそこまで馬鹿じゃない。だから今まで白石さんのことは話してないし、これからも話すつもりはないから」
「ならいい」

日向が職員室の前まで行き、中に入る。それを見届けてから、水無瀬はゆっくりと歩き出した。

正直言って日向を敵に回したくなかった。
周りの期待に応えるために、周りからの評価を気にして努力してきた水無瀬と違って、日向はただ一人の女のために、周りのことなど気にしない様子で一途に努力してきた。
その想いは、素直に尊敬できる。
水無瀬には本当は分かっていた。
あの日、あの冬の公園で、誰にも負けられないと日向が言った時から。

覚悟が違う。
だから、俺は日向に敵うはずがない、とーー

















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