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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん
7-27 黒薔薇のユカ2【マッチングアプリ】
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「今日は何をしてたの?」
「あぁ……」
えっと、どうしようかな。
「さっきまでサークルの集まりがあったんだ。んで、ばらけた後にあなたが通り、俺の好みのど真ん中を突き抜けていったので衝動的に声をかけました」
「ふーん」
「本当だよぉ。年はいくつなの?」
「え……、いきなり年を訊くなんて失礼じゃない?」
やばいやばい。余裕をぶっこきすぎて口を滑らせてしまった。
「別にいいわ。三十五よ、あなたは?」
へぇ。二十代後半ぐらいかなと思った。肌をよく見ると、学生のような水を弾き飛ばすようなピチピチさはないが、きめが細かくて綺麗な肌をしている。
あまり離れすぎてもやばいしなぁ。よし、少し上にサバを読もう。
「二十九です」
「へーそうなんだ。もっと若く見えるね」
ぎゃお。一瞬で見破られてしまった。
「女性の平均初婚年齢は、約29歳(男性は約31歳)。だから、35歳の私は負け犬ってことね」
「負け犬って、一昔前の侮蔑語じゃないですか。それに、結婚に勝ち負けなんてないと思うけどな。そういう部分に囚われている時点で、結婚の本質を見失ってるような気がするんだけど」
「確かにね。私、結婚相談所に勤めてるから、様々な結婚を見てきたわ。でも、こんな仕事をしてるから逆に結婚について色々考えすぎてしまって婚期を逃しちゃったみたい」
子凛も結婚願望が強かったけど、俺にはまだまだ先の話って感じだなぁ。
「結婚相談所には余り者のイメージがありますが……、マッチングアプリとかですか?」
「アプリもやってるし、昔ながらのお見合いビジネスもやってるわ」
「マッチングアプリって流行ってますよねぇ」
「そうね。ただマッチングアプリといっても友活や恋活や婚活とバラバラだし、それぞれに特化したアプリが存在するし、未だにサクラを雇っているところもあるから業者の質もピンキリなのよ。それでも、昔ながらの出会い系における名称も含め一新したからイメージはよくなったし、身分証明書がなければ入会できないところが増えてきてクオリティが保たれるようになったからこそ、若い人を中心に一般的に受け入れられるようになったのよね」
「どこが一新したの?」
「一言でいうと、細分化と信用性と迅速性ね」
「簡潔すぎます……」
「もう少し詳しく婚活で説明するならば、外見(身長・体重・顔)はもちろん、結婚詐欺師に騙されないように独身証明書の提出は必須だし、どんな仕事をしていてどのくらいの収入があって尚且つ収入証明書が提出されていて信用できるし、『いつごろ結婚したいのか?』『子どもは好きなのか嫌いなのか?』『何人の子どもが欲しいのか?』『育児には協力的なのか否か?』など項目は細分化されているだけでなく求める異性に該当すればオート機能でいくらでも紹介してくれるから、本当に求める異性と出会える確率が格段に高くなったのよ。そして、何より話が早い。展開が早いのよ。そこが情報過多且つ忙しい現代人においてはすごくマッチしてるのよ」
「段取りを踏むような回りくどいデートをしたくない。効率的な恋愛及び結婚や出産をしたい。コスパやタイパを重視する面倒臭がり屋の現代人には確かにあってるかも……。でも、写真加工する人はいるでしょ? 特に女子に。それに、ヤリ目の男は多そうだし、『性犯罪』『詐欺』『宗教や情報商材やマルチ商法の勧誘』なんかもあるって聞くし、挙げ句の果てには『殺人』まで起こっているのがマッチングアプリの現実じゃないんですか?」
少し困らせてしまったのか顔が曇っている。しかし、すぐにあっけらかんと喋り始めた。
「デメリットを上げればキリがないわ。どんな物事にもリスクは付き物。それに、良縁ってどこに転がっているかわからないんだから」
「それが人によってはマッチングアプリに存在すると」
「そういうこと。マッチングアプリはしっかりした縁が得られるツールといえるようになったからこそ、これから益々発展成長していくと思うわ」
と言うと、箸を割ってお通しのがんもどきを口に運んだ。
「でも、えっと、名前を訊いてなかったね」
「私はユカよ。あなたは?」
「俺はグリ……」
あっと、やばい。
「男だけど、緑っていいます」
本名でも良かったのに、焦って変な仮名を言ってしまった。
「緑……、可愛い名前ね。で、何の話の続きだっけ」
「えっ。あ、はいはい。ユカさんは結婚相談所に勤めていたからこそ色々な結婚の事情に詳しかったはずなのに、何で婚活がうまくいかなかったのですか」
「なんでだろ。理想が高すぎたからだと思うわ。昔は粋がってたから生意気言ってたの。収入は最低二千万ないとダメだとか、学歴がない男はイヤとか、背が高くない男はシカトとか、顔が良くなきゃ論外とか、そんなことばっかり言ってたわ」
「確かに理想が高かったみたいだね」
「うん。わかりやすい部分でいい男を求め続けていたの。でも、女なんて皆そうよ。心に留めて言わないだけで打算的な生き物なんだから」
お通しを端に寄せ、お刺身の盛り合わせに手を伸ばした。
「でも、そんな私も現実を思い知らされたからだいぶハードルは下がってきたの。今は健康であればいいかなって思うようになっちゃった」
「随分、ハードルが下がったね」
「バカにしてるの? 健康はとても大事なことよ」
「もちろん健康は大事だと思うけど、すごい変わりようだなと思ってさ。その落差に噴き出しちゃっただけっす」
「それならいいけど。でも、三十代半ばになってから恋愛に対して臆病になってきたような気がする。若い時は、『ガンガンいって何でも来い』って感じだったんだけどなぁ」
「今は純粋になってしまったみたいだね」
「うん……、良く言えばそうかも」
と言うと、お互い目を合わせてから笑った。
「慎重すぎる部分もダメなんだと思う。一度結婚を申し込まれたことがあったの。でも、出会って半年もたってなかったから、『同棲したり、もっと色々なことを話しあってから結婚しよう』って言っちゃったの」
「で、最終的には破局したわけですね。結婚って良い悪いは別として、勢いが必要かもしれないね」
「確かに、そうかも。結婚前に様々なことを確認しておく必要性があると思うのだけど、結婚しないとわからないこともたくさんあるのよね。最近、それがわかるようになったわ。私、あらゆることを考えすぎてしまってダメなのよ。だから、結婚には勢いやタイミングが大事だっていうのもよくわかるの。私が間違っていたのかもしれないなぁ」
「そんなことはないと思うよ。避妊も知らないバカなカップルが、ただできちゃったからって結婚するのは愚の骨頂だし、そんな結婚が多いから現代の離婚率をアップさせている一因にもなっているわけだしね」
それを言うと、ユカの何かを弾けさせてしまったのか目の色が変わった。
「私もそう思うわ。そもそも、できちゃった結婚なんて愚かな行為が市民権を得てるのが問題だと思うのよ。ある程度長く付き合い愛を育んできた二人が結婚するきっかけとしてできちゃったならばいいと思うんだけど、短期間の付き合いな上に結婚から先のことなんて全くの空っぽ状態で、『セックスが気持ち良くないから』『避妊が面倒臭いから』だらしなくできちゃったのが実態でしょ。そんなのおかしいわ。それに、輪を掛けて愚かなマスコミが芸能人のできちゃった結婚を『子宝婚』や『授かり婚』と命名してバカップルを囃し立てるから良くないのよ。そのバカップルを観たバカップルが、できちゃった結婚を真似してしまうという悪循環に陥ってるの。マスコミは悪循環の元凶になっていることを自覚しないといけないわ」
「あの……」という言葉を発したが、その声はユカの耳に届かなかったのか喋り続けた。
「それに中絶したら、男女ともに人を殺めた罪意識を持たせるべきよ。5年ほどは水子の供養をさせなきゃダメ。今ある堕胎罪を変えて法整備すべきよ」
「気持ちはわかるけど……」と言ったが、喫煙室から微かに漏れてきたタバコの煙と混じりどこかへ流されてしまった。
「だから、赤ちゃんというものはもっと計画的に作るべきものなのよ。計画性がなく作ることの皺寄せは、最終的に生まれた子どもが背負うことになるんだから。虐待やネグレクトや托卵女子の問題の一因もそこにあるのよ。そんな親の身勝手な行動を決して許してはいけないわ」
あまりにも鬼気迫るものがあり入る余地が全くなかった……。ユカは慎重すぎるかなと感じたが、一理あるとも思った。俺はユカが卵焼きを箸でつまんでいる姿を見ながら話し始めた。
「障害児がいる夫婦の離婚率は高くて、母子家庭が多いといわれている。そのような離婚をなくすには、結婚前に子どもや教育や家庭や老後など様々なことをどう考えているのかよく話し合っておくことが大事だったと思うし……、だから、俺はユカさんの考え方に賛成するよ」
「ありがとう。緑さんって意外にいい人ね」
遅れて笑い出したので相手に合わせるように俺も笑った。「意外」ってどういう意味で言ったのだろ。
「でも、話し合いか……」
「どうしたの?」
「うん……。不妊や不妊治療で悩んでいる夫婦は増加していて離婚することも珍しくないじゃない?」
「まあね……。『子は鎹』という諺があるぐらいだもんね」
「諺? 『子は縁つなぎ』というのもあるわ」
「じゃ……、『縁の切れ目は子で繋ぐ』というのもあるよ」
「負けられない……。『跡追う子に引かれる』。こういうのもあるわ。どう!」
「同点だね」
お互い噴き出すように笑ってしまった。
「子どもはやはり、夫婦にとって大事な存在ってことだよね」
「うん。女性不妊も男性不妊も長期による治療もお金も大変。それによって、離婚すること、子どもができないことはもちろん不幸なこと。でも、それよりもお互い対峙して話し合いを尽くさないことの方が問題だと思うの。決して逃げてはいけない。でも……、緑さんの言う通り、結婚前に様々なことを話し合うことはできると思うのよ」
「結婚前に話し合いを通して、相手を見極めることが大事なんだろうね」
「そうね。でも、結婚って博打っていうし、結婚前に話し合いをしても限界はあるのでしょうね……」
「限界って?」
「例えば、セックスレス」
不意にテストステロンという魔物が脳裏を過った。
「そもそも論だけど、人間は全てにおいて漏れなく必ず飽きるもの。もちろん、セックスも例外ではないわ。その大前提をどう考えるかが鍵だと思うのよ」
「と言うと?」
「うん。夫婦は必ずセックスレスに陥るの。であるならば、セックスレスはジ・エンドではなくリスタートなの。セックスレスになってから夫婦の真価が問われるのよ。それを深く認識した上で結婚するべきだと思うの」
「でも、夫婦の真価で何が試されるのだろう……」
「コミュニケーションよ。セックスで一番大事なことはコミュニケーション。セックスレスになったことを嘆くよりも、コミュニケーションがうまくとれなくなったことを嘆くべきだと思うわ」
「確かに正論だと思う。でも、性差による性欲の乖離はあると思う」
「性欲ねぇ……。私は女性として生まれて女性としての性欲しか体感したことがないから、想像力だけで男性の性欲を語ることは限界があるのかな……」
「んぬぅ」と日本語としておかしな言葉を呟きながら話を濁すことにした。
「あぁ……」
えっと、どうしようかな。
「さっきまでサークルの集まりがあったんだ。んで、ばらけた後にあなたが通り、俺の好みのど真ん中を突き抜けていったので衝動的に声をかけました」
「ふーん」
「本当だよぉ。年はいくつなの?」
「え……、いきなり年を訊くなんて失礼じゃない?」
やばいやばい。余裕をぶっこきすぎて口を滑らせてしまった。
「別にいいわ。三十五よ、あなたは?」
へぇ。二十代後半ぐらいかなと思った。肌をよく見ると、学生のような水を弾き飛ばすようなピチピチさはないが、きめが細かくて綺麗な肌をしている。
あまり離れすぎてもやばいしなぁ。よし、少し上にサバを読もう。
「二十九です」
「へーそうなんだ。もっと若く見えるね」
ぎゃお。一瞬で見破られてしまった。
「女性の平均初婚年齢は、約29歳(男性は約31歳)。だから、35歳の私は負け犬ってことね」
「負け犬って、一昔前の侮蔑語じゃないですか。それに、結婚に勝ち負けなんてないと思うけどな。そういう部分に囚われている時点で、結婚の本質を見失ってるような気がするんだけど」
「確かにね。私、結婚相談所に勤めてるから、様々な結婚を見てきたわ。でも、こんな仕事をしてるから逆に結婚について色々考えすぎてしまって婚期を逃しちゃったみたい」
子凛も結婚願望が強かったけど、俺にはまだまだ先の話って感じだなぁ。
「結婚相談所には余り者のイメージがありますが……、マッチングアプリとかですか?」
「アプリもやってるし、昔ながらのお見合いビジネスもやってるわ」
「マッチングアプリって流行ってますよねぇ」
「そうね。ただマッチングアプリといっても友活や恋活や婚活とバラバラだし、それぞれに特化したアプリが存在するし、未だにサクラを雇っているところもあるから業者の質もピンキリなのよ。それでも、昔ながらの出会い系における名称も含め一新したからイメージはよくなったし、身分証明書がなければ入会できないところが増えてきてクオリティが保たれるようになったからこそ、若い人を中心に一般的に受け入れられるようになったのよね」
「どこが一新したの?」
「一言でいうと、細分化と信用性と迅速性ね」
「簡潔すぎます……」
「もう少し詳しく婚活で説明するならば、外見(身長・体重・顔)はもちろん、結婚詐欺師に騙されないように独身証明書の提出は必須だし、どんな仕事をしていてどのくらいの収入があって尚且つ収入証明書が提出されていて信用できるし、『いつごろ結婚したいのか?』『子どもは好きなのか嫌いなのか?』『何人の子どもが欲しいのか?』『育児には協力的なのか否か?』など項目は細分化されているだけでなく求める異性に該当すればオート機能でいくらでも紹介してくれるから、本当に求める異性と出会える確率が格段に高くなったのよ。そして、何より話が早い。展開が早いのよ。そこが情報過多且つ忙しい現代人においてはすごくマッチしてるのよ」
「段取りを踏むような回りくどいデートをしたくない。効率的な恋愛及び結婚や出産をしたい。コスパやタイパを重視する面倒臭がり屋の現代人には確かにあってるかも……。でも、写真加工する人はいるでしょ? 特に女子に。それに、ヤリ目の男は多そうだし、『性犯罪』『詐欺』『宗教や情報商材やマルチ商法の勧誘』なんかもあるって聞くし、挙げ句の果てには『殺人』まで起こっているのがマッチングアプリの現実じゃないんですか?」
少し困らせてしまったのか顔が曇っている。しかし、すぐにあっけらかんと喋り始めた。
「デメリットを上げればキリがないわ。どんな物事にもリスクは付き物。それに、良縁ってどこに転がっているかわからないんだから」
「それが人によってはマッチングアプリに存在すると」
「そういうこと。マッチングアプリはしっかりした縁が得られるツールといえるようになったからこそ、これから益々発展成長していくと思うわ」
と言うと、箸を割ってお通しのがんもどきを口に運んだ。
「でも、えっと、名前を訊いてなかったね」
「私はユカよ。あなたは?」
「俺はグリ……」
あっと、やばい。
「男だけど、緑っていいます」
本名でも良かったのに、焦って変な仮名を言ってしまった。
「緑……、可愛い名前ね。で、何の話の続きだっけ」
「えっ。あ、はいはい。ユカさんは結婚相談所に勤めていたからこそ色々な結婚の事情に詳しかったはずなのに、何で婚活がうまくいかなかったのですか」
「なんでだろ。理想が高すぎたからだと思うわ。昔は粋がってたから生意気言ってたの。収入は最低二千万ないとダメだとか、学歴がない男はイヤとか、背が高くない男はシカトとか、顔が良くなきゃ論外とか、そんなことばっかり言ってたわ」
「確かに理想が高かったみたいだね」
「うん。わかりやすい部分でいい男を求め続けていたの。でも、女なんて皆そうよ。心に留めて言わないだけで打算的な生き物なんだから」
お通しを端に寄せ、お刺身の盛り合わせに手を伸ばした。
「でも、そんな私も現実を思い知らされたからだいぶハードルは下がってきたの。今は健康であればいいかなって思うようになっちゃった」
「随分、ハードルが下がったね」
「バカにしてるの? 健康はとても大事なことよ」
「もちろん健康は大事だと思うけど、すごい変わりようだなと思ってさ。その落差に噴き出しちゃっただけっす」
「それならいいけど。でも、三十代半ばになってから恋愛に対して臆病になってきたような気がする。若い時は、『ガンガンいって何でも来い』って感じだったんだけどなぁ」
「今は純粋になってしまったみたいだね」
「うん……、良く言えばそうかも」
と言うと、お互い目を合わせてから笑った。
「慎重すぎる部分もダメなんだと思う。一度結婚を申し込まれたことがあったの。でも、出会って半年もたってなかったから、『同棲したり、もっと色々なことを話しあってから結婚しよう』って言っちゃったの」
「で、最終的には破局したわけですね。結婚って良い悪いは別として、勢いが必要かもしれないね」
「確かに、そうかも。結婚前に様々なことを確認しておく必要性があると思うのだけど、結婚しないとわからないこともたくさんあるのよね。最近、それがわかるようになったわ。私、あらゆることを考えすぎてしまってダメなのよ。だから、結婚には勢いやタイミングが大事だっていうのもよくわかるの。私が間違っていたのかもしれないなぁ」
「そんなことはないと思うよ。避妊も知らないバカなカップルが、ただできちゃったからって結婚するのは愚の骨頂だし、そんな結婚が多いから現代の離婚率をアップさせている一因にもなっているわけだしね」
それを言うと、ユカの何かを弾けさせてしまったのか目の色が変わった。
「私もそう思うわ。そもそも、できちゃった結婚なんて愚かな行為が市民権を得てるのが問題だと思うのよ。ある程度長く付き合い愛を育んできた二人が結婚するきっかけとしてできちゃったならばいいと思うんだけど、短期間の付き合いな上に結婚から先のことなんて全くの空っぽ状態で、『セックスが気持ち良くないから』『避妊が面倒臭いから』だらしなくできちゃったのが実態でしょ。そんなのおかしいわ。それに、輪を掛けて愚かなマスコミが芸能人のできちゃった結婚を『子宝婚』や『授かり婚』と命名してバカップルを囃し立てるから良くないのよ。そのバカップルを観たバカップルが、できちゃった結婚を真似してしまうという悪循環に陥ってるの。マスコミは悪循環の元凶になっていることを自覚しないといけないわ」
「あの……」という言葉を発したが、その声はユカの耳に届かなかったのか喋り続けた。
「それに中絶したら、男女ともに人を殺めた罪意識を持たせるべきよ。5年ほどは水子の供養をさせなきゃダメ。今ある堕胎罪を変えて法整備すべきよ」
「気持ちはわかるけど……」と言ったが、喫煙室から微かに漏れてきたタバコの煙と混じりどこかへ流されてしまった。
「だから、赤ちゃんというものはもっと計画的に作るべきものなのよ。計画性がなく作ることの皺寄せは、最終的に生まれた子どもが背負うことになるんだから。虐待やネグレクトや托卵女子の問題の一因もそこにあるのよ。そんな親の身勝手な行動を決して許してはいけないわ」
あまりにも鬼気迫るものがあり入る余地が全くなかった……。ユカは慎重すぎるかなと感じたが、一理あるとも思った。俺はユカが卵焼きを箸でつまんでいる姿を見ながら話し始めた。
「障害児がいる夫婦の離婚率は高くて、母子家庭が多いといわれている。そのような離婚をなくすには、結婚前に子どもや教育や家庭や老後など様々なことをどう考えているのかよく話し合っておくことが大事だったと思うし……、だから、俺はユカさんの考え方に賛成するよ」
「ありがとう。緑さんって意外にいい人ね」
遅れて笑い出したので相手に合わせるように俺も笑った。「意外」ってどういう意味で言ったのだろ。
「でも、話し合いか……」
「どうしたの?」
「うん……。不妊や不妊治療で悩んでいる夫婦は増加していて離婚することも珍しくないじゃない?」
「まあね……。『子は鎹』という諺があるぐらいだもんね」
「諺? 『子は縁つなぎ』というのもあるわ」
「じゃ……、『縁の切れ目は子で繋ぐ』というのもあるよ」
「負けられない……。『跡追う子に引かれる』。こういうのもあるわ。どう!」
「同点だね」
お互い噴き出すように笑ってしまった。
「子どもはやはり、夫婦にとって大事な存在ってことだよね」
「うん。女性不妊も男性不妊も長期による治療もお金も大変。それによって、離婚すること、子どもができないことはもちろん不幸なこと。でも、それよりもお互い対峙して話し合いを尽くさないことの方が問題だと思うの。決して逃げてはいけない。でも……、緑さんの言う通り、結婚前に様々なことを話し合うことはできると思うのよ」
「結婚前に話し合いを通して、相手を見極めることが大事なんだろうね」
「そうね。でも、結婚って博打っていうし、結婚前に話し合いをしても限界はあるのでしょうね……」
「限界って?」
「例えば、セックスレス」
不意にテストステロンという魔物が脳裏を過った。
「そもそも論だけど、人間は全てにおいて漏れなく必ず飽きるもの。もちろん、セックスも例外ではないわ。その大前提をどう考えるかが鍵だと思うのよ」
「と言うと?」
「うん。夫婦は必ずセックスレスに陥るの。であるならば、セックスレスはジ・エンドではなくリスタートなの。セックスレスになってから夫婦の真価が問われるのよ。それを深く認識した上で結婚するべきだと思うの」
「でも、夫婦の真価で何が試されるのだろう……」
「コミュニケーションよ。セックスで一番大事なことはコミュニケーション。セックスレスになったことを嘆くよりも、コミュニケーションがうまくとれなくなったことを嘆くべきだと思うわ」
「確かに正論だと思う。でも、性差による性欲の乖離はあると思う」
「性欲ねぇ……。私は女性として生まれて女性としての性欲しか体感したことがないから、想像力だけで男性の性欲を語ることは限界があるのかな……」
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