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9章 あの日本一の誠実系ナンパ師、子凛が逮捕!?

9-6 児童買春・児童ポルノ禁止法とは

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「児童買春というのは、十八歳未満にお金を出してエッチすると処罰されるんでしたっけ?」
「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律、略して児童買春・児童ポルノ禁止法と呼ばれるわけやが、その第二条に書かれている。十八歳に満たない者(児童)に対し、対償供与の約束をして、性交等をすると罰されんねん。せやから、プレゼント等の品物もダメやで」
 まあさが右手にはポテトフライと鶏の唐揚げを、左手には大きい寿司桶を持って、くねくね踊りながらやってきた。
「十八歳の高校生だったらどうなの?」
 ほろ酔いとはいえ、ポテトフライを頬張りながらの不躾な質問だった。
「児童買春・児童ポルノ禁止法には十八歳未満としか書かれていない。地方公共団体で制定されている淫行条例まで話を広げてみても、十八歳未満としか書かれていない。従って、基本的に十八歳ならば、高校生でも社会人でも無職でも同じでありセーフといえんねん。もし、気になるならば住んでいる場所の青少年条例を確認してみろや」
「そうなんですか、アザース」と言うと、くねくね踊りながら唐揚げを愛おしそうに口の中に放り込んだ。
「とは言うても、十八歳でパパ活をしてるならば十七歳でもしてる可能性はあるといえる。それやと、たとえ十八歳未満の時期にパパ活をしてなくても、捜査対象に入り事情聴取される可能性が出てくるで。逮捕とか起訴とかという話だけじゃなく、事情聴取されるだけでも大いなる不利益や面倒であって相当なストレスになるわけだから、それだけのリスクがあることを覚悟しておくべきやろな」
 まあさは「ふぅん」と言いながら、オニオンチップスを食べている。それを詰まらせたのか、少し苦しそうな表情で喋り出した。
「もし、年齢が怪しいと感じたら、連絡先を交換しなければいいんじゃない?」
 俺は近くにあった紹興酒を「ウーロン茶だよ」と言ってまあさに差し出すと、それを一気に喉の奥に流し込んだ。
「そういうやり方でナンパしてる奴等はいる。少女が制服だったり明らかに幼い風貌ならば通りすがりの人に通報されるし、度々やっていると、ホテル前で張り込みされて職務質問されたり補導員に声をかけられたりするんやで」
「グリーンさん、勘弁してくださいよ。これ、お酒じゃないっすか」
 俺とガリさんと末吉は手を叩いて仰け反りながら笑ったが、まあさは苦笑いしながら喋り始めた。
「それにしてもガリさん、さすがに色々お詳しい。自分、基本色気がないとダメなんで十代なんて考えられないけど、もし自分が児童を買春した場合、十八歳未満だとは知らなかったと言い張りますね。そうすれば、逮捕されないでしょ?」
「捕まるし、それやと、逮捕後の弁解にしかならへんで」
「そうなんだ。でも、逮捕されたとしても、起訴されないように十八才未満だとは知らなかったと突っ張ねますね」
 まあさは、なぜだか子どもじみた反抗心を燃やしているように見えた。
「もし、本当に年齢不知だったら戦うのもええが、知っていたなら厳しいやろ。警察は捜査のプロ。取調べになったら隠し通すことなんて簡単にできるものではないんやで」
 ガリさんはおもむろに立ち上がって何歩か進み近づくと、まあさを睨みながら口を開いた。
「まず、児童から『私は十七歳だと伝えました』という供述を取んねん。ベテランのデカがパパ活するような福祉犯を誘導することなんて朝飯前。奴等は二人の証言の一致を見つけたら、それを足掛かりにして一気に詰めてくるんや。変に黙秘や否認を続ければ、末吉のようにブタ箱(留置場の隠語)に入れられて、錯乱したお前は警察の求める供述をするロボットに変身してんねん。取調室でデカを欺こうなんて、頭パーデンネンやで。警察は仕事やからパパっと片付けて飲みに行きたいわけで、供述におけるちょっとした色付けなんか気にせえへん。逮捕されちゃえば、すでに『初めから十八歳未満だとわかっていました』という調書ができあがっていて、取調べの際に『自白すると罰金だけで終了や』と誘導されて、一丁上がりが現実なんやで。調書っちゅうものははなっからだいたいの文面が決まっていて、後は日時や場所や人物や動機などを機械的に書いていくだけで強引に押し通して作られていくもんやねん。わかったか? 未熟なまあさ君」
 怒りを交えた突然の説教に熱くなったガリさんの額からは汗がじっとりと滲み、それとは反対にまあさの表情は曇り頬には冷や汗が流れていた。
「それにな」と言ってまあさの目を見てすごみ、無理矢理「はい」と言わせると大きく息を吐いた。
「警察だって、結局はブタ箱に入れた方が楽やねん」
「どうしてですか?」
「ブタ箱によるストレスを与えることでおとなしくゲロするからや。それでも、否認するならば、『裁判が始まっちゃうと長い間出られなくなるで。仕事も家庭もやばくならへんか?』って優しく脅されてプレッシャーをかけられるんやで」  
 何かを思い出したのか、末吉は口を開いた。
「留置場で出会った人に校長がいたんですよ。自分も教員だったので、変に意気投合しちゃって。校長は、他人の証明書を用いない限り十八歳未満は利用できない年齢認証付きマッチングアプリで買春して、女の子は十八歳と言っていたようです。のちに警察から連絡が来て、十四歳だということを知らされて唖然としたとうなだれながら言っていました」
「騙されたわけですね。これは、可哀想……。これでも捕まっちゃうんですか?」
「外見や会話、SNSやサイト等におけるやり取りから、十八歳未満だと明らかに知っていただろうと判断された場合に逮捕されてしまうねん。逆に、十八歳以上だと信じてもやむを得ない事情がある場合は、不起訴等、罪が軽くなってくんねん。問題はそのときの状況やおなごの対応から、『知らなかった』という主張が認められるかどうかなんやで。その校長の場合は、『知らなかった』と言うても認めてもらえなかったということやね」
「なるほど」
「もし、本当に年齢を知らなかったとしても、警察は未必の故意の要件を満たそうと必死になってくるやろうし」
「未必の故意って何ですか?」
「犯罪事実の発生を積極的には意図しないが、自分の行為からそのような事実が発生するかもしれないと思いながら、あえて実行する場合の心理状態をいうねん。児童売春事案で言い換えると、『もしかすると十八歳未満かもしれない。それでもいいや』と思って実行する心理状態ってことやねん」
「警察はなんで、そこまで未必の故意にこだわるのでしょうか?」
「それは、というポイントがあるからや」
「つまり、故意犯ということですね。だから、十八歳未満だと知らなかった場合は犯罪が成立せず起訴できないと?」
「そういうこった。客観的な証拠や状況から固めるやり方は当然ある。しかし、日本の司法は現在においても、と呼ばれる自白が幅を利かせてる。せやから、警察は多少事実と異なっていても、『十八歳未満だったかもしれない』『見た目はかなり若かったと思います』のような未必の故意の自白を、あらゆる角度から引っ張り出そうとすんねん。例えば、こんなやり方で進められるんやで。

『十八歳以上だと思いました……』
『でも、若そうだと思ったんやろ?』
『はい……』
『若そうだと感じたのに年を訊かなかったっちゅうことは、十八歳未満でも良かったということやろ? ちゃうか?』

『十八歳以上だと思いました……』
『高校生だと、LINEのやり取りで明記されてるぞ』
『十八歳以上の高校生かと……』
『高校生は十八歳だけじゃないだろ。十七歳、十六歳、十五歳、全部高校生だろが。被害者は十六歳だ。十六歳でも良かったんだろ? どうなんだ?』
『……』
 ってな感じやねん。ま、本当に年を知らなくて納得がいかず証拠があるならば、最後まで戦うのもええんちゃう?」
「それにしても、認証系っていっても信用できないですね」
「まあな。適当なところは粗い運営をしてる。おなごどもも十八や十九と書くと警戒されて連絡が来ないから、二十と表示して誘ったりすんねん。ナンパも同じように気をつけなあかん。若い子って、大人に見てほしいのか年をいくつか上げて言うからな。実際、今のおなごは発育がいいし、メイクして『大学生』と言われればわからへん」
「そこまでくると、まず会ったときに身分証明書で確認しないとダメですね」
「せや。しかし、さっきの校長の件もそうやけど、それ自体が偽造だったり、親・姉妹から借りたりしてる場合があるからな。アダルトビデオの監督が、面接の時点で姉の免許証を提示されて騙されて捕まっている」
「もう、それだとやりようがないですね」
「せやな。写真付きで本人のものだと立証できる、免許証や学生証でしっかり確認せなあかんやろな」
「確かに」
「しかし、これが淫行条例違反の場合だと話が変わってくる。淫行の場合、たいていの自治体で過失でも処罰されるという条文があり、公的証明書で年齢を確認する義務があるんやで(神奈川県にはないが、児童買春罪と同じく、で処罰される可能性があります)。せやから、十八歳未満かもと思ったら一切近づかないことが一番ええかもな」
「そうですね」と言うと、末吉と目が合ったので話を振った。
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