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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん

7-21 性的同意4【性交同意法を作ることの難しさ】

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「それは後で話す。二つ目に行くで。②静岡地裁浜松支部(控訴せず無罪確定)。これは、裁判員裁判や。メキシコ人の男性が、女性に対する強制性交等致死傷罪に問われた。女性は驚愕や恐怖のあまりフリーズしてしまい抵抗どころじゃなかった。そのため、『被告人が、自身の暴行が反抗を著しく困難にする程度のものだと認識していたと認めるには合理的な疑いが残る』と判断されてを認定しなかった。この裁判のポイントは故意があったか否かなんや。強制性交等罪(準強制性交等罪も)は故意がないと処罰されないんやで」
「故意……、過失や思い込みや無神経や無頓着だと処罰されないと……」
「せやな。『同意があると過信していた』場合、『男性側に故意がなかった』と判断されんねん。『これは故意やろ?』と思われるようなものも、被告人及び弁護士は『故意ではなかった(同意があった)』と主張する。それを、『故意があった』と合理的に立証することは難しいことなんや」
「確かに。故意か故意じゃないかって本人の心の問題ですもんね」
「そそ。内心の事情やから立証するのは極めて難しい。強制性交等罪の故意とは、暴行・脅迫の認識と不同意の認識の両方が必要(準強制性交等罪の故意とは、抗拒不能の認識と不同意の認識の両方が必要)。せやから、故意要件と同意は背中合わせで判断されてるんやで」
「どういうことですか?」
「『こんなにボコボコにしないと性交できないのだから、「被害者が同意していたと認識していた」という言い訳は通らない』『このレベルの暴行脅迫で性交できたのだから、被害者が拒否していたことを、加害者は認識できないだろう』という判断になっていくねん(らめーん氏(弁護士) 週間文春オンライン 2019年4月4日 3P)(4)」
「正に背中合わせ……。でも、思い込みで認定されないっておかしくないですか? 故意を撤廃しましょうよ!」
「せやから、過失罪の制定を求める声はある。同意法先進国のスウェーデンでは、重過失のみにおいて過失罪が制定されている」
「重過失のみですか。ただの過失では認定されないんですね」
「そそ。それと、故意を撤廃しても、それとは別に同意の問題は残ってしまうんや。『同意があった』という主張に対して、『同意がなかった』ことを立証しなければいけない。この立証も極めて難しいんやで」
「よくわかりました……。しかし、『被告人が、自身の暴行が反抗を著しく困難にする程度のものだと認識していたと認めるには合理的な疑いが残る』と言いましたが、そもそも暴行って……、暴行が何の関係があるのですか?」
「強制性交等罪には、暴行・脅迫要件がある。最広義、広義、狭義、最狭義と4ランクに分けられており、その中では一番ランクの重い最狭義に位置しているわけだが、同じ最狭義である強盗罪の『犯行を抑圧する程度』よりは軽い、『被害者の抗拒を著しく困難ならしめる程度』が要件になってるんやで」
「そこじゃなくて、強制性交等罪に何で『暴行・脅迫』が関係あるのですか? ということを訊いているのですが。つまり、要件であって、それを満たさなければ認定されないわけであり、しかも一番ランクの重い最狭義って……。無駄にハードルが高くないですか?」
「そうじゃないねん。加害者と被害者の関係性において、被害者が抗うことができず、意思に反する性交が強制されたか否かという事実認定が最重要ポイントであって、必ずしも最狭義の暴行・脅迫を満たす必要はないんやで(5)」
「しかし、このハードルの高い暴行・脅迫に届かないからこそ退けられることが問題だと聞いたことがありますよ」
「ちゃうねん。要件論で言うと、これで十分満たしているし、問題ないんやで」
「よくわかりません……。じゃ、何が問題なのですか?」
「裁判官の事実認定の問題なんや。昔ながらの非科学的なを元にして判決しているのが問題やといわれてる。せやから、裁判官のをアップデートするために、且つ令和時代の被害の実情に適切な対応をするために、前述した『附帯決議の研修』が関わってくんねん」
「わかりました……。ただ……、それだけで本当にいいのでしょうか……」
「そう思う人間が少なくないからこそ、被害者団体は暴行・脅迫や抗拒不能要件の撤廃を求め続けている」
「そうですよ。撤廃しましょうよ!」
「2014年10月~2015年8月まで行われた『性犯罪の罰則に関する検討会』において要望したが、『かなり広く暴行・脅迫を認めているのが現状であり、また、暴行・脅迫はなくても抵抗できなかった事案については、抗拒不能として準強姦の成立を認めている』として撤廃や緩和が認められなかった経緯があんねん」
「でもそれが本当ならば、被害者団体がこれだけ声を上げ続けますか?」
「せやな。『全ての裁判官や検察官が適切な認定をしているとは思われない』という意見もあり、ブレがあるのが実情。せやから、『別途、教育、研修等を考えていただきたい』という意見が述べられたんや(6)」
「それが、附帯決議の研修に繋がったと」
「そういうこった。心理学及び脳科学の視点から、被害者は擬死状態になることがわかっている。附帯決議によって、このような角度による裁判員や検察官向けの研修が行われるようになり、ブレをなくそうと舵を切っている」
「『擬死』って死んだふりのことですか?」
「せや。被害者は恐怖のあまり、身体が動かなくなったり、迎合状態を示すんや。……実務を考えると完全撤廃は難しいかもしれへんが、何とかせなあかん」
「いや、完全撤廃して、スッキリした方が良くないですか?」
「それをやると、被害者はスッキリせえへんで」
「どうしてですか?」
「さっき話したことだが、仮に故意を撤廃したら、何が問題として残った?」
「同意……」
「それが暴行・脅迫にもいえるんや。つまり、暴行・脅迫と同意は背中合わせの関係なんやで」
「故意も暴行・脅迫も同じ構造なんですね。厄介な構造だ……」
「せやな。『ここまでボコボコにされたのに「被害者の同意」もヘチマもないだろう』『このレベルの暴行脅迫で、被害者が抵抗をやめたということは、同意があったのではないか』という判断になっていくねん(らめーん氏(弁護士) 週間文春オンライン 2019年4月4日 2P)(4)」
「正に背中合わせの関係性なんですね」
「そういうこった。要するに、暴行・脅迫は不同意の徴表なんやで」
「なるほど」
「せやから、暴行・脅迫を撤廃すると代わりに同意を立証しなければいけなくなんねん」
「いや、別にそれでいいじゃないですか?」
「実務に耐えられないほど難儀だから問題やねん。強制性交等罪と準強制性交等罪が故意犯なのは前述した通りやが、『暴行・脅迫』したり『抗拒不能』させた上で強制性交する認識と不同意の認識が必要であり、裁判ではそれを立証せなあかん。今まではそれを、背中合わせ理論で判断してきたが、それがなくなるということやねん。不同意性交等罪(のみ要件)とは、不同意していた認識必要であり、検察官はそれを立証せなあかんっちゅうことなんやで」
「同意がなかった認識って確かに難しそう……」
「同意とは被害者の内心の事情であり、被告人が認識できるものではないねん」
「主観的なものですもんね……」
「そういうこった。しかも、それを、検察官が立証せねばあかんねん。せやから、現場の人間もこう言うとるんや。

〇工藤陽代(警察庁)『不同意ということを要件にするとなると、実務上も結局、どういった場合が該当して、どういった場合が該当しないのか、いわゆる擬律判断ということですけれども、これをするときに一体何を判断材料にしていいか分からないということになってしまいます。被害者の認識という、多くの場合、必ずしも外形的に表れないものによらしめるとなると、実務的には適用の場面で非常に困難が生じてしまうということで、そういった観点からも結論としては全面撤廃には消極的な意見を持っております』

〇小木曽綾(中央大学教授)『暴行・脅迫要件を外すとどうなるかということを考えますと、例えば「同意なく」という文言で書き換えたとしまして、被害者に同意がなかったことをどうやって証明するのかということになります。(中略)無罪推定とか疑わしきは被告の利益にという原則があって、犯罪が成立することは検察官が合理的な疑いを超える程度に証明しなければならないわけですけれども、外形的な証拠がない場合に被害者の主観を証明するのはかなり難しいのではないかと推測します。そうしますと、本当に罪が犯されているにもかかわらず、証明ができないから有罪判決がかえって困難になるということが懸念され、そうしますと、これは罪が適正に処罰されるべきであるという主張の狙いに反することにもなりはしないかと思います(法務省「性犯罪の罰則に関する検討会」第6回6P 2015年2月12日)(7)』

 このように外形的要因が乏しければ、自白が幅を利かすことが予想されているし、一方では警察や検察も判断が曖昧になるし、疑わしきは罰せずという無罪推定の原則に照らせば、無罪率は高くなるだろう……。せやから、不同意性交等罪は、被害者保護には向いてないねん。やはり、被害者のための改正でなくてはあかんからな」
「同意がなかったことを立証することが難しいのはよくわかりました……。しかし、くどいかもしれませんが、通常の状況ならば反抗できるような暴行・脅迫であっても、このような被害者の場合、ガチガチになってしまい反抗できなくなることはあると思いますし、今のままでは、被害者側に不利なゾーンがかなり残されるような気がするのですが」
「そのの解決の一つに、前述した附帯決議の研修の問題が関わってくる。さらなる研修を求める声も強いし、『暴行・脅迫』の認定に必要な事情は変動していくだろう」
「変動ってどういうことですか?」
「今は移り変わりの時期であり、これから定まっていくということやねん。今まで警察で捜査されないものがされるようになり、検察で起訴されないものがされるようになり、裁判で無罪だったものが有罪になるということやねん。であるならば、現場も変わってくるわけであり、これが有罪ならば、起訴しよう、捜査しよう、となってくるんやで。無罪になるとわかっているならば、検察は起訴しないし、警察も捜査をしないんやで」
「なるほど……。しかし、外国では暴行・脅迫要件は撤廃されていると聞いたことがあるのですが」
「おう。いい繋ぎやで」
「へ?」
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