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9章 あの日本一の誠実系ナンパ師、子凛が逮捕!?

9-9 サイバー補導

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 ガリさんはガリを箸でつまみ、味を確かめるようにガリガリと音を鳴らしている。
「ガリさんガリさん。話を戻します」
「おう」
「隠語で募集しても警察にバレてしまえば、出会い系規制法で捕まってしまうんですよね?」
「もちろん。しかし、出会い系規制法というのはピンポイントに作られた法律なんや。マッチングアプリなど出会い系規制法に該当した場合は処罰されるのだが、出会い系ではない、非出会い系サイトと呼ばれるコミュニティサイトは該当しないから処罰されないんやで《非出会い系サイト―掲示板・自己紹介サイト(プロフ)・ゲームサイト・SNS(Facebook・X〈旧Twitter〉・Instagram等)アプリ(LINE・TikTok・カカオトーク等)》」
「融通が利かないというか何というか」
「せやな。そこで、登場したのがサイバー犯罪捜査官が行うサイバー補導や」
「なんか、かっこいいですね」
「サイバー補導とは、インターネット上で不適切な書き込みをした青少年に、警察官の身分を隠してLINEなどでやり取りし、直接会って注意と指導を行うものや。これが、近年効果を上げている」
「じゃ、ここからも芋づる式逮捕があるってことですね」
「せや。ガキの携帯を糸口にして順番に捕まえていく。サイバー犯罪捜査官からしてみれば、性犯罪者の巣窟であるガキの携帯はウハウハものなんやで。しかし、やり取りの時間がかかり過ぎることや多くの件数をさばけないことがネックだったので、現在では青少年に直接返信して警告するやり方と両輪で行っている」
「どんな返信なんですか?」
「青少年だと見られる書き込みには、『このツイートは児童買春などの被害につながるおそれがあります。また、見ず知らずの相手と会うことは、誘拐や殺人などの重大な事件に巻き込まれるおそれのある大変危険な行為です(愛知県警少年課のツイート)』ってな感じや」
「もしかして、加害者用の返信もありますか?」
「あるで。『このツイートは児童買春などの犯罪につながるおそれがあります。十八歳未満の児童への性的な接触は、仮に同意があったとしても児童の人権を侵害する行為として処罰の対象となる可能性があります(愛知県警少年課のツイート)』ってな感じの返信をすることにより投稿件数が減少して成果を上げている(一方、大阪府は令和二年度より検索サイトで『パパ活』『援助交際』『家出』など特定のキーワードを検索している人の端末に、ターゲティング広告を利用した警告文を送る試みを行っている)」
「ほんと、今の時代は何もかもがネットですね」
「まあな。せやから、それに連れて児童売春や淫行による犯罪の形態が変わってきたんやで」
「と言いますと?」
「おう。例えば、セクスティング。性的なメッセージや写真を、携帯電話間で送る行為のことをいうねん。アメリカで流行り、日本でも若い子を中心に広がった。せやから、おっさんが児童とちょっとエッチなメッセージからはじめエスカレートさせていき、性的な写真を送らせ、それをネタにして『学校や親にバラす』『会わないと色々なところに裸の写真をばらまく』と強要や脅迫してさらにエスカレートさせていくという犯罪が増えた。強制わいせつ罪(強要罪)+児童ポルノ三項製造罪の罪や。んで、そのような性的な画像を元にして脅迫することを、セクストーション(性的脅迫)というんやで」
「若者で流行ったのが問題ですよね」
「せやな。背景にその流行があったから、性的な写真を送るハードルが低くなったんやで。今のは強要の話やが、児童が任意で送った場合も、児童が製造犯で捕まっている。せやから、改めて『性的な自撮り』を送るという行為は犯罪や、ということを学校や家庭でちゃんと教える必要があるやろな」
「でも、製造罪も児童ポルノ『保護』法なんですよね? それでも捕まってしまうんですか?」
「せや。少女は提供目的製造罪や提供罪の正犯、頼んだおっさんは教唆犯や。捕まる場合もあれば捕まらない場合もあるし、運次第やねん。ま、児童買春罪との兼ね合いでいうたら、矛盾してるとはいえるやろね(7)」
「それだけ児童ポルノの取り締まりが厳しくなっているってことなんでしょうね」
「そういうこった。十八歳未満の子どもに、性交や性的部位を露出した自撮り画像を送信させる行為を禁止した条例が東京都や兵庫県で成立したのを皮切りに、ある性犯罪法が新設されたんやで」
「どんな法律ですか?」
「性交等又はわいせつな行為をする目的で若年者を懐柔する行為に係る罪、所謂)や。十六歳未満(十三歳から十五歳の場合、五歳以上年上が適用の要件)に対し、
①威迫し、偽計・誘惑して面会要求
②拒まれたにもかかわらず、反復して面会要求
③金銭などの利益を供与し、申込みもしくは約束して面会要求
 した場合に処罰される。実際に面会した場合、処罰は重くなる。わいせつな自撮り画像や動画を送るよう求めた場合も同じく処罰されるんや。この法律は、子どもの被害が出る前の段階で介入して、未然に防ぐ目的で制定されたんやで」
「グルーミングって、手なづけることをいうんですよね? ジャニー喜多川氏の性加害問題がこれに該当するというのを聞いたことがあります」
「そそ。まず、相談に乗ったりして被害者に『借り』を作らせて疑念感情を生ませない関係性を構築する。その上で少しづつエスカレートさせてマインドコントロール状態に置き、性的搾取、性犯罪を行うことをいうねん。加害者側は地位的有利を用いて操作するし、被害者側は弱者の立場で罪悪感や羞恥心を利用されて性暴力が行われる。加えて、被害者当人は被害だと自覚できないとんでもない性犯罪なんやで」
「で、今はネット時代であり……」
「せや。ネットを介することが増加してきて、オンライン性的グルーミングが問題になっている。SNSの面会要求などがこれにあたる……。しかし、これらが性犯罪だと気づけないことも多く、何年後、もしくは何十年後に自覚することもあるんやで」
「だからこそ、被害者団体は法律を新設してくれと」
「そういうこった。せやから、このような性的グルーミング法というのが各国で制定されて、日本でも実現されたという流れなんやで」
「他にも新設された性犯罪法はあるのですか?」
「あるで。性的な部位や下着姿やわいせつ行為などを正当な理由なくひそかに撮影する、所謂行為を処罰する『性的姿態撮影罪』が制定された」
「街中における有名人の盗撮もですか?」
「んにゃ。姿のみや。全国一律で取り締まれる罰則規定を求めていた航空関係者(CAなど)だけでなく、あらゆる団体から盗撮における処罰は要望されていて、やっとの想いで改正に漕ぎつけたんやで」
「撮影をするには、なんですね」
「せや。正当な理由や同意なく、性的な部位などの画像(影像)を撮影したり、その画像を第三者に提供・公然陳列したり、不特定多数に拡散すれば処罰されんねん。加えて、それらを受けて送信したり、または記録したり保管する行為もアウトやで」
 ガリさんはガリを醤油につけ、それをホタテの上にのせて口の中に放り込んだ。
「ところで、グリーン。今年の1月8日の午後7時、どこで何をしてた?」
「唐突に何ですか……。全く覚えていませんよ」
「せやな。児童買春容疑で被疑者を有罪にするには犯行の日時を特定する必要があるんやが、よく覚えていないことが多い。しかし、製造容疑の場合は、デジタルにデータが残っているし日時がいとも簡単に特定できるから、余罪をたくさん立件されて重い量刑になりがちなんや。これは、セクスティング犯罪の特徴といえるんやで(8)」
「なるほど」
 まあさは、カリフォルニアロールにがぶりついてから喋り始めた。
「セクストーションって、なんかリベンンジポルノにリンクする部分があるよね?」
「確かにな。リベンジポルノっちゅうのは、児童であれば児童買春罪の公然陳列罪で罰されるし、成人であれば、昔は脅迫罪(強要罪)やわいせつ物公然陳列罪や名誉棄損罪で処罰されていたが、2014年に『私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律』、所謂リベンジポルノ防止法が制定されたんやで(9)」
「それで、リベンジポルノは一網打尽なんですか?」
「いや。処罰範囲は既存の法律と変わらなかったけど、メディアによる宣伝効果はあったから一般的に知れわたった。この法律の目玉は流出させた人だけでなく、ネットに流出された画像を拡散した人にも罰則が盛り込まれたところなんや」
「しかし、罰則ができても、画像の全てがいつ消えるかわからないですもんね。リベンジポルノは女性の人生をめちゃくちゃにするサイバー上のレイプといわれてますし」
「性犯罪法改正では、その点も新たに盛り込まれた。その名も、『押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等の措置を可能とする制度の導入』や。性犯罪で押収した性的画像を、所有者の同意なく没収・消去・廃棄できんねん。今までは範囲が限定的で、判決後も所有し続ける懸念があったんやで」
「いいじゃないですか」
「せやな。しかし、大前提として、不用意に『撮影しない』『送信しない』ことなど自衛を促す教育が必要だと思うねん。もっと厳重にネットリテラシーを叩き込まないかんし、不足があれば、保護者の親が子どもに教えなあかんねん。ネットの向こうで、どんなおっさんが狙ってるかわからへんからな」
 と言うと、ガリさんは末吉を睨み付けた。
「勘弁してくださいよ、ガリさん……」
「すまんすまん」とガリさんが手を合わせて謝っていると、再びウェイターが登場した。
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