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宝箱の中の苦い思い出2
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ひなたにどんな顔をして会えばいいのか分からなくて、蒼は次の週の水曜日落ち着かない気分でいた。
しかも、天気が悪く朝から雨が降っていた。
「あおちゃんっ」
蒼の姿を見つけるなり、ぶんぶんと手を大きく振るひなたはいつもと変わらなかった。
淡い水色のレインコートを着ているひなたの周りは、
雨に煙る中でもなぜか明るく見える。
蒼は罪悪感を押し殺すことに努めた。
ひなたが駆け寄って来る。
蒼もひなたのもとへと小走りで行った。雨で足元が悪いので、ひなたをあまり走らせたくなかった。
「…あおちゃん…大丈夫…?」
蒼の側まで来たひなたが心配そうに聞いた。蒼の顔にはあざがあり、頬にはガーゼが貼ってある。
「ちょっと…ぶつけただけ」
蒼の怪我は今に始まったことじゃない。心配してくれるひなたに、蒼はいつも適当に誤魔化していた。
でも今日の怪我は特に目立っているから、いつもよりひどく見えると思う。今の言い訳はさすがに無理があるような気がしたが。
花冠の件以降、蒼は母親に対して少し反抗的な目になっていたんだろう。
それはもちろん母親には面白いわけがなく、蒼への当たりがさらに強くなっていた。
「あおちゃんは…ぼく以外の誰かのヒーローでもあるの?」
純粋な口調でひなたが聞く。
「…え…?」
「誰かを助けようとして無茶したのかなぁと思って…」
この時、蒼の脳裏に母親の姿が浮かんだ。自分のことを憎らし気に見てくる母親の顔が。
わたしは…お母さんのヒーローにはなれない…
力はないけど、わたしはお母さんを守りたかった…
でも…
ひなたのような笑顔をわたしに向けてくれたことなんて、なかった。
「そうだとよかったのにな……」
「……?」
蒼の呟きが聞き取れなかったのか、ひなたが小首を傾げる。
蒼は笑った。
「ただ、おれがドジなだけだよ。気にしないで」
少し安心したようにひなたも笑った。
「ね、じゃあ、今日はどこ行こっか?」
ひなたが聞いた。
雨が降ると公園で遊べないから、二人で適当に散歩をするのが常だった。
しかし割とすぐに、ひなたは雨宿りが出来る場所を探すのだが。
そりゃあ、雨の中にいるのは嫌だよな…
蒼はそんなふうにしか考えていなかった。
折れた安物のビニール傘。靴底のすり減ったぼろぼろのシューズ。
傘は破れている場所もあるし、靴下は濡れてぐじょぐじょになる。
蒼を雨から守る装備は弱かった。
そんな自分をひなたが気遣ってくれていることに蒼が気付いたのは、まだずっと先のことだった。
「ひなに任せるよ。ひなの行きたいとこならどこでも」
「うん、分かった。んーとね…」
ひなたが視線を宙に泳がせ、考える素振りを見せる。
ひなたが少し顔を動かした時、レインコートのフードを被ったひなたの髪に、何かが留めてあるのを蒼は見つけた。
「それ…」
蒼は手を伸ばし、フードをほんの少しずらしてひなたの髪が見えるようにした。
「いいじゃん、似合ってる」
苺の飾りが付いた赤いヘアピン。ひなたはそれで耳にかけた髪を留めている。
えへへ、という感じでひなたが笑った。
「クラスの女の子がつけてくれたんだ」
それを聞いた時、蒼の胸が何だか変な気がした。
今まで感じたことのない異様なものが胸一杯に広がって、内心戸惑う。
そんな中、ひなたが思いついたように言った。
「あおちゃんもつけてみて」
ひなたが髪からヘアピンを外す。
「絶対似合うよ。絶対、かわいいよ」
それを聞いた時、蒼はかっとなった。
「かわいいなんて言われたって、嬉しくない!」
ヘアピンを差し出すひなたの手を、蒼は振り払っていた。
「あお、ちゃん…?」
「おれのことなんか何も知らないくせに! かわいいなんて言うな! おれはひなみたいに甘くないから。そんなんじゃ、やってけなかった!」
蒼は今まで誰かに自分の境遇を嘆いたことはなかった。それが今、噴火したように溢れ出た。
蒼が荒い息をつく。ひなたは少し驚いた顔をしていたが、しばらくしてそれはひどく悲しそうな色を帯びた。
「…ごめんね、あおちゃん…」
泣き声の混じったひなたの言葉に、蒼は我に返った。
「あ……」
ヘアピンはぬかるんだ土の上に落ちている。
「ごめん…ひな…」
さっきあんなに出た声が、嘘みたいに今は出ない。
「…おれには…似合わないから…。かわいいわけ、ないから…」
そう言ってから蒼はヘアピンを拾い上げた。自分の服でごしごしと擦り汚れを落とす。
「だめっ。あおちゃんの服が汚れちゃう」
「これできれいになったと思うから」
ひなたが制止するのも聞かずに服で汚れを拭いた蒼は、無理に強い口調で言った。ヘアピンをひなたに差し出しつつ、少し震える声になって続ける。
「だから…ひながつけていてよ…。ひなには似合うから…。おれとは違って…ひなは本当に、かわいいから…」
蒼はひなたにヘアピンを押し付けるようにして手渡した。
そしてその場から逃げるようにして駆け出した。
「あっ、待って!」
蒼を呼び止めるひなたの声。
ズシャッ
後に続いた何かが倒れる音。
蒼が振り返って見ると、ひなたが地面に倒れていた。
蒼を追いかけようとして転んだのだろう。
何とか身体を起こそうとするひなたのレインコートは、泥だらけになっていた。
「ひな…」
蒼は立ち止まったけれど、ひなたのもとへとは動けなかった。
ひなたの側に行って手を差し伸べたい。
だけど自分にはその資格がない。
勇気が、なかった。
ひなたが蒼の方を見た。蒼とひなたの目が合う。蒼は思い切り目を逸らした。
「あおちゃん!!」
再び走り出した蒼の背後で声がする。だけど蒼はもう振り返らなかった。立ち止まらなかった。
ごめんね…ひな…
ひなは何も悪くないのに…
ひなたにかわいいと言われた時、母親の怒る顔がフラッシュバックした。
怖くて怖くて。そんな風に思う自分が情けなくて。
色んな感情が混ざって、ひなたに八つ当たりをした。
自分とは違って、きっと幸せな家族がいて満たされていて、きっと友達ともうまくいっているひなたのことが、羨ましかった。
純粋で無垢なひなたを傷付けたいと思ってしまった。
自分は何て醜いんだろう。
宝石のようなキャンディーも、シロツメクサの花冠も、苺の飾りがついたヘアピンも、似合うはずがない。
かっこいいヒーローでいることも、ひなたの友達でいることも、ふさわしくなかった。
走り続ける蒼の身体を雨が打つ。
雨が、ひどくなってきた。
しかも、天気が悪く朝から雨が降っていた。
「あおちゃんっ」
蒼の姿を見つけるなり、ぶんぶんと手を大きく振るひなたはいつもと変わらなかった。
淡い水色のレインコートを着ているひなたの周りは、
雨に煙る中でもなぜか明るく見える。
蒼は罪悪感を押し殺すことに努めた。
ひなたが駆け寄って来る。
蒼もひなたのもとへと小走りで行った。雨で足元が悪いので、ひなたをあまり走らせたくなかった。
「…あおちゃん…大丈夫…?」
蒼の側まで来たひなたが心配そうに聞いた。蒼の顔にはあざがあり、頬にはガーゼが貼ってある。
「ちょっと…ぶつけただけ」
蒼の怪我は今に始まったことじゃない。心配してくれるひなたに、蒼はいつも適当に誤魔化していた。
でも今日の怪我は特に目立っているから、いつもよりひどく見えると思う。今の言い訳はさすがに無理があるような気がしたが。
花冠の件以降、蒼は母親に対して少し反抗的な目になっていたんだろう。
それはもちろん母親には面白いわけがなく、蒼への当たりがさらに強くなっていた。
「あおちゃんは…ぼく以外の誰かのヒーローでもあるの?」
純粋な口調でひなたが聞く。
「…え…?」
「誰かを助けようとして無茶したのかなぁと思って…」
この時、蒼の脳裏に母親の姿が浮かんだ。自分のことを憎らし気に見てくる母親の顔が。
わたしは…お母さんのヒーローにはなれない…
力はないけど、わたしはお母さんを守りたかった…
でも…
ひなたのような笑顔をわたしに向けてくれたことなんて、なかった。
「そうだとよかったのにな……」
「……?」
蒼の呟きが聞き取れなかったのか、ひなたが小首を傾げる。
蒼は笑った。
「ただ、おれがドジなだけだよ。気にしないで」
少し安心したようにひなたも笑った。
「ね、じゃあ、今日はどこ行こっか?」
ひなたが聞いた。
雨が降ると公園で遊べないから、二人で適当に散歩をするのが常だった。
しかし割とすぐに、ひなたは雨宿りが出来る場所を探すのだが。
そりゃあ、雨の中にいるのは嫌だよな…
蒼はそんなふうにしか考えていなかった。
折れた安物のビニール傘。靴底のすり減ったぼろぼろのシューズ。
傘は破れている場所もあるし、靴下は濡れてぐじょぐじょになる。
蒼を雨から守る装備は弱かった。
そんな自分をひなたが気遣ってくれていることに蒼が気付いたのは、まだずっと先のことだった。
「ひなに任せるよ。ひなの行きたいとこならどこでも」
「うん、分かった。んーとね…」
ひなたが視線を宙に泳がせ、考える素振りを見せる。
ひなたが少し顔を動かした時、レインコートのフードを被ったひなたの髪に、何かが留めてあるのを蒼は見つけた。
「それ…」
蒼は手を伸ばし、フードをほんの少しずらしてひなたの髪が見えるようにした。
「いいじゃん、似合ってる」
苺の飾りが付いた赤いヘアピン。ひなたはそれで耳にかけた髪を留めている。
えへへ、という感じでひなたが笑った。
「クラスの女の子がつけてくれたんだ」
それを聞いた時、蒼の胸が何だか変な気がした。
今まで感じたことのない異様なものが胸一杯に広がって、内心戸惑う。
そんな中、ひなたが思いついたように言った。
「あおちゃんもつけてみて」
ひなたが髪からヘアピンを外す。
「絶対似合うよ。絶対、かわいいよ」
それを聞いた時、蒼はかっとなった。
「かわいいなんて言われたって、嬉しくない!」
ヘアピンを差し出すひなたの手を、蒼は振り払っていた。
「あお、ちゃん…?」
「おれのことなんか何も知らないくせに! かわいいなんて言うな! おれはひなみたいに甘くないから。そんなんじゃ、やってけなかった!」
蒼は今まで誰かに自分の境遇を嘆いたことはなかった。それが今、噴火したように溢れ出た。
蒼が荒い息をつく。ひなたは少し驚いた顔をしていたが、しばらくしてそれはひどく悲しそうな色を帯びた。
「…ごめんね、あおちゃん…」
泣き声の混じったひなたの言葉に、蒼は我に返った。
「あ……」
ヘアピンはぬかるんだ土の上に落ちている。
「ごめん…ひな…」
さっきあんなに出た声が、嘘みたいに今は出ない。
「…おれには…似合わないから…。かわいいわけ、ないから…」
そう言ってから蒼はヘアピンを拾い上げた。自分の服でごしごしと擦り汚れを落とす。
「だめっ。あおちゃんの服が汚れちゃう」
「これできれいになったと思うから」
ひなたが制止するのも聞かずに服で汚れを拭いた蒼は、無理に強い口調で言った。ヘアピンをひなたに差し出しつつ、少し震える声になって続ける。
「だから…ひながつけていてよ…。ひなには似合うから…。おれとは違って…ひなは本当に、かわいいから…」
蒼はひなたにヘアピンを押し付けるようにして手渡した。
そしてその場から逃げるようにして駆け出した。
「あっ、待って!」
蒼を呼び止めるひなたの声。
ズシャッ
後に続いた何かが倒れる音。
蒼が振り返って見ると、ひなたが地面に倒れていた。
蒼を追いかけようとして転んだのだろう。
何とか身体を起こそうとするひなたのレインコートは、泥だらけになっていた。
「ひな…」
蒼は立ち止まったけれど、ひなたのもとへとは動けなかった。
ひなたの側に行って手を差し伸べたい。
だけど自分にはその資格がない。
勇気が、なかった。
ひなたが蒼の方を見た。蒼とひなたの目が合う。蒼は思い切り目を逸らした。
「あおちゃん!!」
再び走り出した蒼の背後で声がする。だけど蒼はもう振り返らなかった。立ち止まらなかった。
ごめんね…ひな…
ひなは何も悪くないのに…
ひなたにかわいいと言われた時、母親の怒る顔がフラッシュバックした。
怖くて怖くて。そんな風に思う自分が情けなくて。
色んな感情が混ざって、ひなたに八つ当たりをした。
自分とは違って、きっと幸せな家族がいて満たされていて、きっと友達ともうまくいっているひなたのことが、羨ましかった。
純粋で無垢なひなたを傷付けたいと思ってしまった。
自分は何て醜いんだろう。
宝石のようなキャンディーも、シロツメクサの花冠も、苺の飾りがついたヘアピンも、似合うはずがない。
かっこいいヒーローでいることも、ひなたの友達でいることも、ふさわしくなかった。
走り続ける蒼の身体を雨が打つ。
雨が、ひどくなってきた。
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