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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん

7-9 乳ロー先生の講義5【㉗乳ロー様は、隙があればハグをする】

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「ビール好きなんだ?」
「うん。サワーとかよりも好き」
 缶ビールを女に渡すと、同じタイミングで「プシュ」と鳴らして蓋を開けた。
「乾杯!」
 二人は気持ち良さそうに喉を潤していった。
「うめぇ」
「そうだね」
 ねじは女に近づき、目を見つめながら手を握った。
「やだ、なんか真顔なんだけど」
 女は視線を逸らしながら笑った。
 
 吸っていたタバコをすり潰すと口を開いた。
「ここで恒例のガリクイズや!」
「どうぞどうぞ」
「結婚情報誌のウェブサイトで、『なぜお付き合いする前に、その男性とエッチをしたのですか?』という統計を取ったんや。一位は『その時のノリや気分』、二位は『相手から強く誘われて断り切れなかった』、三位は置いとくで、四位は『寂しかったので誘われるままにした』、五位は『前から気になっていた彼だったのでとにかくエッチがしたかった』という順位になったわけやけど、三位には何が入ると思う?(付き合う前にエッチ!恋愛に進展できる? 2011年9月14日 セキララゼクシィ リクルートホールディングス)(2)」
「うーん……」
「何のためにガリがこんな重いモニターを持ってきたのかわかっていないようだな、この小僧は。モニターの中に答えがあるに決まってるだろ」
 と吐き捨てるように言われたので観てみると、缶ビールを持ってちょっとハイになった女の姿が目についた。
「お酒ですか?」
「せや、正解。三位は『お酒で酔っぱらい気持ちが大きくなってしまったから』なんや。超古典的だが、改めてお酒というものが、一線を越えさせるための重要な役割を果たす媚薬ということがわかると思う」
 確かに。女性側で行われた統計だからこそ、余計に説得力があると思った。
「では、乳ロー。続きをどうぞ」
「任しとけ。グリーンのようなウブなナンパ師は、まず、『手を握ること』や手を中心としたスキンシップを自然にできるような状態を目指せ。そこを攻めの中心にして流れを掴むようにしろ」
「わかりました。ですが、手繋ぎ後の展開というのはどうすればいいのですか?」
「さっき説明したように下ネタトークを絡めながら攻めていく方法もあるが、ここからは人によってやり方が変わってくるし方法論も色々。ハードルも上がってくるから、それに対するフォローも備えていなけりゃ論外。俺様の場合は、隙があればこうする」
 と、全てを聞き取る前に俺は抱きしめられてしまった。
「隙やタイミングを見計らってハグをする。つまり、抱きしめるんだ」
 俺は今、赤面してしまったような気がする……。なんかこのままキスしてエッチするのが自然な雰囲気に感じる。何だろ、この空気感。女にこう思わせたら勝ちなんだろう。感覚を研ぎ澄まして身体の隅々まで確認してみたが、それに近いセンスが俺には微塵も存在しなかった。努力して突き詰めてこの雰囲気を出すことができるのだろうか……、と思うと悩みの迷宮で立ち往生してしまった。
 乳ローに抱かれながら「拒まれたらどうするんですか?」と訊いてみた。
「やらしさを打ち消すために『ハグだよ、ハグ。外国の挨拶だろ? 友達ならハグくらい普通だろ』などと言っていなすんだ。で、理由をつけて何度か繰り返すことによって感覚を麻痺させていき少しずつ抱きしめる時間を長くしていく。最終的には抱きしめているのが普通の状態にさせていくんだよ」
「グリーン、目がトロンとしててやばいぞ! 頬も赤らめているし今夜乳ローに即られちまうぞ」
 もう即られる寸前だよ。
「抱ければハードルを一つ超えたことになるんだぜ。裏に回したその手で、髪や頭を撫でたり背中をこすったりしていじったり腰やお尻にタッチすればいい。抱く状態が普通になれば、さらにステップアップできるんだ。そのままの格好で、首筋や耳や頬に唇で触れることができるし、バンパイアのように甘噛みしてもいいし、チャンスがあれば一気に唇を奪いにいく。もちろん順序通りにいくことはないし順序が前後することもある。それでも、少しずつなし崩しのリズムで攻め続けていくことが大切なんだぜ」
 俺の唇の目の前で寸止めして喋っている。一気に甘い空気に包まれるのを感じ、ガリさんにも通ずる酔わされる感覚に陥ってしまった。この人もとんでもないフェロモンを撒きちらすなぁ。さすが、ナンバー2。
 甘い吐息を漏らしながら「なし崩しですか……?」と訊いてみた。
「そうだ。『①トーク②ギラつく③トーク④ギラつく』というリズムでなし崩しに攻めていく。つまり、間にトークを挟み、ハグを少しずつエスカレートさせていくんだ。ハグで失敗したらトークでフォローする。無理そうな女だとしても、そこであきらめたらダメ。最初にキスは無理だとしても軽めなボディタッチならばできるはず。できることから始めて徐々に攻めていくことが肝心なんだ。で、最終的に『ま、いっか』の状態まで女の感情を変化させればいいんだよ。だから、なし崩しというのはポイントの一つといえるんだぜ」
 ガリさんがアンパイアに見えてきた。しかし、特にジャッジはせず、流している。
「ガリが何か言いたそうな顔をしてるけど、ガリが講義しろっつったんだから責任持って最後まで黙って聞いてもらうぜ」
「ですよね。どうぞどうぞ」と続きを促した。
「ドM女の場合は、手を握ったらそのまま家まで引っ張っちまう。家に連れ込めば何とかなるんだよ。だから、どうやって家に連れ込むかを考えることが大事なんだぜ」
「確かにそうですが……」
「そっちの方がてっとり早いからな」
「でも、家に連れ込むと言いますけど、どうやって誘うんですか?」
「別に誘わねぇし、何か訊かれたとしても答えねぇけどな。そのまま手を引っ張って歩く。そうすれば女は察する」
「えっ、それで来るんですか」
「あぁ、ドSを習得してる俺の場合は来る。お前みたいな空っぽ人間の場合は来ない。ただ、それだけの話だろ」
「まぁ、そうかもしれませんが……」
 と、ワザとかわいこぶってしょげてみせた。
「しょうがねぇ野郎だな。だったら『俺んで映画でも見ようぜ』とか『ペット飼ってるから見に来ない?』とか、適当に理由作って誘えばいいんじゃね。もし、それで拒否されるならば、その時点までにうまく食いつかせるような展開ができなかったってことだよ」
「もう少し丁寧に教えてやれや」
「面倒くせぇな……。じゃ、『まだまだ飲みたりないじゃん。俺ん家でもう一杯飲もうぜ。お店じゃ飲めないフルーツブランデーやイチゴウイスキーを作ったからちょっと味見してけよ』とか、『すげぇ飲みやすいワインがあるんだけど、どう? ワイン飲めない? 大丈夫。ワインが苦手な人でも美味しいって言ってるくらいだから試してけよ。徒歩30秒だし、すぐだろ』みたいに言って誘ってみれば?」
「なるほど」
「女がちょっと食いつきそうなアイテムを提供することがポイントなんだよ。で、家に連れ込みたいなら一軒目で飲み過ぎてはダメ。腹五分ぐらいでお店を出れば、もう一軒行きたくなるだろ? その状態で誘う方が成功する確率が上がるんだよ」
「確かに」
「もし家に連れ込むことが難しければ、お店に行く前に『荷物置いてきたいんだけど、いい?』と演技し、一瞬部屋を見せればいい。一度行けば抵抗感がなくなるから、家に連れ込むハードルがだいぶ下がるんだぜ」
「さすがですね……」
「それと、ホテル編だとこういうやり方もある。『すげぇきたいことがあるんだよ。男からすると、ホテルに誘うのって勇気がいるし、女もリアクションがしづらいと思うんだ。だから、毎回誘い方で迷うんだよ。で、どんな誘い方だったら受け入れやすい?』と訊く。その後に、『ありがとう。じゃ、今、それを使うわw』と言って誘うんだ」
 この人、絶対頭がおかしい……。
「あとさー、家に連れ込んでんのにヤレない奴っているけど、俺にはそれが逆にわかんねぇんだよ。家に連れ込んだら勝手に脱いじゃえばいいんだよ。したら、女も悟る。家に行くということはそういうことだからな。もしくは、バイブを部屋の真ん中に置いとけ。たいてい女は無視せず『何、これ?』って訊いてくる。したら『これはね、』と言って、真顔で具体的に説明してやればいいさ」
 ものすごい強引だな……。
「もし、それでも女がグダったら『じゃ、何でついてくるんだよ。ちょっといい加減すぎねぇか。ついてくるお前にも責任があるだろ』って言うね。女を甘やかしてはいけねぇんだよ。『男ならセックスしたくなるのは当たり前だろ。ガキじゃねぇんだからそんなのお前だってわかってるだろ。それを弄ぼうとしたのかよ。クソビッチだなお前は。そもそも今まで築いてきた空気をブチ壊しにしてんじゃねぇよ!』と一気にまくし立てて徹底的に叱るね。したら、女はたいてい謝ってくる。その後、さりげなく優しさを与えてから再び手を出せばもう拒むことはないんだぜ」
「さすが……、ストライカーで言えば日向小次郎みたいです」
「うるせぇよ、坊主頭の石崎君」
 褒めてるのにめんどくさい奴だな……。
「アウト!」
 アンパイアがついに物申した。
「ワンナウトやないで。ゲームセットや。そういうやり方はやめろとあれだけ言うたやろ」
「俺に本気で惚れてる女にしかやらねぇよ。訴えられたら面倒くせぇからよ。俺様を見くびるな」
「末吉みたいになりたいのか? お前もこの前会ってあいつの顔を見たやろ」
「……。ガリ、しつけーよ。気をつけりゃいいんだろ」
「ま、そういうこった」
 すえきちって誰だっけ……。ガリさんの眉間には皺が寄っていた。
「どうしたんですか、ガリさん?」
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