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8章 性欲ジャーナリスト

8-8 性欲ジャーナリスト3・「ⅠT革命って、実は性欲革命でもあったのよ」

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「なるほど……。セックスレスって他にも原因がたくさんあるって聞くしね」
「例えば?」
「長い付き合いになってくると、異性としてではなく家族としてのイメージが強くなってきて勃起を妨げる『近親姦不安』というのもあるし、立ち会い出産をしたことによって引き起こされることがある精神的な男性不妊や、一方では女性が積極的で強くたくましくなってきたことによって男性の性欲を奪っているともいわれているし、セックスレスって多種多様だよね」
「そうね。他にも現代だからこそ浮かび上がってきた問題点もあるんだって」
「と言うと?」
「うん。性欲は三大欲望の一つといわれるでしょ。食欲や睡眠欲は変わらないけど、性欲はイコールセックスに結びつくのではなくて、楽ということでマスターベーションに結びついて解消されているのよ」
「楽かぁ。確かに、面倒臭いものより楽な方がいいかもなぁ」
「そう。あなたのような面倒臭がりの現代人に与えてはいけないものを授けてしまったことが大問題だったのよ」
 ちょっとムっとした表情をつくりながら「それってどういうこと?」と訊いてみた。
「うん。インターネットの登場が、男性のマスタベーションを変えてしまったということよ」
 俺は自分のスマホを一度見てから口を開いた。
「なるほどね。インターネットができるまでは、アダルト系の本でもビデオでもDVDでもわざわざお店に行って買わなきゃいけなかった面倒臭かったことが、今では自分の部屋のパソコンで楽に買えてしまうもんね」
「違うわ。あなたの持ってるそのスマホで買えてしまうし性欲の解消もできてしまうのよ。別に、あなたの部屋じゃなくてもいいのよ。どこでもいいのよ」
 かりんが喋れば喋るほど、俺は追い詰められてしまった。
「女を口説くことは面倒臭い。女とセックスすることは面倒臭い。女と結婚することは面倒臭い。そんな男が増える一方でマスターベーションは、インターネットを使えば、自分のタイプの女性が次から次へと選び放題捨て放題なのよ」
「確かに、面倒臭がりの男は増えてるかも……」
「そう……。インターネットの登場は、性欲にも大きく影響を及ぼしたのよ……。ⅠT革命って、実は性欲革命でもあったのよ。男女の性欲における関係性を破壊してしまったの!」
 グラスの中の氷が「パキン」と割れた。
「クーリッジ効果って知ってる?」

――ガリさんが言っていたな。テストステロンにおいて刺激がもたらす不安定における精神作用。新しいメスの存在がオスの性衝動を活気づけること――

「うん」
「インターネットは、男のクーリッジ効果という生理現象を解消するためのアイテムとして最適なのよ」
「なぜ?」
「だって、閲覧してみなよ。すでにあまりにも観過ぎていて自覚がないんじゃない? ジャンルは増え続けどこまでも細分化するだけでなく、どのサイトも次から次へと更新するし、あらゆる種類の画像や動画やアニメやゲームなどを瞬く間に観ることができるでしょ。昔のポルノよりも誘惑力が強いだけでなく、ネット環境も良くなり殿方を惑わすような激しい宣伝があめあられと吹き荒れているから、その気がなくても引き寄せられるし、だからこそ、一度いやらしいサイトの扉を開けてしまうと蟻地獄のように抜け出せなくなるのよ」
「確かに……。クーリッジ効果がネットポルノの爆発的な発展を生み出した張本人、という言い方もできるかもしれないね」
「そうかもね。男はクーリッジ効果によって、新しい女を求める、求めさせられるの。一方、人間はより楽を求めるわ。ネットポルノは、それらをどちらも満たすのよ」
「クーリッジ効果って怖いね」                  
「そうね。操られてしまうと堕ちるところまで堕ちてしまうかも。だって、脳内麻薬であるドーパミンがドバドバ分泌されるんだもん。一人でマスターベーションをしてたら止まらないし、誰にも止められないわ。観れば観るほど、次々と新鮮なポルノを求めてしまうのよ。スマホを開いて、わずか一分で五人、いや十人以上ものエロティックな女性の色々な姿態を隅々まで観ることができるのだから」
「脳内麻薬……。普通の快感ではすぐに飽きてしまうんだろうね……」
「観れば観るほどドーパミンは分泌されて、新たな快楽を、もっと刺激的な興奮を求めてくるのよ。だから結果的に、十分の予定が二十分三十分になり、いや、五時間六時間になり、何十人、何百人、何千人ものあらゆる女性のあられもない姿を頭が狂うほど眺めることになるのよ」

――山椒さんを思い出した。

「インターネットのエロ業界だけでなく、二次元やゲームにおけるヴァーチャルセックスやAR(拡張現実)やMR(複合現実)は、さらに発展していくだろうしね」
「それに、AI(人工知能)の進化も加わってくるわ。このまま進んでいけば、インターネットポルノ依存症による勃起障害や射精障害どころの話じゃなくなるわ。性欲による廃人の完成よ」
「性欲廃人……」
「性欲は人を生み出すものでもあるけど、人を滅ぼすものでもあるのよ」
 心を落ち着かせるために少し水を口に含んだ。
「行き過ぎは良くないと思うし、男の性欲が汚いとは感じるのだけど、AVで救われている人もいるんだよ……。犯罪に触れる特殊性癖に思い悩む人たちの抑止力になっている側面もあるし……」
「そうね。全否定するつもりはないわ。でも、AVが犯罪の引き金になっていることも全否定できないんじゃない? それならば、令和時代に合う何かしらの新たな規制が必要だと思うわ」
 と言うと、俺を黙って睨んでいた。
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